夫の不安
日本製鋼も今では目標として掲げるようになった、脱炭素。正直言って、僕はあまり得意な分野じゃない。
僕は元々、鉄を材料として研究してきたし、鉄の品質を安定させる研究が本分だった。
脱炭素で求められる研究は、従来の石炭を使う製鉄技術ではなく、水素で鉄を生産するための技術開発。
それに並行して、石炭による製鉄で排出される、二酸化炭素を処理するための技術開発。
どちらも僕は専門分野が遠く、勉強が追いついていない。
民新党政権に替わってからは、余計に日本製鋼への風当たりが強くなってきた。脱炭素の向きからはどうしても、悪者扱いだ。
インドの製鉄企業を買収したりと、経営陣の判断は優秀で信頼がおけるし、利益も安定しているし、良い会社だと思うんだけどな。
会社の業績はかなり良いから、今年のボーナスも悪くなかった。ただ、僕のような研究職が時代にそぐわなくなったら、今の待遇は続かないかもしれない。
日本製鋼は滅多に社員のクビを切らない。転勤や人事異動、出向を受け入れさえすれば、仕事がなくなることはおそらくない。
今の時代は転勤辞令も、問題がないとは言えないだろうけど。
みなみが「古き良き大企業だねぇ、ほんとに」と言う、しみじみとした口調に棘は感じなかった。
言葉通り受け止めて喜んでいたけど、僕は単純すぎたんだろうなぁ…………
みなみの裏切りには、僕の気が済むまで報復した。
みなみが好きになった男はコンサルだろうか? 何となくそういうにおいがしていた。みなみの話す内容に、コンサルかぶれのようなものを感じた時がある。
僕から見たらコンサルなんて、無責任なんだけどな。競合を調査する能力は頼れると思うけど。
コンサルは提案するだけで、結局は責任取らないからな…………真に受けて業績が傾くことだって少なくないのに。
いつか瑠璃とみなみと3人で、また笑って話せる日が来るだろうか?
もう来ないかもしれないし、もしかしたら来るかもしれない。
みなみと瑠璃を引き離したのは僕なんだから、願う資格なんてないだろうけど、やっぱり心のどこかで願っている。
みなみと結婚している限り、生活費は送ろうと思う。お金の力は伊達じゃない。
お金を正しく使うのは大事なことで、正しい答えに繋がっていく道だと思う。僕はそう信じている。
どうなるかは分からないけど、やれるだけのことをやるしかない。
本当は離婚すべきなんだろうかと、考えることもある。
みなみが離婚したいんだったら、そうするべきじゃないのか。
じゃあ僕はどうなのか? 僕はみなみと離婚したいのだろうか。
いくら考えても、別れたいとは思えなかった。距離を置きたいとは思うのだけど。
今はどうしても、みなみと一緒にいたくない。




