信心なのか恋なのか
覚えていますか?
初めて会った日のこと。2月で、風が強くて寒かったですね。
コーヒーが香り高いカフェで、あなたは30分も遅刻して、少し不機嫌でした。
グレーのスーツに黒のアタッシュケース、黒の革靴で隙のない痩せ型の社長さん。
私はキャメル色でオーバーサイズのセーターにジーンズ、靴だけはちょっと頑張って黒革の7センチヒール。
あなたの第一声はよく覚えています。
「みなみさん? ……もっとシュッとしてると思ってた」
Twitterでお互いにフォローしていて、顔は出してませんでしたね。あなたも私も。
ツイートの印象だと、もっと痩せていて背が高そうなイメージでしたか?
身長155センチの小柄な私は、太ってはいないけど痩せてもなく、ツイートはほんわかしていないけど外見はほんわか系でおっとりした女。
あなたはずっと早口で喋っていて、スピードが全然合いませんでしたね。
表情が固くて、時々ニコッとしたのは何だか作り笑顔みたいでした。
その日にあなたが言ってくれた言葉を、今でもよく覚えています。
「僕を唸らせるような文章を書いてほしいんです」
私はあなたに会えて嬉しかったです。ご存知かと思いますが。
あなたは全然、私のことなんて気にも留めなかったでしょうけど。
私はあなたのファンになったし、憧れたし、信者になったのかもしれません。
あなたの言葉が好きだったから。
あなたのツイートが毎日、光って見えて仕方なかったです。後光が差しているって言うのかな。行間が光り輝いて見えました。
あなたに認めて欲しいと思いました。
視界に入りたい。見ていてほしい。
その一心で私はTwitterを続けられたし、ものを書くひとになりたいと思いました。
あなたがTwitterにいてくれるだけで嬉しくて楽しくてたまりませんでした。
あなたのツイートが並ぶタイムラインが、私には心のオアシスでした。
いつの間にか、喋るスピードは合っていましたよね。不思議です。
ゆっくり喋る私にあなたが合わせてくれたんでしょうか……
私が本を出版できたから、認めてくれたんでしょうか?
いや、私がお金をきっちり支払うから認めてくれたんですよね。そうですよね。
言ってましたものね…………
「ちゃんとお金を払うところが、いいところですよ」って。
すごく不機嫌だったあなたと、次に会った時。
私の夢だった、本の出版は実現していました。でも思うように売れない。そんな頃でした。
初めて会った時からもう半年経って、夏の盛りの8月になっていました。
私はあなたにコンサルの名目で会ってもらいましたね。
特に相談内容に自信があった訳じゃないし、元を取ろうなんて最初から思ってもいませんでした。
単純に会いたかっただけです。会いたかったから10万円支払いました。
そう伝えてみた時あなたは嬉しそうで、少し照れたみたいに俯きましたね。
初めて会った時よりも、きれいな表情をたくさん見せてくれました。
有益なアドバイスはもちろんですが、何よりあなたの笑顔を見られて嬉しかったです。
もう作り笑顔ではないと思いました。時に誇らしげで、昂ぶるようで、照れるような笑顔でした。
あなたは時々、言っていましたよね。ついこの間のことみたいに思い出してしまいます。
「総理大臣の席を取りに行きたい」
すごく野心的で、エネルギーに溢れていましたね。
私も一度は夢見ていた、世の中を平和にできないのだろうかと考えたこと。
(そんなの無理だよ)と心の奥底に押し込めて、忘れてしまった夢。
あなたを見ていると、ふつふつと夢が蘇ってくるようでした。
信者が教祖を慕うようにあなたに興奮し、声にも外見にも惚れて、それに加えて夢を思い出すような感覚。
あなたの夢はとてもステキでした。
信仰なのか恋なのか…………
やっぱり、恋だったと思います。
その人が私を真っ直ぐ見るときの顔は、高校で憧れた先生に似ていた。
私の文章を認めてくれた先生だった。
私のレポートを高く評価して、みんなの前で読み上げてくれた先生。
もちろん私は恋してた。片想いで。
話しながら思わず手が動いてしまうような楽しさと興奮は、中学で私の味方になってくれたあの先生を思い出した。
高校の進路に悩んで親と対立した時、親ではなくて、私の味方についてくれた先生。
学校の先生にしては珍しく、「独自性を大切にしなさい」と教えてくれた先生。
すごく憧れていた。
食事中にあなたの手が動き出して、お味噌汁のお椀がかたんと音を立てた時に気づいた。
話しながら手が動いてるなんて、あの時以来だと。
私だけじゃなく、あなたの手も動いていて。その手振りを見て思い出してしまった。
懐かしいなんて言ったらあなたに失礼かもしれない。
でもやっぱり、懐かしいと時々思った。
私が遠い過去に置いてきた熱中する思いを、あなたを見ているだけで思い出した。
母親なのに母親らしくなれず、娘をかわいいと思うことができない私が、いつの間にか娘に優しく話し、笑いかけるようになっていた。