教帝聖下の苦悩③ (★教帝聖下視点)
海底にたどり着いてから、どれ程の時間が経過したかわからない。
私を含めた13人の枢機卿が順に、1時間ずつ秒をかぞえていたが、それももう、何巡目なのか分からなくなっていた。
辺りは濃い碧で染められている。
この世に太陽など存在しないのでないかと、疑いたくなるほど青が濃く、水温は冷たかった。
領民は自ずと身を寄せあっている。
秒数えが一巡するこどに、私が感知出来うる全ての領民へ色素を分け与える。命を繋げる最低限の量を考慮し行うのだが、これが中々困難を極めた。個々により、必要な分量が変わってくるからだ。初めこそ、全領民にと思っていたが、早々に考えを改め、目の前の1000人に集中するとにした。
枢機卿に命じ領民を、健康な若者、子供と老人の2グループ分けさせた。グループごとに分量を変え、色素を分け与える。数回繰り返すうちに、子供と老人が目に見えて弱ってきた。慣れぬ環境によるストレスの影響もあるだろう。結局、前者の量を絞り、後者には8時間おきに分け与えながら、様子をみることにした。
(教帝聖下、これをお食べください)
声がした方を振り向くと、若者が海藻を差し出していた。漁を生業とする彼はミョージンといった。近くを散策し、集めてきたようだ。
(私は大丈夫だ。お前達が食べなさい)
(そのような、顔色で大丈夫だとおっしゃられても…。このままだと、真っ先に教帝聖下がお倒れになります)
ミョージンが悲痛な面持ちで言った。。
どうやら、私は自分で思っている以上に酷い顔をしているようだ。
(では、お言葉に甘えて頂くとしよう)
好意を素直に受けとことにした。表情が少し和らぐ。
(美味しいな)
口の中に広がる旨みに、思わず呟いた。
(でしょう。味噌汁なんかに入れると、もっと美味しんですがね)
ミョウジンが破顔した。
(領民のために、たくさん集めてやってくれ。領民さえ生きていれば、私の代わりは誰でもできる)
(何をおっしゃいます。貴方様は我々の希望の光なのです)
(嬉しいことを言ってくれるな。私もまだまだ、頑張るとしよう。また、美味しい海藻を届けてくれ)
私の返答に、ミョージンが元気よく返事した。
果たして、私は領民の行く末を明るく照らせる光になれるだろうか。十数メートル先すら呑み込む濃い碧を見つめながら、考えるのだった。
私は微睡んでいた。寝ているのか、起きているのかすらも、もう、分からなかった。ずっと与え続けた色素が、ついに底を尽いたようだ。
救援まで持ちこたえることができなかった。
あの時、首席枢機卿の治癒に色素を回さなければ、あと1日ぐらいは粘れただろうか。
私が与えた最期の色素で、領民はどれほど生きながらえるだろうか。
色素女神様、私が下したあれやこれやの選択は間違っていたのでしょうか。どうか、私の大切な領民を救ってやってください。
薄れゆく意識の中で、様々な想いが駆け巡った。
ポチャン!
耳の奥で水が跳ねる音がした。
体がじんわりと温まるのを感じる。
女神様がお迎えに、来てくださったのだろうか。
視界がぼんやりと明るくなった。
ここはどこだ。
私の疑問に答えるように、次第に焦点が結ばれていった。
シアニン戦士やマゼンタ兵が瓦礫を撤去している。
あっという間に、家々が建てられていった。家族との別れを悼む領民も、徐々に活気を取り戻していく。
視線の先には、破壊される前の、いや、それ以上に美しく装飾されたチタニア神殿が建っていた。
意識が覚醒していく。
体の内側から色素で満たされるのを感じた。
(何ということをするんですっ!! )
聞き覚えのある叫び声に、私は目をあけた。
(う、ううっ、教帝聖下……)
私を取り囲む枢機卿団は、みな一様に俯き泣いている。その後ろでは、領民も泣いているようだ。
(何を泣いているのだ。まだ、私は死んでないぞ)
私は上半身を起こすと、枢機卿団と領民が目を見開いた。
(わっ、私は、夢でも見ているのでしょうか)
パイロファン枢機卿が、真っ赤に充血した目を擦りながら言った。私は、彼の頬を抓ってやった。
(いっ、いたい……。ゲイキー次席枢機卿! とても痛いです! )
(本当か。私にも抓らせろ)
ゲイキー次席枢機卿が、また、パイロファン枢機卿を抓る
(いたい。何度やっても、痛いです! )
満面の笑みで答えたあと、笑顔そのままに泣き崩れた。なんとも、忙しい奴である。
(教帝聖下がお目覚めになったぞ! )
(やった、やったぁ! 教帝聖下のお目覚めだ! )
喜びが領民に波及していく。
ずっと暗いことばかり続いてた。私自身が明るい知らせをもたらせたことを、素直に喜んだ。




