教帝聖下の苦悩① (★教帝聖下視点)
私は色素女神教団教帝サンカチタン5世である。
自治領土であるチタニア教帝領の統治と、色素女神様のご意向を各国に伝え、ピグミア大陸の均衡を計ることが主な役割だ。
帝位について10数年、私は枢機卿団と連携しこれら2つを実行するべく尽力してきた。
それは、常に後悔との闘いだった。何が正しく最善なのかを見極めなければならない。当然、全てを取る事などできず、取捨選択が迫られる。私の決定は、自ずと1つの結果を導いた。その時、最善だと思われた結果を。
それを記録し後世へと伝える。これも教帝に課された重要な仕事の1つだった。
この記録が次代の教帝聖下の教科書となるのだ。私自身、歴代の教帝聖下が残した記録に学び、多いに助けられた。
その作業は、己の未熟さをまざまざと感じさせた。多くの場合、判断は即決を要される。後々、じっくり時間を掛けて考えると、改善点が見えてくるのだ。できることも、できないことも。
この葛藤は上に立つものの運命なのだろう。絶対の自信がある統治者ならば、こんなことでは悩まぬのかもしれない。残念ながら、私はそうなれなかった。
教帝に任命された当時、私も自信に漲っていた。人より色素の扱いに長け、色素女神様のご寵愛を受けているのだと信じていた。
しかしながら、歴代教帝聖下の有志にふれ、己の采配により導かれた結果を目の当たりにし、それが奢りであることに気付いたのだ。
歴代の教帝聖下の中には、強大な力を持たれた方も存在したらしい。
はるか昔、ピグミア大陸が漆黒で覆われた。
色素女神様のお告げを受けた、時の教帝聖下が各国の王と協力し、聖なる光によりピグミア大陸をお救いになったのだそうだ。
残念ながら、記録には残っておらず、細部はわからないが。
私に同様の対処ができるでかろうか。
各国の王を繋ぎ、色素により世界を安定に導くことが。
最近、ニガレオス帝国の動きが活発になっているという情報がもたらされる度に、その事を考える。
黒と白の因縁依頼続いているという我らの争いを世界の均衡により避けてこられた、歴代教帝聖下のご尽力を私の代で無に返す訳にはいかぬのだ。
その日もその思いを胸に、午前のお祈りに没頭した。
「最近、お祈りの時間が長くなっておられますね。」
礼拝堂を後にした私に、イルメナイト首席枢機卿が声掛けてきた。
「色素女神様にご相談したくて、長くなってしまうのだ。残念ながら、ご返答は頂けないがね。」
「ニガレオス帝国のことですか。」
「うむ。噂では、軍備を増強しているらしい。それだけにとどまらず、各国を挑発しているようだ。マゼンタ王国ピロロピロール第一皇女の魂晶の儀に、水を差したという。事が大きくなる前に、何か手を打たねばならんだろう」
「難しい判断に迫られそうですね」
イルメナイト首席枢機卿が険しい顔をしながら言った。
「まぁ、腹が減っては戦は出来ぬ。昼食を食べて、じっくり考えるとしよう」
私は首席枢機卿を伴って、食堂へと向かった。
「教帝聖下、枢機卿団が礼拝堂でお待ちです」
午後、執務室で書類に目を通していると、神官が飛び込んできた。激しい雨が降ってきて、空の様子がおかしいという。
窓を見ると、大粒の雨粒が絶え間なく叩降り注ぎ、視界が遮られていた。ボヤけて見える空は、どす黒い雨雲が垂れ込め渦を巻き始めている。
明らかに、ただの雨雲ではなかった。禍々しく敵意剥き出しの色素が練り込まれている。
事ここに至るまで気付かなかった自らに苛立つ。結界石に色素を集中した。
驚くべきことに、5箇所全てが破壊されていた。
結界石は日に三度、その動作確認を行う決まりになっている。
礼拝堂でのお祈りを終わってすぐ、正常であることを確認したばかりだった。
この短時間で5箇所を同時に攻撃し、破壊するなど前代未聞である。
とにかく、礼拝堂へ急ぐことにした。
礼拝堂には、13人の枢機卿が集まっていた。
雨風共に刻々と強くなっていることが伝えられる。可能な限り、領民を神殿に避難させるように指示した。
数時間の内に神殿は人で溢れかえった。とはいっても、集まったのは3万人の領民の内たった1000人弱だった。混乱だけはさけるべく、並べて座らせた。
ゴゴゴゴ、ズッドーーンッ!
突然轟音が鳴り響いた。
雨風を巻き込むトルネードが、天井を突き破り私の方へと向かってきた。
咄嗟のことに、対応が遅れる。
なんとか、右手をかざし色素を集中させることで相殺を試みた。
普段の私であったら諦めたかもしれない。しかしながら、私の右手に1000人の命がかかっているのだ。火事場の馬鹿力である。
光触媒効果により黒い色素を浄化しつつ、聖なる結界でトルネードの威力を削ぐのだ。私が必死に応戦していると、枢機卿団が加勢に加わった。彼らの色素が私に注がれる。
数分の攻防の後、なんとかその一撃は防げた。
領民が不安そんなに表情で私を見つめている。
雨風は一向に弱まる気配を見せなかった。天井に空いた穴からは、バケツをひっくり返したような大雨が振り込む。
ふと、嵐が過ぎ去ったあとの教帝領の様子が脳裏に過ぎった。家々は流され瓦礫の山と化している。これが、色素女神様からのお告げであろうか。
余りにも、遅すぎるお告げに私は絶望した。
相変わらず、黒々とした雨雲が垂れ込め、また、渦を巻こうとしている。見る見るうちに足元に水が溜まった。
私の全色素を用いても、この嵐は鎮められないだろう。
私は、目の前の1000名の命を守ることに徹した。
枢機卿らに領民を囲んで立つよう指示し、聖なる結界を発動させる。と同時に、神殿内に濁流が流れ込んできた。
私達は、一隻の船のように荒波に飲み込まれた。最期の力を振り絞り、各国にご宣託を発する
黒い嵐、チタニア崩壊
1000名の命を守り抜き、可能な限り全領民に色素を送り続けるのだ。
他国からの救援で、1人でも多くの領民を救えるように。
自らの不甲斐なさに心が折れてしまわぬよう、私は顔を上げて濁流を見据えた。




