城内探検②
「誰か、誰かおらぬか! 」
まだ、薄暗い早朝に、凛とした声が城中に響き渡った。待機していた衛兵が、なだれ込むようにピロロ姫のご寝所に集う。
「いかがなされしましたか」
「ピロルが気を失っているのだ。はよう、医者を呼べ」
目が覚めると、ピロロ姫と初老の医者が覗き込んでいた。
「よかった、気づいたか。朝起きたら、横で気を失っていたので心配したのだぞ」
今にも飛びかからんとするピロロ姫を医者が必死に止めている。明らかに不服そうだ。
「一体誰にやられたのだ。私がとっちめてやろう」
「……」
「きっと、お疲れがでたのでしょう。何分、生活環境が一変されたでしょうから」
意気込んでいる姫を、宥めるように医者が言う。
俺が頷くと、姫も安心したようだ。それだけに、寝相の悪い姫にヤられましたとは、言い出せなくなった。
昨日、結局、姫と添い寝させられたのだ。最初こそ、昼間とは別人のかわいらしい寝顔に癒されていたのだが、夜が更けるにつれ、絞め殺されるわ、踵とは落ちてくるわで、寝不足になったのだ。
獣はストレスに弱いのだ。敢え無くダウンしたのである。
俺が落ち着くやいなや、姫は早々に何処かへ、連行されて行った。
次期国王が一介の魔獣と遊んでいる暇があろうはずもない。
対して暇な俺は、今までに得た情報を整理してみることにした。
まず、 俺たちは色素魔獣若しくは、ピグモンと呼ばれているらしい。名前からもお分かりのように色素を自ら作りだす。
一方、人間は色素魔獣を捕食し、色素を体内吸収している。
これは、RPGで言う所のMPに当たるのだろう。これを吸収することで、特殊能力(MPであれば魔法にあたる)が使えるようになるのだ。
一部の人間がその能力に長けており、彼らが王族として世界を統治している。そして、色素魔獣の中の強力個体が、王族の守護魔獣に選ばれる。
色素には種類があるらしい。例えば、俺のピロロピロール種の様に。これにより、強さや使える能力に差がでるのかもしれない。まぁ、使用者のレベルや能力との相性なども作用しそうなので、一概には言えなそうだが。
ここら辺は、どこかで調べる必要がありそうだ。誰か詳しい人に聞くのが早いのだが、俺は話せないのだ。
ノック音で現実に引き戻された。返事を待たず、白衣姿の男が入ってきた。ラヴォアというらしい。
線が細く、とても神経質そうにみえる。この城で研究に従事する博士らしい。都合のいいことに、専門が色素だそうだ。
「君がピロロ姫に見初められたピロル君かい。どんな子なのか気になって、逢いに来たんだ。あと、これをプレゼントしようと思ってね。上手く機能するといいのだけど」
そう言いながら、俺に近づいてきた。なにやらベルト状のものが首に巻かれる。
「何か話そうとしてみてご覧」
言われた通り、発声してみる。風邪の時のような掠れた声がでた。何度か繰り返している内に、上手く発声出来るようになった。
「すごい! これどういう原理なんですか」
ついつい、理系の血が騒いで前のめりになった。博士も嬉しいようで、ノリノリで説明してくれる。
「実は君の運動反射をこのアンテナで受け取って、その音が出るように赤外線で君の喉元の色素を振動させてるんだよ。擬似声帯とでもいうのかな」
なるほど、まったく分からん。とにかく、ラヴォア博士が天才だということだけは理解できた。
話せるようになった俺は、ここぞとばかりに先程疑問に思ったことをぶつけた。博士は俺の思考レベル高さに驚きつつ、丁寧に説明してくれた。
色素は色彩ごとに上位種と下位種があるらしい。
マゼンタ王国(赤)では上位種がアントラキノン種、ピロロピロール種、キナクリドン種であり、国王陛下、ピロロ姫、ヴァイオレッタ姫がそれぞれを司っているらしい。
それに従属する下位種には、ペリノン種やアゾ種があるのだそうだ。
ただこれは、あくまでも目安であり、使用者のレベルや相性の影響を強く受けるのだそうだ。これに関しては俺の予想通りである。
俺が質問攻めにした結果、数時間が経過していた。博士は次の予定があるらしく、慌ただしく帰って行った。
研究室の場所をきいて、遊びにいく許可までもらった。
博士も俺について研究したいという下心があり、お互いの利害関係が合致したのだ。
こうして俺は、新たな情報ともに、発声方法を手に入れたのである。
シマさんが心配してフレンチトーストを届けてくれた。フワッフワッ、トロットロッで、とても濃厚な味わいだ。幸い、この世界の食べ物は元の世界に近い。俺の味覚も、狂ってはいないみたいだ。
シマさんに昨日のお礼を伝えた。俺が話せるようになったと知ると、とても、喜んでくれた。夜、お祝しましょうと言い残して戻って行った。
完食し夜のことを思い浮かべながらニヤニヤしていると、マドムさんが入ってきた。怪訝そうな顔で体調を聞かれたので、回復したことを伝えると、腰を抜かさんばかりに驚いていた。俺が話せるようなったことより、ピロロ姫がそれで喜ぶことを嬉がっていた。
それから、魂晶の儀について聞いているか確認された。なんでも、王族と守護魔獣の間で契りを交わす儀式があるらしい。今、その準備で忙しいのだそうだ。
俺は当日参加し、言われるがままに行動すればいいと言われた。後でピロロ姫に確認しておくと伝えた。
外を見ると、雲ひとつない青空が広がっていた。陽の光を浴びたくなり、外にでることにした。
昨日今日で俺は城中いや、国中で有名になっていた。すれ違うと挨拶され道を譲られるので、対応に困り大いに挙動不審になる。
廊下を歩きながら、ふと中庭があったのを思い出した。行ってみることにした。階段を降りると、向かいに扉があり、中庭へと続いていた。
天を見上げると青空が四角く切り取られている。まるで、絵画のように美しかった。
突然、背後から物凄い殺気を感じた。
「貴様がピロロの守護魔獣か。どれ、このドン・スネーク様が相応しいかどうか試してやろう」
振り返ると、20メートルを優に超えていそうな深紅の大蛇が臨戦態勢へと入っている。
ラヴォア博士に戦闘について聞かなかったことを後悔した。またもや、平和ボケでやらかした。城にいて敵に襲われるとは予測していなかったのだ。
冷静に観察する。間違いなく蛇の色素魔獣だろう。博士の説明から、アントラキノン種かキナクリドン種だと予想する。名前からすると後者だろうか。
俺の知識では、蛇系はブレス攻撃、毒牙、石化、締め付け等を得意とする。あくまで、前世の知識だが。
睨み合いが続く。
ドン・スネークが、赤色の粘性液体を飛ばしてきた。後ろに飛び退き回避する。
赤く染った地面が黒く炭化した。主成分は硫酸であるらしい。
二発目をまた後ろで回避し、三発目は発せられると同時に相手の懐へ飛び込み、アッパーを試みる。が、透明の壁に激突しサイドに弾かれた。結界が張られているようだ。六角形が二次元に連なった構造をしていた。
体勢を立て直すと、尻尾がムチのように飛んできた。俺も結界をイメージしてみる。初めてにしてはうまく出現したのだが、湾曲構造のため相手の攻撃で容易く割られてしまう。
その爆風で俺は吹き飛ばされた。俺の結界は五角形と六角形から構成されており、広範囲に貼るのには向いていないようだ。
ドン・スネークは、先の攻撃を組み合わせてきた。粘性液体で俺の回避を予測し、ムチをくらわせる。一度は回避したものの二度目でくらってしまった。
俺が勝つためには、あの結界を突破するしかない。そう確信した。
立ち上がると、二・三歩助走をつけ敵の首元めがけ突進する。結界を球状に張り自らに纏わせ、そのまま突っ込んだ。
また、奴の結界が出現するが、ここは根性で乗り切った。後は、急所に当てるだけだ。
勝利を確信する。
……あろうことか、奴はサッカーボールを捌くかのように、うまく衝撃を吸収し巻き付いてきた。
ピキッ、バリーン
嫌な音が響いて、結界が破壊された。
「俺様は貴様等認めん」
薄れゆく意識の中、聞こえた最後の言葉がそれだった。