次代の皇帝
コン、コン、コンッ
ドアがノックされ、ピロロが入ってくる。
「調子はどうだ?」
「あっ、ピロロっ!? もう、動いて平気なのか? 何処も痛くないか? 」
「……。
私が聞いている。それに、泣くな」
「ごめん。やっと話せたから心配で……」
慌てて涙を拭う。
「この通り、全く問題ない。色素女神様の御加護のお陰だろう。
で、お前はどうなのだ? 無茶しよって」
「昨日までは酷かったけど、もう、大丈夫だ。心配してくれて、嬉しい」
俺は微笑んでみせた。
ピロロの表情が緩む。
「……わ、私もだ」
「へ? 」
うつむき加減でボソリと呟くピロロに、思わず聞き返してしまった。
「私も、お前が心配してくれて嬉しいと言っているのだっ!! 」
何故か怒ったような口調で、ピロロはそう叫んだ。
感情をストレートに表現することが、気恥ずかしいようだ。
赤らんだ顔を隠すように、俺を抱きしめてくる。
「……うん」
少しの間そのままでいることにした。
「こっ、これは一体何なんっすかーーーー!? 」
隣の部屋から叫び声が聞こえてきた。
ハクの部屋だ。
俺達は勢いよく部屋を飛び出す。
「なっ!?」
ハクの元に駆けつけると、黒い砂塵が今正に、ハクを襲わんとしていた。
そのままハクの体へと入りこむ。
ハクが目を見開かれ、小さな体がブワリと浮き上がった。
「ハクっ!? 大丈夫か? 」
ピロロ支えられる形で、ゆっくりハクが崩れ落ちてきた。
「う、うん」
覗き込む俺にハクが微笑かえす。
若干顔色が悪いが、大丈夫なようだ。
「今、僕の中に入ってきた子が伝えてくれって。
『お前の事は嫌いだけど、ありがとう』だって」
「黒、か? 」
「うん。
僕に『お前は良いな。俺ももう少し早くピロルと出会っていたかった』って言ってた。
……えーーーーっ!? 何これっ!?」
鏡に映し出された己の姿を見て、ハクが叫んだ。
無理もない。髪が半分黒くなり、瞳も白と黒のヘテロピグミアになっていたのだから。
この瞬間、次代のニガレオス帝国皇帝は人知れず選出されたのだった。
◇◆◇
俺達は今、エロー学術都市に来ている。
ラヴォア新学術院長の就任祝いパーティにお呼ばれしたのだ。
俺が目覚めてから約1ヶ月後のことである。
広い講堂で就任式典が行われた後、立食形式のパーティが催された。
「あーーっ!! リョーくん!!
今日はリョーくんなんだねっ! 」
アミちゃんがグラス片手に、嬉しそうに駆け寄ってきた。
「きゃー、そっちのカッコイイお兄さんは? 」
俺の隣立つ、赤髪の強面イケメンを目敏く見つけ、熱い視線を送りつつ尋ねてきた。
「私の彼氏ですわ」
「「へっ? 」」
ヴァイオレッタ皇妃陛下のお言葉に、俺達二人は絶句してしまう。
先程までカッパー皇帝陛下と共に挨拶回りをされていたはずなのだが……。
「あのですね、皇妃陛下にはお立場というものがあるのですから」
「いいのです。皇帝陛下のご許可は既に頂いております」
皇妃陛下のお隣で、皇帝陛下は苦笑いされていた。
「では、『守護彼氏』と呼ぶことに致しましょう」
この時、守護魔獣の新しい呼び名が決定された。そして、彼女の布教活動により、それは国と時代を超えて定着していく。
「あの、もう、ご挨拶回りはされなくてもよろしいのですか? 」
「挨拶回り所ではありません。先程から、ドン様に歩み寄ろうというご令嬢の多いこと。
それに、お姉様から『エローのアミさんには、気をつけるように』と、言伝されております」
「なっ、なんですって!! 」
「俺はレッタ嬢一筋だ」
アミちゃんの言葉を制し、ドン様が宣言した。
それにしても、その名前の響きが、妙にしっくりくるご尊顔だった。
「きゃーーーーっ!! 」
悶絶するアミちゃんと、満足そうな皇妃陛下。相変わず、皇帝陛下は微笑んでいる。
そこに挨拶のお客人が現れ、俺とアミちゃんは、そっとその場をあとにした。
「何あれ? ちょー妬けるんだけどっ!!
大体、あれ本当にあの蛇なの? キャラまでイケメン化してるじゃん」
「確かに。慣れない人間姿に戸惑っているのかな? 」
「大体、皇帝陛下は何であれを許せるわけ?……ぶつぶつ……ぶつぶつ」
アミちゃんが不服そう1人ごち始めた。
「なんや、不機嫌そーやな」
何処からともなく関西弁? が聞こえてくる。
「ここや、ここや」
辺りを見回すと、アミちゃんポケットからだった。
「アミちゃん、誰これ? 」
相変わらずぶつぶつ呟いているアミちゃんに尋ねた。
「あーーっ! 紹介するのをすっかり忘れてた。黄さんだよ」
アミちゃんの掌に乗せられた、それは可愛らしい猫のぬいぐるみだった。
「猫やあらへんで。ワイは高潔な虎や」
俺の心を先読みしたように、黄さんがいう。
「あーーーーっ! いいこと思いついたっ!
黄さんが、リョーくん達と同じ人体化皮膚を着ればいいじゃない」
「なんでワイが人間なんかに変身せなあかんねん。そんなん、死んでもやや」
「えーーっ、あたしもカッコイイ『守護彼氏』がほしいのーーっ! せっかく名案をおもいついたのにーっ! 」
頬を膨らませるアミちゃん。
「お前、黄虎なのか!? 」
「そやで。その節は堪忍な」
黄虎から取り出された色素核は、このぬいぐるみに移植されたらしい。
なるほど。
だから、アミちゃんは虎のコスプレで闘っていたのか。
でも、なんでコイツ関西弁なんだろ。
そんな野暮な質問は心の奥底に、そっとしまっておくことにした。
「そー言えば、ピロロさんは? 」
「どっかで、誰かと話してたと思うけど」
俺がそう返すと、タイミングよく向こう側からピロロが歩いてきた。
「あーーっ、ピロロさーん! 丁度よかった」
「どうした? なにか、あったのか? 」
「うん。あのね、どーしてもお願いしたいことがあるんだけど……」
アミちゃんが、上目遣いでピロロを見つめる。
こんな事されたら、男は誰でもイチコロだ。
「ど、どうした? 」
「あのね、また、『てのひらぐらし』の最新版がクレーンゲームに実装されて……。
それを取ってほしいの」
「今度は何なのだ」
「全九色虹色手乗り狐」
おいっ!! あのメーカーは、また、勝手に便乗しやがったのか!!
というか、アミちゃんはもう、俺を頼らないようです。
「リョーくん、心配しないでっ! リョーくんの分も取ってもらうからっ! 」
何を思ったか、打ちひしがれている俺を励ますアミちゃんの言葉に、さらに打ちひしがれる俺であった。




