傷跡
改心の一撃を食らわせたあと、俺は黄虎から距離をとった。既にシアニン種の色素を使い果たしている。黄色ガスを無毒化出来ない以上、接近戦はさけたい。
起きるなよっ! 頼む、起きるなよ!
俺の切なる願いも虚しく、黄虎がヌラリと立ち上がった。
流石に、全身を色素で覆う程の力は残っていないようだ。ふらふらと歩きながら、俺の方へと向かってくる。体からは、ポロポロと色素の結晶が剥がれ落ちていく。もう、維持することも出来ないようだ。
手元に色素を集中させる。10センチ程の氷柱状赤色結晶ができあがった。さらに、色素を送り込み、30センチ程に成長させた。数回、軽く振ってみる。
……うーん、以前ピロロが放っていた真紅の結晶に比べ、かなり脆そうだ。
髪飾りのような芯が無いと、強度が出ないのかもしれない。
強度を上げるためカーボン種の色素を混ぜ込んでみる。結晶が黒く変色していき、しなやかな柔軟性を獲得した。狙い通り、炭素繊維化に成功したようだ。
数回振るって確認する。これならば、鞭として使えそうだ。長さを1メートルほどに成長させた。
「ガオォォーーン! 」
黄虎が雄叫びをあげた。武器作りに没頭する俺への怒りが込められているようだった。
ふらふらだったのが嘘のように走り出した。目が赤色に妖しく輝いている。相変わらず、体からは結晶が剥がれ落ちているので、回復したという訳ではなさそうだ。暗示による、捨て身の攻撃なのだろう。
パンッ! パーンッ!!
俺は鞭を鳴らしてみた。地面に当たり、軽やかな破裂音を奏でる。
躾のなってない猛獣を、調教し直して差し上げますかっ!!
鞭を構え直し、臨戦態勢に入る。
「っ!? 」
数メートル先まで迫っていた黄虎が、突如として前足を突っ張った。俺の真ん前で急停止する。
パンッ! パーンッ!!
威嚇のため、数回鞭を鳴らしみた。
ぶるぶるぶるっ、 ぶるっ!
黄虎が震えだす。武者震いか? それにしては、明らかに腰が引けている。ゆっくりと歩み寄ると、後ずさりしだした。
頬にふれた途端、黄虎は腰が抜けたように座り込んだ。相変わらず、激しく震えている。
鞭を投げ捨てると、黄虎を優しくだきしめた。体には無数の傷跡があり、大きく抉られていた。
「……お前、散々な目にあったんだな」
優しく話しかけた。
黄虎の震えが止まり、身の強ばりがほぐれて行く。怒り狂っていた目は、理性を取り戻し、温かみのある光を宿していた。
良かった。
そう思ったのも束の間、脳天をガツンとやられた。目と喉、そして、肺が焼けるように熱い。体を確認すると、色素鎧が深緑に染まっていた。
バリ、バリ、ズッドーーンッ!!
激しい爆破音とともに、突風が巻き起こった。周囲のガスを、払い除ける。
ゴホッ、ゴホッ、ガハッ
激しく咳き込み、意識が遠のいていく。
「遅くなって、済まない」
ふわりと優しい温もりが、崩れ落ちた俺を包んだ。




