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チタニア教帝領

 俺は今、馬車に揺られている。

 先程、ピグマリア教団チタニア教帝領に入ったらしい。博士の話では、あと半日もしたら、教団総本部チタニア神殿に到着するという。日暮れ前には到着できそうだ。


 隣にピロロが、向かいにラヴォア博士が座っている。俺の斜め前、つまり、ピロロの向かいに樽が置かれ、スラリーがぷかぷかと浮かんでいた。


 馬車からは、並走する騎馬兵見えた。ピロロが選んだ尖鋭100騎が、前衛、護衛、後衛にわけれて進んでいる。

 俺達の後ろには、アナターゼ総主教の馬車と、マスター率いる補給部隊の馬車が続く。


 マゼンタ王国を出発して四日が経っていた。

 最初こそ旅行気分で楽しんでいたものの、野営続きで疲労がたまり、皆どんよりとしていた。


 それに加えて、まざまざと痛感させられる現実の厳しさに、より一層空気が重くなる。


 チタニア教帝領に入ってからというもの、嫌でも災害の痕跡が目に飛び込んでくるのだ。

 地面はぬかるみ、草木はなぎ倒されている。


 車輪が捕われ動けなくなったり、倒木のせいで足止めを食らい、迂回を余儀なくされることが頻発しだした。


 結局、当初の予定より大幅に遅れていた。

 既に日は落ち辺りが薄暗い。


 ぞわ、ぞわ、ぞわっ。


 突然、激しい悪寒に襲われた。

 それとともに、微かなチタニア種の色素(ピグメント)が感じられる。


 スラリーを見ると、樽の奥底で身を縮めていた。


「止めろっ! 」


 ピロロはそう叫ぶと、馬車から飛び出した。

 俺もその後に続く。


 アォ、ワォ、ワォーーーン!


 遠吠えが聞こえた。

 急がねば、不味そうだ。

 微かな色素(ピグメント)を頼りに、歩みを加速させる。


 獣の鳴き声と息遣いが聞こえてくる。

 次第に、それは大きくなり、草木の間から黒い狼のシルエットが見えてきた。


 1本の木を取り囲むように、十数頭が群がっている。みな一様に上を見ながら、吠えていた。


 その視線の先には、小学校高学年くらいの男の子がいた。細くなった幹と枝の間に、身を縮めてしゃがみ込んでいる。


 何度目かの挑戦の後、一頭の狼が幹を駆け上がることに成功した。


 ピロロが音もなく、飛び上がる。


 剥き出しの牙が、少年の足へと襲いかかった。

 絶望に耐えかねた男の子が、目をぎゅっと瞑った。


 ドスッ、ドスッ、ドスドスドス…


 ピロロが放った髪飾りが、雨のように狼達に降り注ぐ。


 ギャン、ギュン!


 ドサッ、バタッ


 幹を駆け上がっていた一頭の脳天に突き刺さった。地面にいた数頭にも命中したようだ。


 不意打ちの攻撃だったにもかかわらず、大半の狼が回避していた。

 牙を見せながら、此方に向かってくる。

 俺を見つけるなり、奴らの目が輝いた。

 小型の狐は、格好の餌食だった。


 慌てて、異次元ポケット漁る。


「俺のマブダチ、出て行け、スネーク兄弟! 」


「ヒャッホー! 」


「嫌っす!狼なんて怖いっすー」


 殺気にウズウズしていたドン兄と、怖気付いたゴン弟コンビを、狼目掛けて投げ付ける。


 眼前に深紅の巨大な大蛇と龍が出現した。

 周辺の木々が尽く、へし折られている。


 何処からともなく現れた、明らかに格上の敵を前に、固まる狼たち。


「テメェら、ヤんのか、ぁあ! 」


キャン(すんません)


 ドン兄の一睨みに、狼達は尻尾をまいて逃げ出した。


「ドン兄、カッコイイっす! 」


 その後ろ姿を見送りつつ、羨望の眼差しを向けるゴン弟。

 俺はなんとか、ひみつ道具で敵を撃退できたようだ。


 ピロロが男の子をだき抱えて、こちらへ歩いてきた。地面におりると、蹲って泣き出す。


「ひっく、ひっく、おどうさんが、ひっく、ひっく、おどうさんがぁ」


 ピロロがその小さな背中を、後から優しく抱きしめていた。

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