アミの葛藤 (★アミ視点)
「うっ!? うわぁぁぁぁぁぁあーん」
応接室からタダならぬ叫び声が、聞こえてきた。
なになに!? なにがあったの?
飛び込みたくなる衝動をぐっと抑え、待つこと数時間。扉が開き、やっっっと、あたしの前を男の子が通過した。
……えーっと、誰?
金髪碧眼の男の子が、キョロキョロしながら歩いていく。
あたしがここに座ってから、応接室に入って行ったのはただ1人。カジュアルスーツをオシャレに着こなした、線の細いオジさんのみだった。センセーのお客さんだろうから、たぶん、医者かな。
センセーに挨拶もせず、しかも、早朝に若い男が応接室に入り込むなど、有りうるか? それも、あたしがトイレに行ってから、センセーの部屋を後にする十数分の間で……。
あたしのターゲットは黒髪男子のはず。センセーも言っていたし、何より、あたしがこの目で確認している。
     
……この数時間で髪の色を変えた!?
どうしよう、追いかける?
女の勘は、追いかけろと言っている。
でも、違ったらデート損だしな。
うだうだ考えていたら、金髪男子が階段を降りていく。
結局、追いかけることにした。女の勘に従うことにしたのだ。違ったら違ったで、その時よね。
あたしは暫く金髪男子の跡をつけた。
彼は兎に角、挙動不審だった。
相変わらずキョロキョロしながらホテルに見入ったり、バスや電線を眺めてニヤニヤしたり……。地図みたいなものを広げていたから、お昇りさんなのかもしれない。それなら、挙動不審も、一応、納得出来る。
    
しかし、そう考えると、センセーが主治医だという話は怪しい。度々センセーの元を訪れている患者が、エローを知らないなんてことはないだろう。
金髪男子は中央区の商店街へと入っていった。
「ねぇ、ねぇ、お兄さん、一緒にあそぼー? ねぇったら! 」
偶然を装い、声をかける。
やったー! くろーい!
金髪男子の腕に手を絡ませ、心の中でガッツポーズをした。何を隠そう、彼の腕の産毛が黒かったのだ。
     
ふふっ、あたしの勝ち。
さすがに腕毛を黒く染める、なんてことはないはず。
後はあたしの術中に嵌めて、骨抜きにするだけ。あたしにターゲティングされて、逃げられる男なんていないんだから。
ズッキゅーーーーん!
数十分後、あたしのハートは容易く射抜かれていた。リョーくんの甘い言葉と、その芸術的な笑顔に……。
顔が良いことは然る事ながら、兎に角、リョーくんは優しかった。あたしの要望を聞いてくれて、さり気無くエスコートしてくれる。お姫様の扱いに長けた王子様のように。
余りの優しさに困惑してしまうほどだった。だって、ぬいぐるみを取るだけなのに、本物の手乗り狐を狩るような苦悶の表情を魅せるんだもん。まぁ、その表情もまた、ステキだったんだけどね。
「ちょっと! リョーくん、大丈夫? 」
居酒屋で、リョーくんが突っ伏した。以外とお酒は弱いようだ。
    
ピロロちゃんっ!? 誰っ?
まさか、あたしを差し置いて女がいるの?叩き起して、とっちめてやるっ!!
リョーくんに体を近づけると、どアップの寝顔に視界が覆われた。
……かっ、かっこいい。。
思わずみとれる。なんかもう、どーでもよくなっちゃった。戦意喪失の乾杯ですよ。
無防備にすーすー寝息を立てて、寝込んでやがる。
あっちゃー。
やってしまった。デートを楽しみすぎた余り、当初の目的を何一つ果たせなかった。
センセーとの関係性を探るつもりだったのに、それすらも忘れてしまっていた。
   
さて、どうするか。このまま、放置する訳にもいくまい。センセーに連絡するか。あたしは、外へ出るべく立ち上がった。
「ん? 」
リョーくんの足元に、何か落ちている。紙で折った鳥のようだ。お金を取り出そうとした時に、一緒に落ちたみたいだ。広げてみると、便箋のようだった
むふふっ。
  
悪巧みが浮かんでしまった。店員さんにペンを借りて、書き書きする。書き終わると折り直して、リョーくんに握らせた。
「リョーくん、またね」
寝ているリョーくんに声をかけ、外に向かった。
さてさて、ホントにどうしよう。
錠剤を眺めながら考える。
センセーはあたしにこれを渡した。でも、あたしが飲ませるとは、思ってないだろう。
たぶん、センセー自身でもっていると、リョーくんに飲ませてしまいそうだから、あたしに託すことでそれを回避したのだ。そして、リョーくんにはこのまま、逃げてほしいのではなかろうか。
きっと、センセー自身ものすごく葛藤しているんだろう。でも、リョーくんがいなくなったら、困るのは、多分センセーだ。
リョーくんのことも、大事なんだけどなぁ……。
あぁーもうっ!! なんで、あたしがこんなに悩まないといけないわけっ!
乱暴にケータイを取り出す。そして、センセーの番号を押そうとした時にだった。炎のような何かが、あたしの頬を掠めた。
それは、一瞬で夜空に消えていった。
    
なっ、なんなの!?
背後を振り返ってみたが、あたし以外誰も気づいていない。再度、炎が飛んでいった方角を見つめる。星が瞬く、なんの変哲も無い夜空が広がるばかりだった。
「あぁっ、そうだ! センセーに連絡だ! 」
気を取り直して、あたしはセンセーの番号を押した。




