伝朱雀
「わははははっ!」
教帝聖下の笑い声が、俺達のテント内に響いた。
「笑い事ではありませんよ。生きた心地がしなかったのですから。
櫂は忘れ、スラリーは暴走し、ハクは釣りまくって、空から大量の魚が降ってきと思ったら、極めつけに、転覆させられかけたんですから」
「ふふっ。
現れた化け物が、顔なじみの巨大ダコで救われたな」
教帝聖下が悪戯っ子のようにそう言った。
ミョージンさんが見る見る内に青くなる。悪意のある海獣でなくて良かったということに、今更ながら気づいたようだ。
一連の怪奇現象は、件の巨大ダコが原因だった。
海底から戻ってくる際、俺達は巨大ダコを逃がした。しかしながら、本人の意思でついてきたのだ。
当然陸には上がれないので、近くの海底に、新たな『半球状牢獄』を造ってあげた。
無事そこに住み着き、今回の騒動を引き起こしたというわけだ。本人は恩返しをしたかったようではあるが。
どうやら、俺達が釣りに行くのを察知し、魚を追い込んでくれたらしい。それだけに飽き足らず、捕まえて船へと豪快に投げ入れてくれたのだった。
まぁ、お陰で俺達も釣りを楽しめた? し許すとしよう。俺も人生初の釣りに挑戦したのだが、面白いほど、いや、却って面白くなかったかな……、釣れたのだ。
なぜか、ドン・スネークだけ釣れなかった。人相で魚も嫌煙したのではと、博士が言っていた。仕舞いにはゴンを餌にして釣っていた。
……いや、逆か。魚をゴンの餌にして釣っていたのか。
その後も俺達は、スラリーに乗って魚の海を海遊したりと、楽しんだ。
「ガハハハハ!
でも、そのおかげで私たちまで、こんなご馳走を頂けるのですから、有難い限りです。今度、私にも紹介してくださいよ」
マスターの目がキラリと光る。
「……ヤザワ。誰かの守護魔獣に、とか考えているのでは無いだろうな」
ピロロが冷たい視線をおくる。
「ガハハハハ! 姫様、そんな……、滅相もございません、ガハハハハ! 」
図星だったようだ。
皿には、多様な刺身が並べられている。ミョージンさんにより、適切な処理(神経締めというらしい)がなされた魚達は、鮮度が抜群でそのままでも十分美味しかった。そこに、チタニア産の塩をかけると、甘みが倍増し口の中でとろけた。
──もう、死んでもいいかもれない。
危うく天国に行きかけていると、勢いよく何かが飛び込んできた。
ピロロの頭上で減速し、ゆっくり円を描きだす。炎に包まれた小鳥、いや、朱雀のようだ。
差し出されたピロロの掌に、優雅に舞い降りた。
すーっと炎が消えてゆき、紙へと姿を変える。それはまるで、折り紙の作品のようだった。
ピロロは事も無げにそれを広げると、視線を落とした。読み終わり、教帝聖下に差し出す。
「して、どうするのだ? 」
教帝聖下が問う。
「このままシアニン帝国に向かおうと思います。よろしいですか? 」
「うむ、それがよかろう」
教帝聖下のご返答に、ピロロがニッコリと微笑んだ。




