女神の愛し子
「それっ! あっ、悪い」
「オーケー、オーケー、あらよっと! 」
「わっ、わっ、わっ!えいっ! 」
「あーあ、ハク、何やってんだよ。お前、とってこいよ! 」
「えーーーーっ!ぼくがーー」
「そりゃそーだろ。お前が投げたんだから」
子供達の声が聞こえてくる。俺は公園で昼寝でもしてたんだっけ。そんなことを考えながら、浅い眠りから現実へと浮上する。
ふわっと風が頬を撫でるような感覚がして、目を開けた。こちらへと手を伸ばすハクと目があった。
ハクは慌てて、何かを取ると背中に隠した。ジェスチャーで、見せるように伝える。恐る恐るハクが白いバルーンを差し出した。大きさが30センチ程もあるではないか。
ハクに着いてくるように手招きした。ハクがとぼとぼと後ろを歩く。怒られると思っているのかもしれない。白スラリーの中に入れた。中には、相変わらず、いや、もっと酷い有様で項垂れる教帝聖下がいた。俺達が来たことにすら気づいていない。
(勝手にさわって、ごめんなさい)
ハクが勢いよく謝ってきた。
(いや、それはいいんだけどさ。それ、ハクが大きくしたのか)
(えっ! うっ、うん。手の中でコロコロ転がしてたら、だんだん大きくなったんだ)
安堵した様子で答えた。
改めてハクをよく見た。若干だが、色素の光り方が、教帝聖下のソレと違う気がした。もしかしたら、ハクはチタニア種とシリカ種の両方を持ち合わせているのかもしれない。
(教帝聖下! 可能性が見えてきましたよっ! )
教帝聖下に話しかける。しかしながら、虚ろな目のまま、全く聞こえていない。仕方ないので、ハクに揺さぶってもらった。首がガックンガックン動いた。
(あぁ。ソナタたちか、どうかしたのか)
(ハクがコレを作ったんです。ハクに手伝ってもらえば、作戦を遂行できるかもしれません)
(これを……、ソナタが……)
バルーンを見て、教帝聖下が絶句した。
やべー、やっちまったな。嬉しさの余り、教帝聖下のお気持ちを考えなかった。子供にあっさり作られたら、複雑だろうな……。
(うっ、うう。そうか、ハクが……)
教帝聖下が泣き出した。そうだよな、辛いよな。
(うわっ!? )
(ハクっ、でかしたぞ。ありがとう。本当に、ううっ、本当に、ありがとう。……よかった、これで、領民を救える)
教帝聖下は、ガバッと音が聞こえそうな勢いでハクを抱きしめ、噛み締めるように言った。領民への愛情がひしひしと伝わってくる。
俺は自分のことが嫌になった。
ちっちゃくて、ちゃっちいだけの自分が。
教帝聖下が息を吹き返した。できる男は立ち直りも早いのだ。俺達もそれに触発され、準備に勤しんだ。
まず、30センチ大のバルーンを1000個作り、皆に配った。領民の浮き輪用だ。
ハクが途中、休憩を挟みつつ数時間で作り上げた。最初こそ、少し苦戦していたが、コツを掴むと早かった。
(ハクは名前の通り、色素女神様に愛されているのだな)
ハクの手先に見とれながら、教帝聖下がしみじみと言った。
バルーンが行き渡ると、いよいよ作戦開始だ。ハクを中心に据え、領民を円形に並ばせる。
(僕に、できるかな)
ハクが不安げに言った。
(大丈夫。お前には私達、そして、色素女神様が着いている)
教帝聖下は後ろに立つと、ハクの手に重ねる様にしてバルーンを持った。
ハクがにっこりと微笑んだ。それを合図にバルーンが輝きだし、大きくなっていく。そして、2人を伴いながら、ゆっくり浮上し始めた。
呼応するように領民のバルーンも輝きだした。色素が共鳴しているようだ。ハクのバルーンに集う様に、浮上していった。
やがて、その輝きは人々の体まで包み込む。
とても幻想的で、暫く見入ってしまった。
俺達も着いて行かねば。ふと、我に帰ったとき、視界の端を黒い何かがかすめた。
視線を向けると、猛スピードで此方にやってくるでないか。
(タコだっ! )
思わず叫んだ。巨大な黒いタコがバルーン目掛けて、突進しているのだ。俺の声に、スネーク兄弟が顔を出した。
(スラリー、あのタコに体当たりして動きを止めるぞ! )
逃げようと向きを変えていた、スラリーが意を決したように、巨大ダコの方へ滑り出した。
スラリー、ゴメンよ。
スネーク兄弟を投げつけてやろうと準備していると、突然体を反転させ足を伸ばしてきた。
パーン!
ヤバイ!そう思った時には、既に遅かった。みごとにスラリーから叩き出される。
かすみ行く視界に最期映し出されたのは、赤蛇と赤龍が巨大ダコに挑んでいく姿だった。




