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オカルト2

 誰も居ない教室に二人。二葉ともう一人の男子生徒は、教室前にある棚に向かい何かをチェックしているようである。

 二葉が操作しているタブレットの背には情報委員会と書かれたステッカーが貼られていた。


「そういえばさっき大宮に声掛けてたよな」


 栗木が唐突に切り出した。


「……ちょうど良く邪魔者も消えたし、付き合っちゃえば? あの件で傷心してるだろうし、お前が優しくすれば余裕でしょ?」


「やめて。栗木くん。余りにも不謹慎」


 二葉は溜息まじりに言った。操作しているタブレットから顔を上げ、目の前に居る栗木(くりき)に対して、不満を露わにした。


「すまんすまん、だけどオレだってアイツのあんな姿見たくないからな」


「それにそういうのじゃないから……」


 二葉は俯き、再びタブレットの操作に戻った。


「ところでアイツのどこが良いんだ? ……まあ、頭が良いからか? この間のテストでも一位だったみたいだしな。お前もちゃっかりしてるなぁ。それにしても……、あんなオタクに限って頭がいいんだから――」


 栗木の言葉に二葉の指が一瞬止まる。


「もういい加減にしてくれる?」


 二葉は再び不満を露にし、栗木の言葉を遮って強い語気でハッキリと言った。


「何? アイツのことそんなに気に入ってんの?」


「ち、違うわよ。あたしだって、そう。そういうコンテンツ好きよ。漫画とかライトノベルは面白いしね」


「ふーん、意外」


 栗木は少し面白くなさそうな表情を浮かべる。

 その後、教室には暫しの沈黙が訪れる。しかし、その沈黙は長くは続かなかった。


「あれ〜?」


 栗木の声が突然上がった。栗木は少し焦った様子で棚の中を確認している。


「……どうかした?」


 二葉はタブレットから顔を上げずに、栗木の言葉に呆れたように返事をした。


「無くなってる……」



 〜〜〜 



 チャイムが鳴る。教室の時計は十一時五十五分を指していた。

 生徒達は教材を片付けた後、食事を摂ったり、談笑したりと、賑やかな雰囲気に包まれている。

 大宮(おおみや)伊吹(いぶき)は少し色あせた黒い財布を手に、静かに教室を後にしようとしていた。


(琥珀は間違いなく死んだ。目の前で……。それは疑いようのない事柄のはず。それは、主観的にも、客観的な事実としても。にも関わらず、生きて再び現れた。信じがたい事に非現実的な力を得て……)


「碧さん」


 校舎の外に出た伊吹は、桜の木の下にあるベンチに座っている碧の姿を見つけた。桜の木は紅葉し、赤く色づいている。

 伊吹は思わず足を止め、伊吹は昨日の琥珀の発言を思い返していた。


『あ、そうだ。私の事は碧には言わないでね』

『ん? なんで?』

『あの子にはその方がいいと思うから。……ごめん』


(どうして謝った?)


「あ、伊吹先輩。お昼買いに来たんですか?」


「あ、ああ。碧さんはもう買った?」


 伊吹に気付いた碧は、其方に向き直り柔らかな笑顔で振り返った。伊吹は少し慌てた様子で、返事をした。


「いや、まだです。出遅れちゃって。並ぶの面倒ですから、空くまで待ってました。そろそろ減って来ましたし、先輩も並ぶならわたしも並ぼうかな」


 この先にある売店には、昼食を求める生徒の列が出来ている。彼らの笑い声と談笑が、此方迄よく聞こえてくる。碧はベンチから立ち上がり、制服のスカートの皺を軽く手で払った。


「それ、本、落としたよ」


 伊吹は自分の位置からは丁度碧の影になっていた本の存在に気づく。その本は、少し日に焼けたような色味をしていて、ベンチの向きに対して上下逆さまの方向に置かれていた。


「あれ、気付きませんでした。……これ私のじゃないですね」


「相当使い込まれてる。凄い勉強熱心だなぁ。古そうだし三年かな?」


 伊吹はその本を手に取る。その本は英単語帳であった。角が潰れ、装訂(そうてい)表面のビニールが所々捲れ上がってた。


「わたしにも見せてくれませんか?」


 伊吹から本を受け取った碧は、何気なく(ページ)をめくり、その表面に指先を這わせる。彼女の表情が一瞬だけ真剣なものに変わった。少しして――


「――いや、違いますね」


「違うって?」


 伊吹は首を傾げる。


「これは多分……、ついて来てください」


 碧は確信したかの様な声で言った。伊吹は困惑しながらも、その後を追った。


 二人は校舎に戻り、廊下を進み、職員室にまで来た。碧は職員室のドアをノックし、中に入っていく。伊吹は教室の入り口で、少し距離を置いて様子を伺っていた。

 碧は入り口近くの席に座る、眼鏡をかけた中年の男性教諭の元に向かう。その教師はパソコンに向かって何かを入力していたが、碧に気づくとキーボードから手を離した。


「失礼します。この単語帳、先生のですよね? 外のベンチに落ちてましたよ」


 碧は件の単語帳をその教諭に渡した。教諭の顔に驚きの色が広がる。


「凄い、よく分かったね。ありがとう」


 教諭は慌てて本を受け取ると、中身を確認するように頁をめくった。


「なんとなくです。マーカーが付けられていたところも、覚える為に引いてるにしては、難しいものに感じませんでしたから」


「そう、授業で出てくる所をセクション別で色分けしててね――」


 男性教諭は単語帳の頁を一枚づつ捲りながらそう話した。


「じゃあ、早々で悪いんだけど、昼からの授業で抜き打ちでミニテストしようと思い立ってた所だから、準備して来るよ」


 教諭の目に浮かんだ小さな光に、碧は肩を落とした。


「げっ」


「本当にありがとうね、山名さん。出る所は今やってる所の一つ前のセクションだから――」


 男性教諭は嬉々として足早に職員室裏のスペースへと消えていった。

 そして直ぐに碧も職員室から出てきた。彼女の顔には満足そうな笑みが浮かんでいた。


「凄い観察力だな」


 伊吹は素直に感心した様子で言った。


「凄いでしょ? 実は、私、異能が使えるんです」


「は、はぁ」


 碧は茶目っ気のある表情で、胸を張りながらそう言った。一方伊吹は少しの間沈黙した後に、呆れたように返事をした。


「あれ、驚いたりとかはしてくれないんですね」


 碧は少し拗ねたような表情を見せた。伊吹は無言のまま彼女の顔を見つめる。


「こうやって触れることで、持ち主がどんな人かすぐに分かるんです」


「サイコメトリーってヤツか。でもそれ、実際には物の状態や特徴から使用歴を推測して、持ち主の状況や性格を想像してるだけだよね」


(――というか、よくよく考えたら奥付を見れば発行日がおかしいはずだから、すぐに分かるよな)


「なんかそんな風に言われると面白く無いじゃ無いですか〜」


 碧は頬を膨らませながら言った。伊吹よりも小柄な彼女は、見上げるような角度で彼を見ている。


「すごく興味深い能力だと思うよ。ところで、どのくらい本気で言ってる?」


「勿論、冗談ですよ」


 碧は軽やかに言った。


「はぁ、琥珀のことも悪い冗談だといいんだけど――」


(――あの異世界帰りって言ってるあれも、一体何がどうなればああ成るのか分からないし。彼女も間違えなく琥珀は死んだと思っていそうではあるが――)


 伊吹はため息をついた後呟くように言う。その言葉に碧の体が硬直する。姉の名前を聞いて、彼女の表情がほんの一瞬だけ崩れた。


「じゃあ、私、そろそろお昼食べてきます」


 碧は急に背を向け、その場から逃げ出すように言った。


「まって。あの、その……。お姉さんの事、聞かせてくれない?」


 伊吹は勢いで碧の手を掴んだ。振り返った碧の表情は見る見る曇っていく。


「聞かせるって……」


「いや、なんと言うか。こう言ったら不謹慎だけど、変な奴だな、だったなぁって」


「何ですかそれ。でも……、お姉ちゃんって、いつも強かったですよね」


 碧は廊下の窓際に寄り、外の景色を見つめた。


「ああ」


「どんなに辛いことがあっても、前向きで……」


 伊吹も窓の外に視線を向けた。伊吹は沈黙したまま碧の話を聞いている。


「先輩とお姉ちゃん、本当に仲良かったですよね。二人でいつも図書室にいるの、知ってました」


「見られてたか」


「二人って付き合ってたんですか?」


「い、いや? でも、どうなんだろう? 確かに仲は良かったけど、それについては明確にしたことはなかったよなぁ」


 伊吹は恥ずかしそうに後頭部を掻いた。


「お姉ちゃんは、先輩のことよく話してました。変な小説の話ばっかりして来るから退屈しないって」


「そんなこと言ってたのか……」


(何だそれ、後で琥珀を問い詰めないとな。だけど今は――)


 伊吹は考え込む様な仕草をした後、意を決した様な表情で、話題を切り替えた。伊吹の声が急に真剣さを帯びる。


「――あのさ、あの事故の日に、何か変なことは無かった?」


「変な事?」


「そう、様子がおかしかったとか?」


「先輩は何か知ってるんですか?」


 碧は戸惑いながら言った。


「い、いや? ただなんと言うか……」


「実は……、お姉ちゃんが事故にあった日の朝――」


 碧はそこまで言って口籠もってしまう。


「ごめんなさい。やっぱり……」


 碧は言葉を切り、俯いてしまう。


(そうだな、やっぱり彼女にとっては死んだ琥珀の話をするのは辛いよな)


 伊吹は碧の肩に手を置こうとしたが、途中で止めた。代わりに優しい声で言った。


「こちらこそ思い出させてごめん。琥珀の事は……、また気持ちの整理がついたら聞かせて」


「……はい」


 碧の答えは、かすかに聞こえる程度だった。伊吹は一度だけ振り返り、碧に小さく会釈をしてから、その場を後にした。


(だけど、彼女は何かを知ってるのか?)


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