意見の対立は
タカオカさんが政策担当秘書として政治に携わるようになり、私は時々、話を聞いていた。
そういう時は私なりに考えて意見を話していたけれど、おそらく助言を求められているわけではなかった。
話している時は穏やかだけど、内心は穏やかでなかったかもしれない。ツイートを見るとそう思う。
“みんなに向けた言葉なんていらない。欲しいのは僕が僕であることを許してくれるコトバ”
“答え合わせのようだ。僕らは確かめに行く。最初から決まっていたかのような答えに向かって”
タカオカさんは一人称を使い分ける。「私」と言えば落ち着いていてかっこいいし、「俺」と言えばかっこつけていて、気分はノッているのが分かる。
「僕」と言う時はどういう時なのだろう。可愛らしく見える。雰囲気を演出しているかもしれない。
私はタカオカさんのことが好きだけど、信じることはできなかった。
演出と本音が違っているように思えて仕方なかったし、人を切り捨てることに躊躇のない人に思えた。
そして私自身、自分で思っていたような優しい人でも何でもなくて薄情な女だということが、タカオカさんを通してよく分かるような気がした。
それでいいんだ、と思いたかったのかもしれない。
タカオカさんが政治に携わってほどなくすると、オンラインサロンは解散された。
「話せないことが増えてきたんだ」
逢瀬の後のピロートークでこぼされた。
力を発揮し始めたタカオカさんは当初の居場所を抜け、サロンは静かに幕を下ろした。
タカオカさんは神戸に住んでいるが、政策担当秘書としてサポートする民新党の吉永氏は地盤が広島県にあり、新型コロナ対策を銘打って当選したものの、課題は“地方創生”だった。
話を聞きながら私は(広島っていえば、日本製鋼の製鉄所が撤退したところだなぁ)などと思った。
吉永氏は大企業を誘致する地方創生のモデルケースを好ましく思っていなかった。日本製鋼は職を失う従業員に新たな仕事の紹介はするものの、引っ越しを伴う転勤など、条件が折り合わないことも多い。誰もが仕事のために地元を捨てられるわけではない。
吉永氏は観光事業やインバウンドに力を入れたいと考えていた。新型コロナはじきに終息する、そうすればまた観光業は復活すると読んでいた。広島県には西洋を彷彿とさせる美しい街並みもあれば広島焼きをはじめとする個性豊かなグルメ、原爆ドームという世界文化遺産もあり、コロナ禍以前は多くの外国人観光客が訪れていた。
しかし観光事業は受け入れるキャパに限界がある。当時、旅館やホテルは人手不足に苦しんでいた。コロナ禍でいったん不況が訪れたものの、潜在的な可能性は大きいと吉永氏は考え、経済効果を見込んでいた。
「俺はもともと、無駄を省いていくコンサルティングが得意なんだよね」
タカオカさんは考えを探りながら話しているみたいだ。
「観光業が人手不足でまわせないっていうなら、サービス過剰なんじゃないかな。それか人手に頼りすぎている……」
タカオカさんはもともと経営コンサルタントで、無駄を嫌って効率化を進めるのを良しとする考え方だ。
デジタル化を積極的に取り入れて生産性を高めるべきだと、よく言っていた。
高く売るために付加価値をいかに上げられるか事業内容から読み解くのがタカオカさんの売りで、それは吉永氏にも注目されたと話していた。
「観光業がサービス過多なんじゃないかっていうのは、分かります。旅館がものすごい懐石料理を出すから人数単位で料金が決まるとか、部屋単位にしないのは料理がすごいからですよね、きっと」
最も高く評価される売りのポイントが、どうしても人手を必要とする。それが日本らしいおもてなしだから、人手不足になるのは仕方ないと思った。
「料理はどうしても手間がかかるよね。でもさ、旅館の歴史が高く評価されたり、そういうこともあるんじゃないかな」
「そういえば長野の温泉宿で、漫画家が泊まり込みで描いたゆかりがあって、絵を飾っているところがありました。料理も凄いところですけど、館内も美術館みたいで」
温泉宿を知っているのは、家族で旅行しているからだ。タカオカさんと旅行に行ったりはしない。
夫は温泉や山深い地域が好きで、日常から離れるように旅に行きたがる。
タカオカさんが私にこうやって話してくれるのは、信頼してくれたからだと思う。口外するような人ではないと。
その気持ちが嬉しかった。
伸子伯母さんに紹介を頼んだこともあり、政策担当秘書の仕事がうまくいってほしいと願った。
「まちづくりが上手くいくかどうかは、結局は住む人のやる気次第だからね……」
そうかなぁ? と思った。私は時々、タカオカさんの話に納得がいかない。
「なんでですか?」
「実際に施策を実行する時に話し合いをするでしょう。そこで新しい提案は、ほぼまとまらないね」
「でも、実際にまちづくりが上手くいったところは住民のやる気があった訳じゃないですよね?」
タカオカさんが私の目を真っ直ぐ見た。今までに見たことがないほど素直で謙虚で、少し怯んだような眼差しだった。私は続けた。
「東京とか、日本でうまくいってるところは、別に住んでる人にやる気があるからうまくいった訳じゃないですよ。場所が良かったとか、色々と運が良かったからじゃないですか」
寂れた地元、横浜市の外れを思い出す。東京に近い地域は栄えていて、開発も進む。東京から遠ければ見捨てられたようになる。やる気の差なんかじゃない。
タカオカさんは戸惑って見えた。真っ向から反論されて驚いているようだった。
寂れた地域が活性化するために、タカオカさんの強みが活かせるものと信じていた。そう信じたかった。
私は自ら、自分の主張に反論して話をおさめようとした。
「でもまぁ確かに、今うまくいっているところの理由は運だったとしても、うまくいったところの真似をすればどこでもうまくいく訳じゃないですよね。過去と現在じゃあ、状況が違うんだから」
「うん」
「うまくいっていない地域がうまくいくためには、住民のやる気が必要になるのかもしれませんよね」
「…………」
タカオカさんは、私が反論したかった訳ではないことに安堵したのだろうか。目をそらし、泳がせた。
唇を塞がれた。
そのまま抱かれた。性急な行為だった。終わった後、私の中から白濁した液が流れ出るのが見えた。




