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姫降臨

「大きな荷物だね、何だい? それは? 」


「内緒、内緒。あとで、店に来てくれよ」


「勿体ぶっちゃって。相変わらず商売上手だねぇ」


「飛びっきりの上玉だから、後悔はさせないぜ、ガハハハハ! 」


大きな揺れと野太い声に、叩き起された。視界は麻袋で覆われている。取り払おうと試みて、手足が4本まとめて一括りにされていることに気付いた。


肩の上に載せられているのだろうか。俺の背中からお腹にかけて、太い腕が回されている。


なぜ、こうなった? 記憶をたどる。確か、罠に引っかかってジタバタしてたら、スライムが助けてくれたんだ。

ヤツらが湖に帰るのを見送ったあと、少し休もうと腰をおろしたんだっけ。


なにしろ、長時間紐に括られ宙ずりにされたせいで、足は痺れ、頭痛と胸焼けがひどかった。


そして、今に至る。


折角助けてもらったのに、安全確保すらせずダウンするとは。スライムくん、ごめん…。

所詮、平和ボケ民族ですよ! なんていったって、ついこの間まで飲んだくれて路上で寝てしまう輩ですよ!いきなり野生動物になったって、根本はかわりませんって!! と、内心叫んだ。


体を捩ってみるが、威圧感ある太い腕っ節はビクともしない。あきらめて隙を伺うことにした。


手荒く麻袋から引っ張り出された。目に飛び込んできたのは、ケージに入れられ、怯えている家畜達(どうほう)である。壁には大小様々の包丁がかけられている。


隣の部屋は扉がついておらず、ずらりと並べられた肉が見えた。ショーケース越しに売りさばく店員の姿は、生き生きと楽しそうで、生気を失った商品(おれたち)とは対照的だった。


先程の声の主が俺に近づいてきた。他の店員からマスターと呼ばれているその男は、逞しい体つきの壮年男性である。全身を包んだ調理服には、生々しく血痕が残っていた。


頭をフル回転させる。出入口は閉まっており、店舗のショーケースは飛び越えられる高さではない。ここで逃げ回っても、肉塊にされるのは時間の問題だ。

俺に残された選択肢はひとつしかない。

この男に、生かしといた方が利用価値があると思わせるのだ。


手足の紐がほどかれると即、行動に移した。

まず、お座り。からの~~、お手。


マスターは俺の手を握ると、目を見開いた。


「お前賢いな。今から、採血するからこのまま、じっとしといてくれるか」


俺は、こくりと頷いた。マスターの目が点になる。


「ガハハハハ。お前、言葉がわかるのか。捕まえた時から上玉だとは思っていたが、上の上玉だな」


豪快に笑い、そして、訳の分からなこと宣った。


とりあえず、作戦は成功したようだ。これで、物言わぬ肉塊にされることはないだろう。ペットの躾文化は異世界共通であるらしい。やはり、神は俺を見放さなかった。


部屋の隅には俺用の座布団が用意され、至れり尽くせりのサービスをうけた。

数時間で弛れきった俺の態度をみて、マスターの豪快な笑い声が、また、響きわたった。


「頼もう」


凛と澄んだ声が、マスターの笑い声を抑えて店内に響き渡る。

さすが、商売人である。一瞬で真顔に戻り卒無く対応する。


「これはこれは、ピロロ姫様。ちょうど良いところへお越しくださいました」


「所用で近くまで来たのでな。寄ってみたら何やら楽しそうな笑い声がするではないか。私も混ぜてもらおと顔をだしたのだ」


そっと様子を伺うと、これぞクイーンという女性がたってた。


緩くウェーブがかかった燃えるように紅いセミロングの髪、凛とつり上がった目、すらっと通った鼻筋、シャープに洗練された顎、抜群のプロポーション。

あまりにも美しすぎて、アニメやライトノベルの世界から降臨してきたかのようだった。

動きやすくまとめられた、紅い軍服がその美をより一層際だたせる。


ぼーっと見とれている、いつの間にやら隣に現れたマスターに首根っこをつかまれ、姫の前に差し出された。


「珍しいピロロピロール種です。知性も高いので、姫様のお傍におけば必ずや、役に立つと思います」


ピロロピロール種? なんでこのおっさんは、マイナーな化学用語を知ってるんだ?


俺の混乱を他所に、1人の若い衛兵が前へと進み出る。

剣を俺にむけ、吐き捨てるように言った。


「貴様、姫様がモンスターをお求めでないことは知っておろう。だいたい、そのような卑しい獣など姫様と不釣り合いだ、即刻引下げよ」


マスターは冷静に対応し、俺を引っ込めた。


「大変失礼しました。だだいま、最上級のお品をお持ちいたします」


非を認め一切の申し開きをしない。さすが、プロだ。


「まて」


場の空気が一瞬で凍りつく。ピロロ姫が、前に立つ衛兵をギロりと睨んだ。

「お主、仮にも私の衛兵であろう。

風貌で判断するとは、どういうことか。我が国一目が利くマスター(ヤザワ)が、私の為に見繕ったのだ。お前は魔獣(モンスター)のみならずこの男(ヤザワ)のことも、侮蔑したのだぞ」


若い衛兵は青ざめ、後ろに下がり跪いた。

「も、申し訳ございません」


どうも、マスターは唯の肉屋ではなかったようだ。そのことを知らなかったのは、俺と件の衛兵のみのようだが。


「部下の失態は私の失態。不快な思いをさせてすまなかった」


ピロロ姫がマスターに頭をさげる。


「姫様がそのように安々と頭をさげるものではございません。このヤザワ、マゼンタ王国第一皇女であらせられる姫様に、頭を下げさせたとあっては名が廃りまする。おやめください」


張り詰めた空気が緩やかにほぐれていく。


姫の名采配とマスターの適切な対応によりことなきをえた……はずだった。


ピロロ姫が俺の方を向いた。そして、あろうことか、頭を下げたのだ。

「お前にも謝ろう。すまなかった」


皆が慌て出す。


色素魔獣(ピグモン)に謝るなど、おやめください。なんと、噂されるか」


再び場が騒がしくなる。豪快な笑い声が混じっていた。


喧騒に紛れてピロロ姫は俺をだきしめた。


「お前かわいいな。今日からお前は私の守護魔獣だ。よろしくな」


姫は俺を抱えたまま、先程の衛兵に体をむけた。


「今回はヤザワとこのモンスターが許したため不問としよう。次はないと思え」


「ははーっ」


こうして俺がピロロ姫の守護魔獣となり、一件落着したのである。

このエピソードが『賢王の謝罪』として後の世まで語り継がれたのは、言うまでもない。

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