タカオカさんの今
みなみさんは、無事に子どもを産んだだろうか。
最近はTwitterの更新も休んでいるようだ。育児で忙しいのだろうか。
順調だったら、もう産まれているだろうな。
連絡は途絶えてしまった。でも俺は、みなみさんを嫌いになったわけじゃない。
みなみさんは強くなって、きっとまた会えると信じている。
一緒に過ごして楽しかった記憶は今でも色褪せていない。おそらくみなみさんも同じだ。
もう一度会いたいとお互いに思っている。それが伝わってくると感じる。
俺はあの頃より強くなった。
広島の吉永議員のもとで政策担当秘書を務めるのは、難しい仕事だった。
当初は、変化を望まずに拒否する人や企業が多いと感じた。
それでも、全ての人達が変化を望んでいない訳ではなかった。
ホテルや旅館を含む様々な企業が人手不足に悩んでいるのは、決して悪い傾向ではなく、それこそが変革を求める気運で、素地になると分かってきた。
自分達から変わっていきたいと考えている企業も、実際に数多くあるのだ。
人手不足に悩んでいる企業の求人コンセプトを変え、若い人がやりたいと思えるような、やりがいのある求人募集を出してもらった。
庶務・一般事務募集と書いてあった求人を、ブランド企画マネジメント職募集と書き換えてもらい、企業内保育所の整備も進めてもらったところ、若く優秀な人材が集まってきた事例を作ることもできた。
実際にそういった仕事も任せる求人だから、そう書くべきなのだ。
俺も地域のために役立てる。吉永さんからも認められてきたのが分かった。
誰もがやりがいを持って働ける社会に。面白い人生を誰もが、送ることができるように。
俺はずっと、これを目標に掲げてきた。これからも目指していく。
きっとそれこそが、最も人に喜ばれることだと思っている。
民新党の議員として立候補する選択肢も視野に入ってきた。
その足掛かりを作ってくれたのも、元はと言えば吉永さんに繋げてくれたみなみさんだ。そのことを忘れてはいない。




