ラヴォア博士 (★博士視点)
私はマゼンタ王国で研究員をしている。エロー学術都市で学び、研究員として経験を詰んだ後、この国にたどり着いた。
専門は色素で、色素魔獣や色素植物を研究対象としている。
若い頃は、情熱を燃やし徹夜で研究に打ち込んでいたが、今では細々と論文を書く程度で、退屈な日常を過ごしている。
そんな時に、面白い話が舞い込んだ。最強であるが故に、今まで守護魔獣を受け入れてこなかったピロロ姫が、遂に選定したらしい。何度か、国外の珍しい色素魔獣を紹介したのだが、軽くあしらわれた。ヤザワのお店で決めたらしい。さすが、抜け目のない男だ。
ぜひ、お目にかかってみたいと思ったのだか、城に来てすぐは、忙しく会えないだろう。ヤザワのところに顔を出すことにした。
「ピロロ姫のお通ーりー」
号令とともに、遠くで群衆が二つに割れるのがみえた。あの姫様の一番嫌いそうなヤツだ。思わず苦笑いした。遭遇すると厄介なので、路地裏を通り昼食を済ませてから向かうことにした。
肉屋の近くまで来ると、豪快な笑い声が聞こえた。
「お邪魔するよ」
「おっ、ラヴォアじゃねーか。いらっしゃい」
ヤザワは、作業の手を休めず、人の良さそうな笑顔をこちらへ向ける。
「遂に、姫を落としたらしいな」
「お前、相変わらずだな。ま、今回は俺の手柄じゃねーな。あの色素魔獣が上の上玉だっただけだ。ガハハハハ」
訳の分からないことをいい、豪快にわらう。
詳しく聞くと、その色素魔獣は罠に引っかかっていたそうだ。厳密には、罠を解いて傍で寝ていたところを捕獲したらしい。麻袋から出すと芸を披露したという。極めつけに、お城から脱走したそうだ。たった今、衛兵が血相を変えて店を尋ねて来たらしい。豪快な笑い声は、そのためか。一人納得した。
それにしても、面白い素材が手に入りそうだ。久しぶりに研究欲が掻き立てられる。
翌日、満を持して会いに行った。もちろん、許可は得ている。ピロロ姫のご寝所で休んでいるらしい。一応、お土産も持参した。即席のオモチャだった。機能するかも不明だし、使いこなせる可能性は低いと思う。
ノックして入った。赤い狐のような何とも言えない風貌の色素魔獣が、ベッドに座っていた。
軽く自己紹介をした。
「君がピロロ姫に見初められたピロル君かい。どんな子なのか気になって、逢いに来たんだ。あと、これをプレゼントしようと思ってね。上手く機能するといいのだけど」
そう話しながら、首に装着してあげた。
発声を促すと、何度かの挑戦で成功した。驚いたことに、ピロルは興奮気味に原理を問うてきた。
単なる思いつきが思いの他上手くいったことと、それに興味を持ってもらえたことが嬉しくて、ついつい、ノリノリで応えてしまった。
話せるようになると、ピロルは水を得た魚だった。今までに分かったことと、それを元に生じた疑問を理路整然と語り、私に質問してきた。それは、高度な教養を身に付けている証だった。
その熱心な姿勢に感化され、より丁寧に説明した。結果的に、当初の予定より大幅に長居してしまった。
研究室に遊びに来ると言った彼は、程なくして尋ねてきた。雰囲気から察するに、遊びでは無さそうだったが。
「ドン・スネークに可愛がられたようだね。その割には、元気そうだけど」
壊されたらしい声帯のスペアを手渡しながら、探りを入れる。
ピロルは、またもや、戦闘の経緯と訪問目的を端的に伝えた。
私は彼の論理的思考力とそれに基づく目的遂行力に呆れた。それを伝えると、前世の記憶について語ってくれた。有り得そうもないのに、妙に納得させられる話だった。
可能な限り、彼に協力しようと思った。
結局、数時間議論しあった。手が思うように動かないことが、もどかしそうだったので、また、オモチャを渡した。まさか、役に立つ日がくるとは思ってもみなかった。
彼は思考をノートにまとめると、実験すると言い出した。私は立ち会い人をお願いされた。何時ぶりだろうか、こんなにワクワクする実験は。 彼の命をかけた、世紀の実験に立ち会えることに歓喜した。
彼は赤黒い液体を一思いに呷ると深い眠りについた。最初こそ、急激に発熱したが30分ほどで落ち着いた。体の色が時間の経過とともに、どす黒い赤から、鮮明な赤へと変化していく。
ピロロ姫が尋ねてきた。
私は、そっと、席を外すことにした。