作戦準備
昼食には、素朴で優しい味わいのパンと野菜スープが提供された。
最近、ご馳走ばかり頂いているので、こちらの方が身分相応で、心が洗われる気がする。
俺達が食べ終わるのを確認すると、アナターゼ総主教が神殿へと案内してくれた。
回廊を通り、先程の解放扉へと向かう。
礼拝の際は、正面から入る決まりになのだそうだ。
総主教に習い、見様見真似で礼拝する。
まず、左右の神官に頭を下げる。
次に、女神様に向かい一礼する。
そろそろと音を立てずに、祭壇まで歩みよる。
水瓶の前で合唱しお祈りを捧げた後、再度一礼する。
「こちらが、例の聖水が溢れ出した水瓶です」
一通り礼拝を終えた俺たちに、アナターゼ総主教が言った。
本来は、神殿内での私語は厳禁らしい。
調査に関する内容のみという条件付きで、許可された。
ラヴォア博士が内部を覗き込む。
抱きかかえるようにして、俺にも中を見せてくれる。
白い砂のようなものが、底に沈んでいた。
「これは不味いですね」
ラヴォア博士はそう言うと、流れるような手つきで、懐から白い飴玉の様なものを取り出し、水瓶に落とした。
ポチャン!
「何ということをするんですっ!! 」
アナターゼ総主教が叫んだ。
直ぐにバツの悪そうな顔をして、慌てて口を抑えた。思わず、調査に関係ないことを発してしまい焦ったようだ。つくづく、真面目な男らしい。
ハッと我に返り、水瓶を覗き込む。
アナターゼ総主教が目を見開いた。
俺も博士に覗かせてもらう。
底に沈んでいた白い砂が、弱々しいながらも輝きを取り戻し、水瓶の中腹あたりを円を描きながらゆっくりと泳いでいた。
総主教はラヴォア博士をキッと睨むと、荒々しく腕を掴み、神殿の外へと連れ出した。
「神殿での勝手な行動は慎んでください。
何を入れたのですか。」
厳しい口調で言い募る。
「サピグメントです。色素と体力の回復機能を有する丸薬です。
これで教帝聖下は、多少回復されたでしょう」
博士が悪びれもせず言った。
「何故、一言ご相談して下さらなかったのです」
「相談したら、反対なさると思いましたので」
ラヴォア博士の返答に、アナターゼ総主教が唇を噛んだ。
「今回は、ご協力頂いていることを考慮して、目を瞑りましょう。次に、神殿内でご勝手なことを為さったら、永久追放に処します。しっかりと、心に留めておいて下さい」
すごい剣幕で捲し立てられ、半場追い出される形で神殿を後にした。
停めておいた馬車にのり込み、湖へと向かう。
「あんなに怒らせてよかったのですか? 」
「仕方ないだろう。あの堅物の総主教様が、聖なる水瓶にサピグメントを入れさせてくれる訳が無いのだから」
俺の問いに、博士が答えた。
バツが悪そうに口元を抑えた、アナターゼ総主教の顔が思い出される。
確かに、正面をきってお願いしたら、全力で阻止されただろう。
しかしながら、こんな関係で今後協力して貰えるのだろうか。
「どの道あの状態だったら、教帝聖下のお命は、救出作戦まで持たなかっただろう。
見えない女神様の天罰を畏れるより、見えている教帝聖下のお命をお守りする方が、余っ程理にかなっていると思わないかね」
「おっしゃる通りです」
俺の返答を待たずして、博士が背を向けた。
これ以上、この話題を続ける気は無いようだ。
こちらでやれる事はやった。
欲を言えば、サピグメントを定期的に水瓶に落としてほしい。
その方が、救出確率が格段に上がるだろう。
しかしながら、アナターゼ総主教の反応をみれば、それは無理だとわかる。
博士がカバンをガサゴソしだした。
「釣りだ、釣りだー♪ 」
と鼻歌を歌っている。
切り替えの早い事だ。
湖が見えてきた。
馬車がその畔に停車した。
博士から目的のものを受け取ると、俺は飛び降りた。
1ヶ月ぶりの、湖は緑が青々生い茂っていた。
湖畔で釣りの準備を始める。
城を出る前に、博士に釣竿とスライムを作って貰っていた。
釣り糸の先端にネットがつけられている。
それにスライムをいれ、湖に垂らした。
待つこと数分、じわじわじわーっと、釣り糸が引っ張られ、手元が重くなってきた。
ゆっくり、引き上げる。
湖面に近づくに連れ、赤透明のシルエットが見えてきた。
餌のスライムを包み込むように、ゼリー状物質が付着している。
重いので博士にも手伝ってもらい、水面からひきあげた。
デローンとした体躯に、クリっとした目。
相変わらず、そのスライムもどきは、あまりにスライムだった。
つぶらな瞳と目が合った。
「こんにちは」
一応、挨拶してみる。
当然、返事はない
じーーーーーーっと見つめられる。
やっぱり、覚えてないか。
少しだけ、寂しい。
ペチャ!
スライムが似つかわしくない速度で、俺の顔面にへばりついたのだ。
苦しぃ……くない。
ペシャ!ピシャ!ペチ!ピチャ!…
それを皮切りに、何処からともなくやってくる、無数のスライムの雨に襲われた。まるで、俺の感傷を嘲笑うかのようだった。
「なんということだっ!!
スライム種が多種族に愛情表現するなど、今まで聞いたことがないっ!! 」
茂みの中からラヴォア博士が、目を爛々と輝やかせながら叫んでいる。
「そんなこと、どうだっていいですから、早く助けてくださいよっ!! 」
俺の大絶叫が、辺りに虚しく響き渡った。




