俺はピロルだ
ヤザワ精肉店にて。
街が少しずつ起き出す早朝、ドアが叩かれた。
「ヤザワは、ここにいるっすか?
ピロ兄をつれてきたっす! 」
「おうっ! よく来たなっ! 」
「げっ!? よっ、用事を思い出したっす」
「ガハハハハ。まぁ、そう急がなくてもいいだろ。
俺もお前に用事があったんだ。今日、炙り肉の試食を出そうと思ってたところだ。どれ、調子を見てやろう」
踵を返した赤龍を捕まえるヤザワ。
ボーーーーーっ!
「やっ、やめるっす! 」
ゴーーーーーっ!
ゴーーーーーっ!
「香ばしい匂いだねぇ。肉を炙ってるのかい?
」
「火力が違うと、こんなに美味しくなるのか」
「そのゴーーッてやつ、僕もやりたいっ! 」
ゴーーーーーっ!
ヤザワ精肉店で行われた炙り肉の試食会は、こうして大人気イベントになった。
「もう、勘弁っすよー。何もでないっすよーー」
◇◆◇
手荒く麻袋から引っ張り出された。
怯えている家畜達。
壁に掛けられた大小様々の包丁。
ずらりと並べられた肉。
生き生きと楽しそうな店員。
逞しい体つきの壮年男性。
調理服の生々しく血痕。
豪快な笑い声。
騒がしい店内。
絶妙な掛け合い。
視界に入ってくるその一つ一つが、靄のかかった脳に刺激を与えてくる。
俺はコレを知っている?
俺は何なんだ?
それらに触発されるように、今まで気にならなかったことが、気になり始めた。
「頼もう」
その時だ。
凛と澄んだ声が、店内に響き渡る。
それは俺の頭の中で木霊し、一筋の光を与えた。
逞しい体つきの壮年男性……マスターが、俺を抱えて連れていく。
俺は何だ?
そうか。俺はピロルだ。
この肉屋で、ピロルになったんだ。
大好きな甘い香りと、お馴染みのふわりとした優しい温もりに包みこまれる。
「ピロ……ロ 」
俺はピロロに抱きしめられていた。
見る見るうちに、ピロロの目に涙が溜まっていく。
「うおぉーーーぉぉお!
ピロル様が無事戻られたよ~
ピロル様がお気付きになったよ~、うううっ
よかったよ~」
横で泣きじゃくる青づくめの男っ!?
それを見て、涙目のピロロが吹き出した。
俺とピロロの感動のシーンがっ!!
ピロロが笑顔になったから、まぁ、いっか……




