―星の歴史―
白黒チェック柄の床―
白の部分はうす暗く光っていて黒い部分からは銀河が覗いていた。顔を上げると、目の前には黒いコースターの上にビールが注がれたタンブラーがあった。白い円のテーブルには布ナプキンが一枚と紙ナプキンが九枚置かれていた。向かい合わせで金属製のグラスを傾けて座るドミナがいた。耳には装飾が施されたブルーの宝石のピアス。ネックレスはトップに小ぶりなピンクの石が光る細いチェーンのもの。服は方肩出しの白が基調でところどころピンクや青が散りばめられて宝石で彩られたドレスをお洒落に着こなしていた。
グラスをあおる彼女の指には鷲をモチーフにした大きい銀と金の指輪が光っていた。二人を取り囲む360°スクリーンパネル。なるほど、脳のスクリーンパネルと同期しているのか。心地よい発光だ。天井は青天井。ではなく、そのまま星。煌めく星たちの明かりで部屋は照らされていた。―嗚呼―俺はダイヤ型の床を見つめ深い溜息をついた―
「なにを飲んでいるの?」
ドミナにそう訊ねると、俺はビールの注がれたタンブラーをあおる。ん、ホップ、違う、甘みが舌にまとわりついてきた。ああ、これは―シャンディーガフ。
「葡萄酒よ、坊や。その服装は気に入ったかしら。馬子にも衣裳ね、よく似合っているわ。」俺は濃い紫の艶のあるスーツの上下に、スペードのシャドウが入ったワイシャツにノーネクタイ。胸元にはラーの鏡が煌めく。靴はダークブラウンのエナメルを履いていた。これは、誰の趣味なのか。気に入らない。
「ここはガフの間かい?」
「どうかしら、違うと思うけど。どうしてそう思ったのかしら?」
「シャンディーガフ、俺は現実世界にいた頃、死ぬ前は周りのありとあらゆるものが何かを示唆していた。このカクテルがあるのは何かの意図か兆しか―そう思ったから。いまから始まることは無駄なことではないのかい。シャンディーガフのカクテル言葉は“無駄なこと”たたかいなんか無駄ってことなのじゃないのかい。」
「じゃあ、そうなんじゃないかしら―」
ドミナは蠱惑的というのだろうか。艶冶な微笑で俺を惑わしてきた。天国に辿りついて俺はずっと考えていた。なぜ、スフィンクスなのか。なぜ、ピラミッドなのか。何でいつもたたかわなければいけないのか―
「たたかいをはじめるのかい?―なぞなぞかい?」
「どうかしら。慌てなくてもいいじゃない。あなたってあわてんぼうね、慌てる乞食は貰いが少ないっていうでしょう。会話を楽しみましょう。その前にここではっきりさせておきましょう。まず、あなたは現実世界でまだ死んでいないって事。いい、そう、死んでいないの。嬉しい?それともがっかりしたかしら?たたかいに勝てば現実世界に戻してあげるわ。あと、この間はガフの間ではないわ。まあ、時空の狭間かしら。あなたとわたしの間。ふたりだけの間。それでよいじゃない?ダメかしら?」―俺はそれには何も答えず言われたことを咀嚼しながらタンブラーのものを一気に飲み干した。すると新しい飲み物がタンブラーに湧いてきた。香りと色ですぐにそれが何か分かった。―ピーチウーロン。俺が一番好きなカクテルだ。レゲエパンチ、ウーロンピーチ、サンタモニカピーチ、クーニャン、上海ピーチ。呼び方はなんでもよい。俺はグラスのものを一気に飲み干すとまたグラスにピーチウーロンが湧いてきた。俺はまたひと口飲んだ。これはピーチツリーとジャワティ。一番好きなやつだ。
「ひとつ、いいかしら?あなた、本当にご自分の記憶が全て正しいと思っている?実は、全部ウソだとしたら?星の歴史が、実はまだ始まってなくて今日この日が星の歴史の初日、最初の日―そうだとしたら、あなたは信じる?何もかもが虚偽で全部ウソ。駄法螺。まわりのものも見える世界もあなたの記憶も全部が真っ赤なウソ。何もかもがウソ。全てが作られたもの。すべてがウソだとしたら。信じない?」
「………」―déjà vu―乞食にも聞かされた。俺もだれかに言ったことがある―
「―いいわ、すすめましょう。あなたにとってたたかいとは何なの?」
「……愛のある対話―それ以外にあるのかい?」死んでいないのか―
「愛のある対話とは?」
「そのままだよ。知りたいのなら俺の心を読んでくれ」俺はぶっきらぼうにそう答えた。
死んで楽になったつもりが、まだ死んでいない。俺は、ショックを受けて不機嫌だった。
「あなたの言葉で聞きたいのよ。如何にして勝つのか必勝法ではなくて愛のある対話だなんて言うんだもの。教えて頂戴、だめかしら?」
まあ、言おうか―
「勝ちを焦る気持ちや心構えが、悪手や疑問手を誘ってしまい、勝負そのものを台無しにする。これは対人関係やあらゆるものに共通する不変のものだと思うけどね。まずたたかいっていうのが自分自身との“闘い”結局どこまで行っても詰まるところ、これしかない。そして、“たたかいとは愛のある対話”それは勝ち負けにこだわらず、美しいものを一緒に作る共同創作の感覚。武士道がもとだろうか、これは将棋指しの本で読んだ受け売りなんだ。俺は将棋が好きでね、―」
思い出すと、途端に自分に腹が立つ。俺は何も分かっていなかった。
「だけれど、実際の俺は何も分かっていなかった。なにひとつ分かっていなかった。軍服着込んで銃剣携えて、肝心要の実弾を一発も持ってなかった。魔王とのたたかいで、極限状態まで追い詰められて、完全に諦めて、超えたんだ。それを超えて、そこではじめて片鱗をみて悟ったんだよ。相手を憎むのではなく愛したんだ。愛で行う業で勝つ事ができたんだ。」
「なるほど、美しい着想ね。あなたってやっぱり面白いわ。そもそも愛ってなんなのかしら?まあ、それは置いておきましょうか。―いいわ、では対話をしましょう。坊やはなんで深く眠れるようになったの?深い階層に行けるようになったのは、なぜなのかしら?」
俺は、単純だ。すぐ機嫌を良くして喋りだす。
「魔王に勝ったからだよ。あとで分かったのだけど。夢で何度か見たことはあったけど、行けたのは魔王に勝ってからだね。それから俺は快眠を手に入れて短い時間でも何時でも起きたい時間に起きれるようになった。前まではアラームは鳴りっぱなしで母に叩き起こされるのが通例だったのだけど、誰の手も借りず、アラームなしでね。それとね、―」
「いえ、ごめんなさい。そういうことではないの。起きたい時に起きれるってすごく良い話だわ。それはとてもよい事ね。お母様は仕事が一つ減って寂しいかも知れないけどね。話を戻しましょう。I mean, 深い階層に行ける前、幻の世界にはなぜ行けるようになったのかしら?何故、魔王と戦ったのかしら。それは、なぜ起きたの?あなたの錨が上がる引き金は何だったのかしら?」
俺は、単純だ。訊かれたくない事を訊かれて動揺する。
「…、それは、喋りたくないな。まあ、なんかあったんだよ。聞こえているだろう、見えているだろう、読んでくれ、下らない。やめよう、やめてくれ。意味のないことは喋りたくない―」
「あら、とても意味のある事じゃない。いいわ、分かったわ。では生まれた時から覚えている範囲でいいから教えて頂戴。あなたの事を知りたいの。あなたのおうち、家族の事を知りたいの。現実世界に戻りたいんじゃないの?ここにはあなたとわたししかいない。信用して、安心して喋ってちょうだい。喋ることで何か楽になるかも知れないじゃない。あなたが愛のある対話って言ったじゃない?だめかしら。―それとも、もう諦める? ―フーッ」
いつの間にかドミナは煙管をふかし、煙をくゆらせていた。あれ、飲んでいるものも変わっている。諦める選択肢―魅力的だがどうだろうか―
「なにを飲んでいるの?」
「ブルドッグよ、坊や。あなたは?」
「アクダクト」
俺が中々喋らず、まごまごしているとドミナが助け舟を出す。
「坊やはどんな子だったの?」
「……、普通さ、普通―」
「普通って何かしら?運動は得意だった?勉強は得意だった?」
「……、普通は、普通さ―運動は得意じゃない。走るのは遅いし、逆上がりもできなかった。勉強は、全然やらなかった。宿題なんか一度もしたことが無い。」
「宿題をしないのを普通とは言わないでしょう。どんな遊びをしたの?ベーゴマとかメンコ?」
「ベーゴマは俺のオヤジ世代だよ。メンコは牛乳キャップでするのが流行った。俺は、珍しい牛乳キャップをいっぱい持ってた。」
「他には、何が流行ってたの?何が楽しかったのかしら?」
「ビックリマンシールが流行ってた。当時三十円だったんだ。俺は、あのピーナッツチョコのウエハースが好きだった。いまはもうピーナッツは入ってないんだ。他にはキン消しだね。キン肉マン消しゴム。あとは、ファミコン。スーパーマリオやドラクエ―」
甦る子どもの頃の記憶―その情景―
スクリーンパネルにビックリマンシールやキン消し、マリオやドラクエが映る。嗚呼、懐かしい―
完全にドミナのペースに乗せられた。
俺は少しずつ心を開きぽつりぽつり口を開き生い立ちから話し始めた。ドミナの質問に俺が答える。何が好きで何が嫌いか、何が得意で何が不得手か、何に熱中して何で冷めるか、あらゆる価値観、それら全部をひとつ、またひとつ―
そして俺は吹っ切れたようにスラスラと話し出す。何をもって普通か、普通の定義は曖昧だが、俺の家は、普通ではなかった。
「俺の家は貧乏だった。貧乏子沢山とは正にこれという家。それが我が家だった。だけどでもそこにはいつも笑いがあっておいしいごはんがあった。満足におもちゃもないから何か遊びを思いついてはやり、新聞のチラシの裏によく絵を描いて遊んでいた。学校の給食費は当然、毎月遅れて持たされた。土曜日といえば学校から帰れば家の掃除やら洗濯やらなんやらの雑用を言いつけられ、父親の仕事の手伝いにもよく駆り出された。オヤジがクリスチャンだった関係で家族全員クリスチャンだった。日曜日と言えば決まって教会のミサで、俺は子どもの頃からこれが厭だった。厭で厭でしょうがなかった。教会で会う人も嫌いだった。聖書の譬えで出てくるパリサイ派の人のようで、どうも好きになれなかった。オヤジは負け犬だった。会社倒産や多額の借金、債権者からの矢のような催促。家に帰れば言うことをきかない悪ガキども、なんかあると口答えして罵ってくる妻。中学校もろくに行かず早くから仕事してた人、血の気が多い人だった。すがるものはもっぱら神。藁にも縋る思いだったのだろう。狂信的なカトリック信者でついぞ気が狂れたオヤジ。何を言っても頭ごなしで聞く耳持たずよくぶん殴られた。思い出しただけでもはらわた煮えくり返るが、貰ったものも大きい。いまとなっては父親には感謝してもしきれない。」
スクリーンパネルに幼少の頃の家族団欒が映し出される。
「おかんはさすが東北人。強い人で悲しい事や辛いことをユーモアに変える事ができる人だった。俺と兄たちはそれを受け継いだ。母は無神論者に近いがお天道様がどうこうとか自然を愛でる神道的な感性の人だった。とにかく肝が据わっていた。優しかった母からも幼少時はよくビンタとゲンコツをもらった。ある日、財布から一万円くすねた時は大目玉喰らうどころか何もしてこず何週間も口をきいてもらえなかった。これは覿面こたえた。無視というのは一番辛い。なんであんなことをしたのだろう。俺は後悔して反省して何度も謝るも中々許して貰えなかった。悲しくて淋しくてたまらずこの時にポッカリ空いた心の穴はまだ十分に塞ぎきれていない。兄弟たちは優しくて弟思いでよく可愛がってくれた。恐れと尊敬の対象であり憎い存在でよくしばかれて、よく歯向かっては喧嘩にならず傷の一つや二つは日常茶飯事で何度か殺されかけた。それでも仲良しだった。楽しかった。実際に病院送りにされてみると、死よりも生の実感を、感じる事ができてそれなりに俺には良かった。」
スクリーンパネルに少年時代の情景が映し出される。
「俺は、社会に出て失敗や挫折を味わい、早々と気付いた。世の中には二種類の人間しかいないのと、世の中には三つのことしかない。二種類の人間とはペテン師と盗っ人、三つのこととはメシとカネとセックス。世の中、突き詰めれば一つ、犬しかいない。アホ面した犬。あたり一面、犬と犬と犬と犬。手拍子でもなんでも反応して尻尾をふってよだれを垂らす犬と犬と犬と犬。見るのが厭になって振り返っても犬と犬と犬と犬。そんな俺も犬。オヤジを負け犬だとバカにしたが、俺も負け犬。何も変わらない。救いなんてどこにある?一寸先は闇って云うが、違う、今いるところが闇。世の中が暗闇で悪党だらけなんだ。俺もそれに倣った。俺は善人面した悪党、そうやって生きて糊口を凌いできた。一握りの本当の善人と思しき人たちは軽んじられ虐げられ報われない生活に甘んじている。惨めだ。俺はなんやかんや善人だと思っていたが違った。見当違いも甚だしいとは、この事。ある日、俺は天の声を聞いた。考える間もなく俺は悔い改めた。そうしかできなかった。見える景色が変わった。少しずつ思い出してきた。だけど、それももう、疲れてきたんだ。もう何も聞きたくない。もう何も見たくない。俺は、やっぱり愚図の鈍間でいい。エサと水さえくれれば忠実にお腹までも見せる犬でいい。俺は負け犬。蚊虻とは俺のことだ。」
スクリーンパネルに映し出される若い頃―
他には、してきた仕事、友人、ex-girlfriendなどいろいろ話した。俺は、底辺で生きてきた。自分の人生なんて繕わず話せば惨めな気分で泣きそうになりそうだったが淡々と話した。
「話してくれてありがとう。よく頑張ったわね。わたしはあなたを誇りに思うわ。結びは気に入らないけど、これから一緒に解きほぐしていきましょう。捩れた心、その捩れの曲線がよいものを生むバネになるわ。よき心を育み、形あるよき姿に変えていきましょう。」
―見上げるとドミナは目に涙をためていて今にもこぼれ落ちそうだった。女の涙にはいつも興醒めしてしまう。だが、俺はそう感じなかった。ドミナはこちらまでゆっくり歩いてきて座っている俺を後ろから手をまわして抱きしめてくれた。やめてほしい、ダメだ、勘弁してほしい。俺は泣いた。―抱きしめるドミナのせいで髪が濡れて湿ってきた。俺は抱きしめる彼女の手に堪らず口づけした。―
『犬だっていいじゃない、狛犬ってよい犬でしょう。羊の群れを狼から守る番犬もよい犬でしょう。ライカだって、タロとジロ、リキや比布のクマだって、名犬ラッシーだって、ジョリーだって、パトラッシュだって、桃太郎さんのお供の犬だって、マーリーだって、みんな、みんなよい犬でしょう。ほら、悪い“いぬ”は居ぬ。悪い犬はここから去ぬ。ここ掘れわんわん。ほうら、坊や、いないいないばあっ!』
"Pretty Please with Sugar on Top..."
「ねえねえ、もっと教えてほしいの。ねえ、お願い。言葉選びなんかいらないから。思ったことを尻込みせず、どんな汚い言葉でもいいからわたしに話して頂戴よ。あと坊や、卑下もほどほどにね。“負けるが勝ちも度を越えればただただ見苦しい”忘れずによく覚えておきなさい。蚊虻が牛羊を走らすことだってあるの。“Stay Gold”あなたはいまのままで十分美しい。素晴らしいわ、その感受性を大切にしましょう。あなたは品もあるし。品は品でも下品だけどね。度が過ぎて上品かしら。自分を愛することからはじめましょう。」
ドミナは、新しいカクテルをあおっていた。俺はそれがなにか、すぐ分かった。
―カシスソーダ―
俺も、新しいカクテルに口をつけた。うん、うまい。
「あら、そのカクテルはオンディーヌね、まず、あなたが何度か言っていた、マルチタスクの弊害ってどういったことなの?聞かせてよ、もっと詳しく聞きたいな。教えてくださらないかしら?」
俺は、すっかり乗せられた。長広舌をふるうとはこれか、と得意になって独演会をはじめた。スクリーンパネルの発光が発狂かと見紛うが如く俺の狂気が炸裂する。
「ああ、それかい。社会病理のひとつだね。どの仕事しても思ったことなのだけど、まず一人のやる仕事の量が多すぎる。あれやこれや、やらせすぎ。由無くやらせている、由無くやっている。マルチタスクっていうのは、元々コンピューターの仕事さ。これを人がやるとハンバーガー食いながら鮨食っているようなものだね。それも便所でクソ垂れながらケータイ強く握りしめて。マルチタスクも個人のキャパシティ拡張、拡大でスーパーマンを作るのには良いかもしれない。ただ多いじゃない、本来しなくてよい無駄なことに貴重な時間をいたずらに浪費、あるいは空費している。もしクリエイティブな仕事ならもうそれはもうどう逆立ちしてもクリエイティブな仕事にならない。ただの作業だよ。粘土遊びかも知れない。win-winなんてものもどこにもありはしない。幻想だよ。酷いところは編み図も編み方も教えなくていきなり手芸をさせる。編み物なんて知らないし、できるわけがない。いたずらにかぎ針をこねくり回して落ちた毛クズがその日の出来高だよ。いつまでたってもセーターもマフラーも出来上がらない。こんなバカげた事を何の疑いもなくやっている。
bullshit,大事な事を忘れてしまった忙しいとゆう鎧兜をまとった兵は今日も忙しいフリに勤しむ。まあ、実際忙しいのだろう。カフェでノートパソコンを広げてカチャカチャカチャカチャ雑音を周囲にまき散らす。珈琲の香りも味もメロディも何もかも台無しだ。親の顔が見てみたい。愚息とはこれか。まあ、良い。昨日覚えたばかりのビジネス用語か何かで理論武装して得意顔で話している物乞いを見るとあまりに口がクソ臭くて吐き気を催す。上役や得意先のチンポばっかりシャブってないでもう一度、国語からやり直してこい。哀れすぎてかける言葉も見当たらない。歯車の音色が嬌声かなにかで汚すぎて辟易してしまう。戦慄とはこのこと。恐ろしいのは頓珍漢なことしても、それでもまずまずの成果が出るってこと。素っ頓狂とはこのこと。こうなると目も当てられない。それで売り上げなんかが右肩上がりだと経営陣もマネージャーもその他大勢の迷える子羊も間違ってないと思い込む。病気だ。
沈黙は金なり、雄弁は銀なり。人間が神に三次元を説くようなものだ。このくらいにしておこう。」
そう話を切るとグラスのカクテルをクイッとひと口飲んで喉を潤わせた。琥珀色の宝石―仁の芳醇な香りとアーモンド香、甘さの中のほろ苦さ、濃厚な味わい。Perfect, うん、うまい―
ドミナはワイングラスの洒落たカクテルをあおっていた。―何だい、それは?
「ブランデー・クラスタよ。すごい毒ね。すっきりしたかしら?最高、面白い。―その迷える子羊たちはどうしたら良いのかしら?」
「いや、俺も迷える子羊だよ。実際のところは何も知らない、何も分からない。解決策なんて知らない。魔法のレシピなんてものはないよ。あるのなら俺が教えて欲しい。これだけ散々ネチネチ喋ったけれどマルチタスクなんてどうでもいいよ。俺のただの愚痴だ。本当の問題は、そこでは無い。世の中、全部ウソなんだよ―」
「ほうら、わたしが言ったじゃないの?全部ウソって。あら、本当の問題とは、何かしら?詳しく教えてくださらない?」
「ウソっていうのは、星の歴史が今日始まったとかそこまでのぶっ飛んだ話じゃない。本当の問題とは、世の中はすべて仕組まれている。“絆創膏を売るために傷を作る”ある結論を作り上げる為にそれらしい設定を作る。たとえば環境問題。南極の氷は溶けている量よりも増えている量の方が多い。二酸化炭素が増えたから地球が温暖化してるなんてもっともらしい設定があるだけ。温暖化したから二酸化炭素が増えたのか、二酸化炭素が増えたから温暖化したのかそれを証明した学説なんてありゃあしない。使われる資料や統計はチェリーピックされたもので温室効果ガスなんていう設定のウソがあるだけだ。大体この百年で0.7度の気温上昇が大層に地球温暖化なんて言われている。そしてそのバカげた学説に則って今度は炭素税なんてものをやろうとしている。ヘンリー・ゴンドーフもびっくりの世界を劇場にしたビッグコンなんだ。そんな人をバカにした設定をどこの国でも推し進めてる。特に日本はヒドイ。割りばし一本取ってみても間伐材が原料でこの仕組み事態が元来、環境にやさしい持続可能な取り組みだったのに、エコ箸なんか訳わからない似非エコロジーをやる。家庭ならまだしも毎日飲食店で余計に使われる洗剤の方が水質汚染の影響がはるか大きい。こんなものは少し調べたり考えたら誰でも分かる。なのにだ、不思議なことに民衆は見たこと、聞いたことを碌に考えもせずに素直に受け入れてしまう。いや、そんな事より頭の中は今日の晩飯とセックスとお小遣い稼ぎしかない。ポテトチップスを食べながらアニメやアホな動画を見る。とどめにアイスクリームを食べることも忘れない。まともに思考している奴なんていない。まともな思考方法を分かっていない。思考停止に陥っている事さえ気づいていない。うすうす気づいても見ないふりをする。サック漏れの本物のバカはバカにされている事すら気付かない。そんなバカに3S政策の話をしても「へえ、そうなの」で終わりさ。結局南極、バカは聞く耳持たず鼻くそをほじって食べる、それがそいつの主食だ。すべてウソさ。家計のやりくりの為に旦那の小遣いが減っても嫁のランチ代は減らない。今日の晩飯がやけに豪華なのは、昼間に嫁がしっぽりよろしくマッチングアプリで小遣い稼いだからさ。政治もウソ。日米合同委員会のおかげで日本は国力を落とす政策しかしない。国会なんて予め答弁が決まっているのに与野党でプロレスしているだけだ。売国奴しかいない。中国とアメリカの緊迫した関係もウソ。中国共産党はCIAが得意の両建てで作ったのだから。北朝鮮のミサイルもウソ。それでも報道のせいなのか個人の素養の問題なのかバカは気付かない。ロシアウクライナ戦争もウソ。本当の事は一切報道しない。インフルエンサーもウソ。民衆をミスリードする工作員さ。インフルエンザもウソ。ウイルスなんて存在しない。ベシャンは正しかったってパスツールも言っているじゃないか―」
ドミナが笑う。俺も笑う。スクリーンパネルも笑っている。
ドミナはスクリュードライバーを飲んでいた。
俺は少し休憩、水を飲む。うまい、水が一番うまい。
―俺は演説を続けた。
「2019年12月武漢で始まったコロナパンデミック。
これも、ウソ。マスクもウソ。アルコール消毒もウソ。PCR検査もウソ。勿論ワクチンもウソ。コロナワクチンが奇跡的に一年かそこらで出来て一発じゃ足りなくて二発も三発も民衆は打ちまくった。日本は、接種率世界一位の接種大国なんだ。大体二回打てば感染は止まるって言ってたのにワクチンを打てば打つほど感染者が爆発的に増えたんだ。それでもその前後関係の脈略に大勢の民衆は気付かない。そのワクチンが何か知っていますか?って打った人に訊いてみたい。民衆は当然、生ワクチン、不活化ワクチン、mRNAワクチンの違いなんて知らない。SDGsなんて反吐が出る。食糧難もウソ。昆虫食のゴリ押しはひどい。テレビでタガメパフェやらコオロギせんべいとかの特集をよくやってるけれど本当に食糧難なら、まずパフェやせんべいを止めたらいいじゃないか。豚熱もウソ。鳥インフルエンザもウソ。そして摩訶不思議な事に鶏舎などの家畜小屋は頻繁に火事になる。おかしい、あまりにもおかしい。LGBTはウソってよりクソ。Bってなんだよ。バイセクシャルなんてただの性的倒錯者だろう。控えめに言って性的趣向だ。科学もウソ。純粋数学以外はまず疑いから入った方がいい。歴史もウソ。本当の歴史は教科書で教えない。改竄、捏造のオンパレードさ。感動実話もウソ。一日三食もウソ。カロリー摂取目安もウソ。タバコの発がん性もウソ。どこの国で統計を取っても喫煙率とがん発生率がリンクしない。がんがそもそもウソ。抗がん剤もウソ。高血圧もウソ。減塩が良いもウソ。健康にあれがいい、これがいいもウソ。メディアに出てる学者もウソ。御用学者しかいない。経験人数もウソ。男は多く言い女は少なく言う。リア充もウソ。そんな奴はいない。あの子の気になる素振りもウソ。女のあんたなんか大キライもウソ。大事件のほとんどがウソ。大事故のほとんどがウソ。あっちもこっちも全部ウソ。もうあげればキリが無いよ。―下手の考え休むに似たり“人が神に講釈を垂れる”これくらいにしておこう―」
ドミナはジャスミンティーを飲んでいた。俺もジャスミンティーを飲もう。
「最高に面白いわ。あなたって陰謀論者なのかしら?あら、いいじゃない。もっと聞きたいわ―だめかしら?」
「陰謀論―ドミナ、からかわないでくれよ、分かっている筈さ。あなたも全部ウソって言ってたじゃないか―陰謀論とはこれまた珍走団のようなマヌケな響きだ。精神論もそう。精神くらい大切なものも無いのにそうやってチープなラベリングして、支配者様は、本来取り組むべき重要な事から民衆の目を逸らす。陰謀論じゃなくて陰謀さ。すべてファクトだよ。全部、ユダヤの謀略さ。ゴイム(非ユダヤ人:群衆)は常に奴らの破壊工作に蹂躙されている。特に奴らの日本人への破壊工作は徹底して凄まじい。日本人は古来より“さもしい”“はしたない”“あさましい”など賎陋を忌み嫌う廉恥の士で貧しくても豊かな強い民族だったんだ。いまは、そんな事を口開けば古めかしいと疎んじられ、そのような美徳は見る影もない。先祖代々脈々と受け継いできた大切なものを日本人はここ数年で簡単に手放したんだ―」
「さすがね。よく知っているわ。そう、ウソなのよ。全部ウソ。分かっていただけたかしら?なんで支配者様は、そんなに日本を破壊するのかしら?なにか日本に大切ななにかがあるのではないかしら?違うかしら?」
スクリーンパネルが波打ち潮騒を立てる。
「いや、だから俺は本当のところは何も知らない。これっぽっちも分かっちゃいない。“知らぬが仏”って云うように本当は何も知らなくて何も分からない方が幸せなんだろう。分かったところで相手が巨悪すぎて何もできやしない。せいぜい食事に気を付けてワクチン打たないでお茶を濁すくらいさ。奴らは日本だけじゃなくて世界各地を破壊している。とりわけ日本を徹底して潰しにかかってるのは、日本人が強かったからじゃないのかい?ポルトガルの宣教師が、日本へ来た時、識字率の高さや精神性の高さに驚愕した。いつもの宣教から洗脳、そして植民地へとする常套手段を諦めた唯一の国、それが日本なんだ。皮肉なのは、日本を西欧近代化やスパイ、あの手この手で完全に内部崩壊させた筈なのに第二次世界大戦では、奴らは、目論見が外れて日本の底力を見せつけられる。日本は、正に決死の覚悟、獅子奮迅の活躍で奴らがせっかく攻略した国々のほとんどすべてを植民地から解放したのだから。他もあるのかも知れないがとにかく奴らはジャップが目障りなんだよ。奴らは銀行を作り学校を作り病院を建て新たな産業と新たな雇用を産み出す。ウソのお金、ウソの教育、ウソの医療、ウソの産業、クソの遊戯とクソの娯楽、なんでも与えてくれる。奴らはペドフィリアで、悪魔崇拝者で、とんでもないペテン師で泥棒だけど正に現代社会を作り上げた偉大なる父なんだ。与えているのではなくその実は、奪っているんだが、真剣にこの問題に向き合うとただでさえおかしい頭が余計におかしくなる。俺もテレビでも見ながらポテトチップスを食べて、スマホでポルノ動画でも見て自分で自分を慰めるよ。デザートにアイスクリームも忘れない。―」
スクリーンパネルの波が大波になり大きな潮騒を立てる。
いま気付いた。これはドミナの脳も同期している。
最後の一言は余計だったか―
ドミナは、渋い顔をしている。
「坊やは、トランプゲームの大富豪をご存知かしら?」
「ああ、知っている。よくプレイしたよ。それがいま何か?」
「大富豪は大貧民とも呼ばれる―」
「他には、大革命、王様と乞食、王様と奴隷などがある。1970年代、学生運動が下火になった頃、当時の学生であった人が考案したんだ。」
「あら、よくご存知ねえ。あなたって博識だわ。大富豪で一番盛り上がる瞬間はいつかしら?」
「博識じゃない、ただの雑学だよ。大富豪の醍醐味は、“革命”だ。強いカードと弱いカードが逆転する。」
「そう、革命―それが、現実世界で起こる事を、あなたは想像したことがあるかしら?持っているものがいきなり無価値になることを?わが身に降りかかることを想像したことがあるかしら?」
「俺は、平民だ。いや貧民だ。何が言いたいんだい?」
「あなたは見たでしょう。これから起こる大災難を?平民や貧民だから大丈夫なの?」
嗚呼―
クソ、思い出したくない―
「物事には必ず“リズム”がある。周期と言った方が分かり易いかしら?」
「…、」
「双魚宮時代から宝瓶宮時代への移行。アダムとエヴァからアブラハムまでが二千年、アブラハムからイエスまでが二千年、イエスから二千年が正にいまなのよ。」
「…、」
「江戸幕府は二百六十四年間で歴史の幕を閉じた。八十八×三。2022年8月で大東亜戦争終結からちょうど七十七年になる。欧米諸国では9月2日が実質終戦記念日。七十七年というのは明治維新から大東亜戦争終結までと同じ長さ。五黄土星の年がちょうど今年2022年。五黄土星の年とは、災いの年。ユダヤのシェミッタ、7年周期の安息年がちょうど今年2022年。安息年とは、リセットの年。もうゲームは始まっているの。人々は、そもそもゲームのルールも分からず卓についている。もしくは、目の前のゲームに集中せず、違う何かに集中している。あるいは最初から卓についていることにすら気付いていない。それでいいのかしら?」
「…、」
「人々は、騙されたままでいいのかしら?偉大なる父も偽りの父じゃないの。盗っ人でしょう?“盗とは次の皿”皿に欲しいのは一滴の血。そのまま放っておいていいのかしら?」
俺は見た。未来の地獄絵図を―俺は聞いた。人々の悲鳴を―だけど俺に何ができる。いや、できなかったんだ―
「これは、競馬なのよ。血のゲーム、それは、知のゲーム―」
競馬―血のゲーム―
「そう、幻の―」
「甘い考えだった。勝てっこない。」
「それはあなたの本心かしら?思考にはくれぐれも注意しなさい。何かを求める求心力が働いた刹那やいなや結果とゆう遠心力も同時に生まれるの。引き寄せる力が強いものこそ結果も早く引き寄せてしまう。本当に望むことだけに思考の照準を合わせなさい。」
求心力―
遠心力―
「本当の事を言えば殺されるのがオチだ。いまも昔もそれだけは変わらない。天才や秀才は世に出て称賛されるが、本当の事を言う奴や、真の超人的な存在は、世に出ることを許されない。空飛ぶ円盤を作ったシャウベルガーは、何もかも奪われて殺された。ピタゴラスは、無理数を発見して証明した弟子を殺したじゃないか。いまは、ピタゴラスの時代より周到で狡猾で残忍だ。」
「つまり、あなたは、結局命が惜しいの?」
命が惜しい―そこが、俺の本音なのか―そうなのか?そんなイントネーションで言われたらなんだか自分が惨めでちっぽけじゃないか―
そりゃあ、誰だって命が惜しい。
でも、この俺が?
命を削ってたたかってきたこの俺が―
「いいかしら、古よりたたかいの場において人を多く殺めた武器、それは剣でも刀でも弓でもない。それは “石”なのよ。ペリシテ最強の巨人兵士ゴリアテを死に至らしめたのは羊飼いの少年ダビデが放った、たったひとつの石なのよ。それは礫、小さきひとつの石。貧弱なダビデは強かった。たったひとりの羊飼いの少年の強固な意志が、見事に巨人を打ち負かしたの。それは彼の意志のなせる業。その一つの石が国を、民を、救ったのよ。」
スクリーンパネルが大波のようにうねりひと際大きな潮騒を立てる。
「やめてくれ。冗談はよしてくれ。俺一人でなにができる?いや、やろうとしたんだ。だけどどうなったか知っているだろう?もう、やめてくれ。“盗とは次の皿”“石とは、意志”もう、ウンザリなんだ。聖書の話なんかも聞きたくない。もう沢山だ。キリスト教が嫌いなんだ。宗教が嫌いなんだよ。宗教なんて戦争や霊感商法、ろくなもんじゃない。」
オヤジだ。オヤジのせいで俺はキリスト教も聖書も嫌いになった。キリスト教にのめり込みすぎた父親は、ついぞ気が狂れてしまった。 “神とは、髪。ネフィリムは、だから人の娘の髪に惚れたんだ。ナジル人が髪を剃ってはいけないのは神だからだ。聖とは、性。父とは、乳―” 「お父さんは、神様に会った。神様と話せるんだ。」一日中、こんな事を聞かされたらこっちの頭がおかしくなる。何か返すとワーワー喚き散らす。神も信仰もあったもんじゃない。いつでもどこでも壊れたラジオのように喋るものだから、恥ずかしかった。次第に、オヤジとは喋らなくなった。家族の誰もが喋らなくなった。俺は、オヤジのそれが精神病か何かと思い調べた。それが仏教で云うところの“魔境”と知った。魔境とは、禅の修行の瞑想中に仏陀が現れたり、涅槃を見たりする。だが、それは偽のヴィジョンであって、本物の悟りではないものとして厳しく戒められている。この魔境がなにより危険なのは、この世のものとは思えない、とても形容しがたい幸福感に包まれ、なんでも出来ると錯覚した万能感に陥る。さらに調べると同じような“症状”の人をウェブや本で確認した。なにしろそういった人達は語呂合わせや言葉遊びが好きで、とてもまともに取り合えるシロモノではない。オヤジもそういった人達も軽蔑した。だが、同じような事を自分が経験したら?見方が少し、いやガラリと変わってくる。果たしてオヤジのあれは、魔境だったのか―俺の方が魔境なのか―それともオヤジも俺も本物を見たのか、あるいはどちらも魔境か―ひとつはっきり言えるのは、傍から見ればどちらも区別なくキチガイというところだろう。
「わたしは冗談なんか言ってないわ。ダビデはたった一人で巨人を打ち負かしたわ。一人でできないなら仲間を集めたらいいじゃないの?それに聖書は神との交信、霊との交流によって書かれたものなのでは無かったかしら?違うかしら?だから書き記したものは、著者ではなく記者と呼ばれる。それに読むのではなく感じることが大切。そこには真実、そこから見える真理があるのでしょうね、きっと。まあ、それほど嫌うのなら無いのかも知れない―」
俺は元々、教会は嫌いだったが、なぜか聖書は好きだった。幼い時、オヤジが話すイエスの奇跡の話が興奮した。山上の垂訓やたとえ話が好きだった。マグダラのマリアや聖母マリアが好きだった。
「なぜ、それほど聖書を嫌うのかしら?それは、お父様のせい?」
なぜと問われればなぜだろう。なぜ、俺は信仰から離れたのか―
「もちろん、オヤジ、それもある。俺は、創世記が嫌いなんだ。特に原罪の部分が、どうしても納得がいかない。禁断の木の実を食べたエヴァが悪いとか唆した蛇が悪いとか、問題点はそこでは無いと思うんだ。そんな食べたらいけないものなら何でそんなものを作ったんであろう。なんで置いたのであろう。これが家庭や職場で起きた問題なら間違いなくそんなものを作ったり置いたりしたものの責任だ。ノアのカナンの呪いも分からない。“人を呪わば穴二つ”って云うじゃないか。ノアは反射について知っていたはずだ。それでも呪いをかけたんだ。聖母マリアの処女懐胎だって“少女”と“処女”の誤訳が基だって聞いた。学校の授業でダーウィンの進化論を教えられて、進化論と創造論は矛盾してくる。聖書は記述者によってまるで内容が変わったり、神の言ってる事もころころ変わる。十戒の教えなんかも教派で変わってくる。聖典から外された外典もある。気を悪くしないでくれ。神聖なものであるはずのものに作為的のものを見てなんだか聖書を信じるのがバカらしくなったんだ。」
『お前に世界を救って欲しい』
「え?―」いまの声は―
ヨハネの福音書8:44
あなたがたは自分の父、すなわち、悪魔から出てきた者であって、その父の欲望どおりを行おうと思っている。彼は初めから、人殺しであって、真理に立つ者ではない。彼のうちには真理がないからである。彼が偽りを言うとき、いつも自分の本音をはいているのである。彼は偽り者であり、偽りの父であるからだ。
「面白い、良い着眼点だわ。わたしはもちろん、気を悪くなんかしないわ。あなたの本音が聞きたいのよ。ただ、ひとつ訂正してあげる。処女は誤訳ではないの。“アルマ―(少女:若い女)”をギリシャ語の“パルテノス(処女)”と訳した話ね。ヘブライ語の処女なら“ベトゥーラー”であってアルマ―は単なる若い女っていう意味に過ぎない。それは、違うわ。ヘブライ語で若い女を意味する、より一般的な単語は“ナアラー”よ。“アルマ―”って言葉は、“若い女”“ 少女”以上の特別な意味を持つの。それにいいかしら、進化論の中で、ダーウィン自身が進化論に一番当て嵌まらないのは人類だって言っているわ。だって人類は進化したわけではないもの。自然と共生していた時よりも、寧ろ退化してるわ。自然のパワーを人々は忘れている。あなたは見つけたのでしょう?自然のパワーを?そのパワーを何で使わないのかしら?」
本当の問題とゆうものがあるのなら、このパワーだろう。
22.5.3
“この世もあの世も全て0と1でできている。この世が白黒。あの世が黒白。一とは位置。零とは霊。“有限の有”“有限の無” それらを支配するのは“無限の無” わたしが無― ムは決して目で見ることも耳できくこともできない。 触ることも掴むこともできない。 見つかられるものは幸い。 お前がいる幻の世界は0の3つ目。“無限の光”そこから数が生まれる。数の秘密だ。その光に包まれるものがわが子羊― 神の民―そこに愛するものを導きなさい”
―それはおかしくないですか?01の二進法はコンピューターのアルゴリズムの話であって…
“何もおかしくない。基礎的な構造は二進法だ。とてもシンプルに出来ている。何進法かそれは人間の採用の問題であって基礎は全てオンとオフ、表と裏、光と闇、陽と陰、静と動、これらで出来ている。身近なものを観察してみなさい。お前たちはそのプログラムの中で生かされている。”
スクリーンパネルが美しき数式を映しだす。綺麗だ。
“三種のアイン”0が00を生み00が000を生む。そして000が1を生む。
「自然の法則の美しさを、数学を深く理解せずに、人々が感じることができる方法で正直に説明することは不可能です。申し訳ありませんが、これは事実のようです。」とは、ファインマンの言葉だ。俺は、数学どころか算数すら危うい。おはじきからやり直したいくらいだ。そんな具合だから体験しているときは何のことなのかさっぱりだったが、すべては数、数学だった。三次元が01で白黒。それが、どういう意味なのか調べて紙に書いてみたり碁石を並べたりした日々―求心力と遠心力―重力より浮力―
そのパワーは自然界にある。そして人にも備わってある。
「確かに見つけた。自然の素晴らしいパワーを。だけど、もう無理さ。分かり合える友もいない。仲間なんて集まらない。人々は、そうとは露知らずカルト宗教の信者なんだ。奴らのウソを信仰する立派な信者なんだ。洗脳を解くのはもう手遅れさ。それを使って世の中いいものにしようって言っても誰も聞かないよ。」
ドミナが微笑む。
「“book”と共に生きなさい。それがすべてよ―」
「bookっていうのは聖書かい?」
「それもとてもいい事よ―あなたが細工をしようとした黄金の図書館よ―」
22.4.23
“ひとは大いなるものの断片や塵や埃を夢で見る。それはまるでジグソーパズルのピースのようで見ている本人にも分からない。人がいうインスピレーションやアイディアというのはこれだ。ともよ、なぜに自分に大いなる啓示があらわれたのかを追い求めるのではなく、自分の中の心を鎮め、霊を高め、神を高め、それらを聖しものとしなさい。お前がそうして門をくぐったように無邪気であらねばならない。そうすれば自ずと見えて聞こえるのだ。宇宙の周波数に合わせればよい。糸を紡ぎなさい。お前ならできる。やりなさい。”
―嗚呼…、
それはアカシックレコードとして知られる元始からのすべての事象、想念、感情が記録されている全宇宙の記録―
俺は、それを変えようとした。未来に起こる事を変えようと、藻掻きに藻掻いた。
過去、現在、未来は、脳の神経回路のように張り巡らされている。
現在を良い未来の神経回路と繋ぎ合わせる―
徒労だった。結果はいつでも最悪だった。
22.4.28
“お前は錬金術師ではない、錬金術もできるが細工に専念しろ。お前は金細工師、お前が黄金に細工を施せ。”
俺は、調子に乗った。何のことはない。俺自身が、なんでもできると万能感に浸った。
そして、悉く失敗した。オペは失敗だった。
「ドミナ、俺は頑張ったんだ。もう、無理だよ―」
「ウソよ。それこそが最大のウソ。噓つきは泥棒の始まりよ。頑張ったなんて自分で決めるものじゃない。坊や、あなたはしないのではなく、したくないの。もう、したくないの。どうせ、俺じゃなくてもいい。どうせ、自分がしなくてもいい。どうせ、自分がしている事は意味が無い。どうせ、誰も理解できない。どうせ、どうせ、どうせ―なぜ、もっと信じないの?自分を信じれないものは何も信じれないわ。いい、信じるものは救われる。揺るぎない真理よ―」
信じるものは救われる―
信じた俺はヒドイ目に遭った―
「みながみな、待ち望み、ついには諦めてしまった、忘れられてしまった一縷の望み。全世界の待望なのよ。世界は救いを待っている。盗っ人どもに裁きを下しましょう。泥棒にお仕置きをしてあげましょうよ?」
「…、」
盗っ人―
泥棒―
「あなたは、いつも救いを求めていた。違うかしら?」
「…、」
救い―
「世の中、おかしい。人はなぜ生まれ、なぜ死ぬのか。どこから来てどこへ帰るのか。あなたは、いつもことわりを求めていた。だから、あなたは仕事も辞めて天の声に従った。違うかしら?」
そうだった。俺は真理を求めていた。何の為に生まれたのだろうかずっと思っていた。思い煩い、ついぞ忘れていた。人は必ず死ぬ。今日生まれたばかりの赤子も死とゆう時限爆弾を抱えて生まれてくる。生まれることは本当にめでたいことなのか。そもそも生まれたのか。生まれた時の事なんかなにひとつ覚えていない。いつも何かおかしい。何かがおかしい。俺がおかしいのか病気や異常を考える。そして俺はある日、コペルニクス的発想の転換に成功した。俺がおかしいのではなく世の中の方がおかしい。
そして、俺は天の声に従い、いきなり仕事を辞めてしまった。収入は無くなり生活は苦しくなるばかり。挙句、夢の世界から抜けられない。
「あなたは、それで後悔しているの?人の仕事の手伝いを辞めて天の仕事をはじめた事を?」
俺が、聞いたのは本当に…いまいるこれは…
―もう、いい―苦しい―もう、死なせて欲しい―
「いまこそ、八紘一宇の精神で、世界の人々は立ち上がり、―」
八紘一宇とは、時の議員が、使ってポリコレに引っかかった言葉。そうだ、ポリコレもクソだ。
「ドミナ、もう、やめてくれ。世界は、俺の事なんて気にしていない。だから、俺も世界を気にしない。もう、俺は、無理だ。これ以上、俺を苦しめないでくれ。」
ドミナは、一呼吸置いて低く強い声でボソッと呟く。
「それは、とても残念ね―」
沈黙―