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「子どもが欲しい」

 瑠璃は幼稚園に通い、帰ってきた後も元気が有り余っている。やんちゃでわんぱくでアンパンマンもYouTubeもすぐに飽きてしまい、駆け回り散らかし、イヤと言ったらきかない。


 瑠璃を産む前、子どもを欲しいと思っていたかどうか分からない。思い出そうとしてみる。はっきり“欲しい”と思ったことはない気がする。


 子どもは3歳までに全ての親孝行を終えるとか、そういう話にはついていけない。あぁその手の話ね、私と違う世界線の話ね、と心でつぶやく。

「子どもは可愛い」系の話を聞いたら心で一線を引いて一括ひとくくりにしている。そういう話はさっぱり分からない。子育ての話はそんなんばっかりだ。


 Twitterでも子育てのことを呟くと、不快なコメントをされることが多くて嫌になる。好きに色んな人間関係のことを呟いている時と違って、子育てツイートにもらうコメントは上から目線が多い。

「子どもがかわいそう」とか。だから何?


 子どもが可愛いと思うのは、たぶん本能なんだろう。だとしたら私は本能に欠落けつらくがある。


 子どもを産んだのは、夫にプレゼントしたかったからだと思う。

 子どもが欲しくてたまらなかった寛さんに、子どもを産むことでお返ししようと思った。

 私みたいな弱い女と結婚してくれたお返しで、プレゼントのつもりだった。


 でも子どもは産んで終わりじゃない。産むのはスタートで、そこから長い子育ての人生が始まる。

 分かっていたつもりだけど全然分かっていなかった。というか、産んだら自分の子どもは可愛いだろうと思い込んでいた。


 可愛くないことはない。でも何と言うか、すごく可愛いとか愛おしいとかそういう感じじゃない。


 子どもがたまに褒められても、私が褒められたわけじゃない。けれど子どもが叱られる時は、私が反省して対策を考えなくてはいけない。自我じががあっちゃダメだ。子どものためなら無にならなきゃいけない。


 母親としての私は最悪で、モチベーションも低くてとにかく嫌になる。


 そういえば以前タカオカさんと、少子化問題について話した。

 少子化対策をどう思うか聞きながら、人工子宮や精子バンクについても話した。



 自分が子どもを産んで育てていると、少子化になるのはよく分かるなぁと思う。


 産みたくてもお金が不安で産めない人もいるし、子育てと仕事を両立させるのが難しいのも分かるし、仕事が落ち着くまで子育ては延期しようと考える人がいるのも分かるし、そうすると妊娠しやすい時期を過ぎてしまうのも分かる。

 私にはそんな殊勝しゅしょうな考えはなかったけれど、そう思う気持ちは分かる気がする。


 子育てと仕事を両立する凄い女性は世の中にいるけれど、それは相当な体力と、かなり素直で健康な子どもと、理解のある両親が近くに住んでいたり、もろもろの条件が必要になると思う。満たしていないならかなり無理がある生活になるから、超人的な体力で乗り切っているのだと思う。大事なのは体力。それと根性。


 そういう「子どものことを真剣に考える真面目な人」にとってみても、子育ては躊躇ちゅうちょすると思う。それならいい加減な人の方が子育てに踏み切れるかというと、そうとも思えなかった。


 私が1人子どもを産んだのは、いい加減だからだとも思う。でも2人目はどう考えても厳しい。

 私は「ひとりになれる時間」がどうしても欲しい。できればたくさん欲しい。毎日3時間、ひとりでお風呂に入りたい。ワガママでしかない。それでもそうすることで癒やされるし、笑って生きていける。


 2人産んだら、ひとりになれる時間は無くなるかもしれない。考えれば自然に「もう産まない」に辿り着いた。



 タカオカさんは少子化問題を「経済の問題」だと言った。


「お金がないから産んで育てられないって、みんなよく言うじゃないですか。だからみんながかせげるようになることが大事なんだと思っています」


「うん、そうですね……」


「人は豊かになって暮らしが安定すると子どもを欲しがらない、生存可能性が低くなると遺伝子を残す本能が強くなって子どもを欲しくなるみたいな説もあるじゃないですか?」


「うん、ありますね、」


「それはみんながお金を稼げるようになって、その結果子どもを欲しくないって言うんだったら、それはそれでいいって思ってます」


 タカオカさんのこの考えは、面白いと思った。


 あれは夏だった。タカオカさんに10万円支払って会ってもらった時だった。


“子どもを欲しくないって言うんだったら、それはそれでいいって思ってます”

 この言葉が頭の片隅に残った。



「人工子宮とか精子バンクとか……そういうのはどう思いますか?」


「うん、いいと思います。優秀な遺伝子が残るのはいいことですよね。あ、人工子宮の話はちょっと違うか……まぁでも技術が進むのはいいことだと思います」


“優秀な遺伝子が残るのはいいことですよね”そう言ってタカオカさんは語気を強めた。「優秀」を強調していた。

 正直、そういうところはあまり好きじゃない。

“優秀”って言葉は何だか怖い。私は別に優秀でも何でもないから。どちらかというと欠陥人間だと思う。


 でも、自由に思考を巡らせて面白い答えを提示してくれるタカオカさんが好きだと思った。


 心の優しい人が幸せになる世の中であってほしい。タカオカさんはいつもそう言っていたから、そんな世の中を見てみたいと思った。私は優秀じゃないし、別に優しくもないけれど、優しい人が幸せになる世の中になってほしいとは思う。それは分かる。すごく分かる。


 夢を見たいと思った。見させて欲しいと思った。


 子どもが欲しいと思う気持ちは理屈じゃないんだ、と思った。

 夢を見たいと思った時、人は子どもを欲しいと思う。きっとそうなんだ。


“もう1人”子どもを欲しいというモチベーションは、どこから生まれてくるのか分からなかった。ひたすら子どもがかわいいからもう一度子育てしたい人だっているだろうし、にぎやかな家庭を作りたい人だっているだろうし、兄弟を作ってあげたいと思う愛情深い親だっているだろう。


 子どもを無条件に可愛いとは思えなくて、にぎやかなところより静かな場所が好きで、自分に兄弟はいたけどあまり有り難いとは思えなかったワガママな私にも“子どもが欲しい”スイッチがあった。


 夢を見させてくれた人に恋をした。

 恋をしたら、子どもが欲しくなった。


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