知らなかったけど、魔導学園のライバル美少年が婚約者だったらしい
「あー……」
「まあ、二位ね、エレナ」
隣にいる友人のビアンカが、容赦なく言った。
見ればわかるので、追い打ちをかけないでほしい。
月例の試験だけれど、ここ数ヶ月、一位は奪われたままだ。
いや、入学からトータルして数えると、一位を奪えた回数の方が少ないのだから、今回も奪えなかったと言うべきなのかもしれない。
「二位でも十分じゃなくて? 私なんて、今回五位だわ」
「わたしと、ビアンカじゃ元が違うから……わたしじゃ、二位でも足りないの」
男爵家の三女であるわたしと違って、ビアンカは伯爵家の令嬢で、貴族としては高位側に入る。
伯爵家の血筋なら、魔力の量もそこそこ高い。
平民と変わりないと言われる男爵家の娘とは、違うのだ。
この国は魔導王国。
魔力が高い血筋の者が、代々この国を支配してきた。
魔力の最も高い血筋は、もちろん王族である。
そこから分かれた、三つの公爵家がそれに次ぐ。
以下、侯爵、伯爵と下がっていき、男爵は平民とほとんど変わらない。
そもそもかつて優秀な平民だった者が、取り立てられて男爵の身分を得たということも多い。
我が家もそうだった。
魔導士の能力は魔力だけでは定まらない。
それゆえに、魔力の乏しい平民の中にも、技術と知能とそれ以外の素養によって『優秀な平民の魔導士』という者が現れることがある。
……それはいいとして。
問題は、その男爵家の子孫だ。
貴族に成り上がっても、それは初代の才能故なわけで、その子が同じ才能を持っているとは限らない。
なので、男爵は平民とほとんど変わらないということになる。
それでも本当に初代が優秀だと一代貴族ではなくなり、そうすると子孫に爵位が残るので、魔導王国の貴族としての勤めを果たさなくてはならなくなる。
貴族の子弟は魔導学園に通い、その才能を磨かねばならない……
「男爵家の娘なんて、魔力量はカスだものね」
残念ながら、わたしも例外ではなく、カスだ。
カスカスだ。
ただし、幸運なことにか不運なことにか、わたしは我が家の初代である曾祖父様の魔導の才能を引き継いだようだった。
魔力以外も、遺伝することがある。
わたしは隔世遺伝というやつのようだが、明らかに魔導の才能が曾祖父様にそっくりらしい。
それをはっきり幸運と言い切れないのは、わたしが女だからだ。
まるで才能がなかったのなら見込みのない者として平民に嫁入りという道があったのに、中途半端に才能があったために、親の手でちょっと上の身分の貴族の愛妾に売られそうだからだ……
優秀な魔導士か、優秀な魔導騎士を出すのが、貴族の家の誉れ。
そのために、いい才能の子と高い魔力の子を掛け合わせて、より優秀な子を産ませるということが行われる。
次の代には結果が出なくとも、わたしみたいに二代おいて出ることもあるわけで、未来の可能性に賭ける価値があるわけだ。
しかし身分が釣り合わない場合は、大体、愛人や愛妾として送り出されて、正妻にはなれない。
子どもを産ませることだけが目的なので、ただの日陰の身よりも待遇が悪い。
産んだら、子どもを取り上げてお払い箱なんてこともある。
もっと酷いと、子どもを取り上げた後、次の家に送り込まれて別の男の子どもを産まされるなんてこともあるらしい。
酷すぎないか。
才能があったからという理由で、あんまりな末路だと思う。
「もう、最終学年だもの。最終的に首席が取れないと、宮廷魔導士の任命は約束されないから」
そんな運命から逃げるには、親でも手の出せない立場になるしかない。
一つめの方法は、高位貴族の子弟と本当の恋仲になることだ。
それでも正妻になれることは少ない。
でも、なれることもあるらしい。
仮に正妻になれないとしても、真実情を交わした愛人なら、捨てられない可能性はぐんと上がる。
待遇も、子どもを産むだけの女よりもマシになることが多いらしい。
欠点は、正妻と寵愛を争うことになるところだろうか。
わたしは残念ながら顔と体が平均値で、悪くはないがほとんど印象に残らないレベルのため、この方法は難しい。
あと、愛人で割り切れるほど、まだ悟り切れてない……
二つめの方法は、結婚しなくても生きていける職に就くことだ。
ただの仕事ではなく、国の仕事であること。
親にも辞めさせられない、国からの任命であること。
魔導学園の最終学年首席は、王の任命によって宮廷魔導士の任命か魔導騎士団ヘの入団が決まっている。
二位以下でも入れるかもしれないが、約束はされていない。
なにより、二位以下は「王の任命」ではなくなるのだ。
だから、どうしても首席が取りたいのだけど……これの欠点は、自分より優秀な人間がいると思い通りにならないこと。
貼り出されている試験結果の一位は、三公爵家のうちの一つ、カンタレラ家のレナートだ。
魔力も王族に匹敵し、魔導の才能も突出し、容姿も絶世の美少年の呼び声高い、完璧な貴公子。
「もう、どうしてレナートと同じ学年に生まれちゃったのかしら」
「その文句は、親に言うしかないですわねぇ」
魔導学園に通うのは貴族の子弟と、幼い頃に特別な才能を認められた平民の奨学生だけだ。
お祖父様は奨学生だったらしいと聞いたが、奨学生レベルの才能を持つ子は、毎年はいない。
なので、同じ学年には多くても二十人程度になる。
少ない年は一桁だ。
わたしたちの学年には、十七人いる。
十七人中の一番だ。
飛びぬけた天才がいなければ、奨学生になれたというお祖父様譲りの才能に加えて、死ぬほど努力をすれば、低い魔力を補ってどうにかなると思って入学したのに……
わたしの学年には、レナートという天才がいたのだ。
高い魔力に才能があると、下から追いつくのは困難である。
「ねえ、エレナ。諦めて、覚悟したらどうかしら?」
「酷いこと言うのね、ビアンカ」
睨みつけると、ビアンカは隣で肩を竦めた。
「別に売られていけって言ってるのではないわ。でも、レナートを超えるのは難しいと認めるべきよね。なら学園にいるうちに、伯爵家以上の男を誑し込むのが現実的ではないかしら?」
ビアンカの意見は現実的で、ぐうの音も出ない。
わたしが肩を落とさなくちゃならないようだ。
「だって、もう売られる先も決まってるんでしょう? どこの家でしたの?」
「……釣書は届いたけど、見てないから知らないわ」
父親は、もうわたしを売る家を決めたらしい。
先に、ずいぶんいい家から申し込みがあったと興奮気味の手紙が届いて、後から相手の釣書とポートレートらしい包みが届いた。
先に届いた手紙は興奮しすぎてか、相手の名前が書いてなかった。
もしかしたら、わたしが何かするのではと警戒して相手の名を伏せたのではと最初は疑ったけれど、後から釣書が来たので、本当に興奮していただけだったと思われる。
「もうね、前から言ってるけど、駄目だったら逃げるわよ。わたしが急に行方不明になっても、探さないでね。わたしに、愛人としてでも大事にしてくれる人を誑し込むなんて無理だから。顔か体か、どっちかでも平均以上だったら考えたけど」
どっちも平均だ。
悪くはないが、良くもない。
「結局、子どもを産ませるためだけの女になるのがオチよ」
「そう? まるで顔も知らない相手より、学園で縁のあった男のほうがマシではなくて? 少なくとも気心は知れているし、貴女が本当に優秀なことがわかっているわ。価値がわかっているというのは、大切だと思うわよ? だって、レナートの成績を抜くことはできなくとも、追い詰めることまではできるんですもの。ほら、今回だって僅差だわ」
貼り出された成績表を見上げる。
本当に僅差だった。
実技は魔力というどうにもならない差があるため限界があるが、座学は対等な条件だ。
試験では、座学と実技が必ず両方行われる。
座学によって、実技のマイナスを補うことは不可能ではない。
もう少し頑張ったら、一位が取れたかもしれないと思うと、なおのこと悔やまれる。
「次こそは……」
「次は、無理だよ」
声も綺麗なのがムカつく。
そう思いながら、振り返るとレナートが立っていた。
「今回は、ちょっと試験と関係ない魔法陣を作っていて、そっちに時間を取られていたんだ」
男とは思えないような綺麗な顔に、淡い金の髪。
瞳は淡いグリーン。
本人は体つきが華奢なことを気にしているらしいけれど、その顔の下にムキムキの体がついていたら嘆く男女が続出するだろうから、華奢なのも天の配剤なんだろう。
もしこの顔が自分にあったら……と、思った日もあった。
悪女になって、男を手玉に取って、割り切って生きていくこともできたかもしれない。
子どもを産ませるだけが目的の虐げられる愛妾より、自発的悪女のほうが自尊心的には遥かにマシだと思う。
「試験前に、魔法陣? 余裕ね……」
「うん。でも、もう完成したから。次回は普通に試験を受けるつもりだから、負けることはないよ」
憎たらしい。
でもそれは、きっと真実だとわかっている。
レナートは謙遜したり、嘘を吐いたりしないだけだ。
ふう、とため息を吐いたら、レナートは首を傾げた。
「なにも言い返さないんだね」
「もう子どもじゃないのよ。真実は真実だと受け入れないと、先に進めないわ」
「僕に勝てないことを受け入れるの?」
そう思ってくれて、舐めて手を抜いてくれると嬉しいと思ってるわよ。
でも、そんなことは言わない。
「こだわり過ぎたら、取返しがつかなくなるもの」
レナートがどこから聞いていたのかはわからないが、全部理解できなくても問題はない。
男爵家の娘が中途半端に出来がいいとどうなるかは、レナートだって知っている。
そしてわたしがそれを回避すべく、必死にガリ勉してきたことも知っているはずだ。
更には、目的としたものが無理なら別の道を選ぶことになるのは、当たり前のことだ。
ビアンカには言っているけれど、本当に駄目なら逃亡も視野に入れている。
わたしはこの魔導学園で、学年二位の成績は取れるのだ。
わたしが逃げたところで、別に国から追手がかかるわけではない。
家からは追ってくるかもしれないが、そんなにお金がないので追い続けることはできないはずだ。
最初を振り切れば、その後は平民の野良魔導士として生きていくことができるだろう。
「エレナ、君、婚約者のことはどうなの?」
「婚約者?」
横まで来たレナートの言葉を怪訝に思いながら、その顔を見た。
無表情で、考えが読み取れない。
本当にどこから聞いていたんだろうか。
婚約者がいるなんて話はしていなかった。
婚約者は、結婚する予定のある人間しか持つことができないものだ。
釣書は、愛妾として売られていく先の男のものだし。
「そんなものいないわよ」
「いないんだ」
レナートが不思議そうにしているのが、不思議だ。
当たり前じゃないのと言いたくなるのを我慢する。
「ふうん……ねえ、エレナ。頼みがあるんだけど。試験中に作ってた魔法陣の試験作動を手伝ってくれない?」
「わたしが?」
「そう」
自分で起動できないような魔法陣を作ったのか……
魔法陣は『考える』『描く』『魔力を満たす』『起動させる』の四要素を必要とする。
魔法陣はもうできていると言っていたのだから『考える』と『描く』は終わっている。
レナートに『魔力を満たす』ことができないとは思えない……以前に、わたしは『魔力を満たす』のには役に立たない。
なので、わたしが手伝えることがあるとしたら『起動させる』の部分しかない。
「僕じゃ起動できないんだよね」
予想通りの台詞が続いた。
「レナートに、起動できないの?」
しかし、それは少々信じがたいことでもあった。
レナートは天才なのだ。
大規模だったり複雑だったりする魔法陣は起動に技術が必要で、その才能なしには失敗する可能性が高いものだけれど、天才レナートに起動できない魔法陣とはどういうものなのか。
「特殊な設定を入れたから」
どんな設定を入れたら、そんなことになるのか。
そして、それがわたしに起動できるのか。
「……いいわ」
断れば、自信がないからだと思われる気がする。
なけなしのプライドが、それを許さない気がした。
「手伝ってあげる。魔法陣、どこに描いたの?」
「僕の部屋」
「寮の私室で描いたの?」
「うん。部屋まで来て」
女子の部屋に男子が行くのは禁止されているが、逆は許されている。
親子ほども歳の離れた上位貴族の男に愛妾として売られていく下位貴族の娘が何年かに一人くらいの頻度でいるという事情が、それを許すようになったのだろうと言われていた。
同じ愛妾でも同年代の男子を捕まえた方がマシだというビアンカと同じ理屈を、学園を運営する大人も持っているのかもしれない。
わたしとレナートでは、誰もそんなことになるとは思わないだろうけど。
仮にそう思われたところで、普通に嫁に行くことのないわたしには醜聞にはならない。
「わかったわ。今から行く?」
「君が良ければ」
レナートに頷いて、隣で静かにしていたビアンカのほうを向いた。
「ちょっと行ってくるわ」
「行ってらっしゃいませな。頑張っていらして」
ビアンカが生温い微笑みを浮かべているのが気に障ったけれど、文句を口にはしなかった。
◆ ◆ ◆
男子寮の最上階、一番いい部屋に足を踏み入れた。
今は全学年を通しても公爵家の子息はレナート一人だから、ここを一人で使っているんだと思う。
この広さがあれば、大規模魔法陣もいけるかな……と思って室内を見回すと、開け放されたままの扉から、少し奥の居間の床に描かれた魔法陣が見えた。
魔法陣は思ったより大きくない……と思う。
それと同時に、寮の部屋に居間があるのか……と思う。
手前の部屋は、もしかして従者とかが使う控えの間なのか。
そうすると、寝室は別?
何部屋あるの……
これはもしや、バスルームとかの水回りまであるのでは。
普通は、共同の浴場を使うんだけど。
部屋の格差に唖然とする。
わたしも個室ではあるけど、一部屋に全部が詰まっている。
「こっち来て」
レナートが魔法陣の手前にわたしを招く。
「いったいどんな魔法陣を描いたの?」
魔法陣の縁に立ち、身を乗り出して覗き込んだ。
レナートはわたしに見せても問題ないと思っているのだろうけれど、わたしは新しい魔法陣の技術を盗む気満々で来た。
試験そっちのけで描いたという新作だ。
何か新しいものがあるだろうと思う。
すぐにではなくとも、いつか役に立つ日が来るかもしれない。
野良魔導士になったら、あとは知識だけで生きていくことになるんだし。
必要魔力が足らない可能性は大いにあるが、魔法陣なら時間をかけて貯めるという方法も取れる。
「まだ魔力を全部満たしてないの?」
「最低限の魔力は満たしてある。一部足らないのは、これから」
前のめりになっていたわたしの、背が、軽く押された。
「え」
一歩踏み出してしまって、魔法陣に乗ってしまう。
乗るだけでは、普通は起動はしないのだけれど……
魔法陣が光り、唸りを上げ始め、明らかに起動を始めている。
慌てて戻ろうとしたけれど、光が纏わりついて、動けなく……いや、中央に引っ張られる!
「レナート……!」
振り返ろうとしたところで、魔法陣全体が上に向かって光を放った。
十を数えるほどの時間で、光は収まった。
わたしは、気が付くと魔法陣の中央付近でへたり込んでいた。
体に力が入らない。
魔力は、強制的に全部持っていかれた気がする。
おそらく魔力が不足していたという一部に、充当されてしまったのだと思う。
いったいどんな魔法が起動したのか……と自分を見下ろして、悲鳴を上げた。
「レナート! なにこれ!?」
わたしの服が、全部消えていた。
素っ裸だ。
「生体には影響がないようにしたはず」
そこで首を傾げないで、怖いから。
「……頭髪は残す設定にしたはずだけど、全身の産毛はもしかしたら分解しちゃったかも」
「分解……」
一瞬茫然としたけれど、魔法陣の縁に立つレナートがどこを見ながら言っているのか気が付いて、慌てて手で隠した。
「分解って、どういう」
「生体以外のものを分解して、魔力に変換した」
「そんなことできるの!?」
「できた」
天才……という言葉が頭によぎる。
そんなことが可能なら、魔力が少ないという欠点は覆せるということだ。
でも、ムダ毛はいいけど、あんなところの毛まで分解しちゃうなんて。
……髪の毛は残っててよかった。
スキンヘッドにされてたら、大変だった。
「分解したものを魔力以外の力に変換しちゃうと、この国一つ吹き飛ばしそうだったから、魔力に変換するしかなかった」
「ちょっと、どういうことよ。分解するほうが目的だったの!?」
「うん」
どういうことよ……
「僕の力じゃ、君が抵抗できる状態だと、服をむりやり脱がすのは難しそうだったから」
「なに言ってんのよ」
レナートが魔法陣に踏み込んで、近づいてくる。
「なんなのよ。魔法陣を起動させるとか、嘘だったの?」
確かに起動はしたけれど、わたしが起動させたんじゃない。
「嘘じゃないよ。この魔法陣の起動条件に、君が範囲内に入ることが含まれてるから。君以外には起動できない。その前のところまでは僕が済ませてたけど、君が中に入ると、第一段階の起動が始まるようになってた」
「意味わかんないんだけど!?」
起動の条件付け自体は、トラップ系魔法陣によくあるやつだ。
でも、なんで私なの。
「最初の起動で分解が始まって、残りの魔力が満たされたら、次の魔法陣が発動するようになってた。エレナ、まだ変化はない?」
「ちょ、ちょっと……」
レナートの不穏な言葉に、ぞっとする。
この魔法陣は複数起動するもので、服とムダ毛の分解以外にもう一つ、わたしに効果が出るようになっていたらしい。
でも、体にムダ毛がなくなった以外の変化は……なんだか、体に力が入らない……?
「どう?」
「ひゃ……っ」
わたしの前で軽く屈んだレナートの指が頬に触れただけで、なにかが頭の天辺まで突き抜けるような感覚があった。
身を竦ませるわたしの前で、レナートが満足そうに微笑む。
「ちゃんと発動したみたいだね。今、君の中で猛烈な速度で媚薬が生成されてる。じきに男が欲しくて我慢できなくなる」
「なんですって……?」
「僕と繋がれば、生成は止まるよ。僕の子種を注いだら、君の媚薬は中和される。二日ほど経つと、生成が再開されるので、そうしたらまた僕に抱かれる必要がある……あ、他の男じゃ生成は止まらないからね」
「馬鹿な魔法かけないでよ! 解いて!」
「駄目」
わたしを見下ろすレナートが、今まで見たことのないくらい嬉しそうに微笑んでいた。
……なんだか、すごく怖くなる。
「ずっとそのままでいて。それなら逃げられないからね。うーん……孕んだら、別の方法で効果が止まるようにしてあげてもいいかな。ずっとしてると子どもが流れちゃうかもしれないし、それは母体にもよくないよね」
「……わたしに子どもを産ませようってわけなの?」
この流れは、レナートが愛妾としてわたしに子どもを産ませようとしているのだと思うしかないだろう。
「別に、僕は産まなくてもいいんだけど……でも、産まないと親戚がうるさいかな」
優秀な魔導士を代々輩出する公爵家ともなると、身分や容姿は二の次、才能重視なのか。
いやいや、容姿もいいところを嫁に貰ってきたから、レナートみたいな美形が生まれてきたのだろう。
わたしの才能は、身分の不釣り合いと、平凡な容姿のマイナス分を打ち消したのか……
嬉しいような、あんまり嬉しくないような。
レナートは、わたしがよそに売られていきそうだから、既成事実で先行するつもりだったってこと?
「ねえ、エレナ。僕はね、ちゃんと手順を踏んで、婚約を申し込んだんだよ」
「は?」
レナートが言い出したことが理解できなくて、ぽかんとしてしまった。
「ちゃんと、ラウリーニ男爵にはエレナを正妻にする婚約からでって伝えてもらったはずなんだけど、通じなかったのかな……君がビアンカに唆されて他の男を選んだり、逃走を選んだりすると困るから、慌ててこんな魔法陣を作らないといけなくなったんだ」
……もしや、あの釣書はレナートの……
いや、でも、もしもレナートとの婚約だったなら、お父様の手紙はあんな程度の興奮度で済まないだろうし。
でもでも、相手の名前も書き忘れるほど興奮はしていたし、婚約だっていうのももしや興奮しすぎて書き忘れた……?
……わからない。
レナートが婚約のつもりでも、おうちの人が本気にしなかった可能性もある。
「間に人が入って、伝言ゲームになったなら、やっぱり愛妾でって話に途中で化けちゃったんじゃない? 公爵様が認めなかったとかはないの?」
「うちは実力主義だから、両親には反対されなかったよ。でも間に人が入ってはいるから、そこで勘違いされた可能性は確かにあるね」
いずれにせよレナートが本当に正規の手段で申し込むのなら、正妻だろうが愛妾だろうが、うちがそれを断ることはできない。
同年代の他の男子の愛妾に収まるとかも、もう無理だ。
カンタレラ公爵家に盾突く家はないだろう。
逃亡という最終手段も、今、この状態では封じられたも同然だ。
体内で媚薬が生成され続けていたら、生成を止めて効果を中和するのにレナートとヤらないといけないんじゃ、逃亡なんてできるわけがない。
……たまらなく、ムズムズしてきた。
やばい。
「ねえ……ほんとに……魔法解いて……」
「辛くなってきた?」
くすりとレナートが笑った。
「大丈夫だよ、すぐに鎮めてあげる」
それはヤるってことだから……!
レナートが絶対嫌だとか、嫌いだとかいうつもりはないけれど、レナートとどうにかなるなんて考えたことがなかった。
「やだ……」
「諦めて。もう手遅れだから。僕に抱かれないと、生成された媚薬は中和されないもの」
「そんなピンポイントな条件で中和する媚薬を体内に作らせるとか、天才を無駄遣いしすぎなのよ……!」
「誉め言葉だと思っておくね」
「ばか……っ!」
軽く押されただけで、魔法陣の上に転がってしまった。
もう体に力が入らないのは、媚薬のせいなのか。
「ね、ねえ! 諦める前に、一つだけ聞かせてよ!」
「なに?」
「あなた、いつからわたしのこと好きだったの!?」
わたしの上に乗っかったレナートは、首を傾げた。
「随分昔から? 正確な日付は憶えてない。でも、自分を追い抜くために藻掻いてる子が隣にいたら、可愛いでしょ?」
いや、普通は可愛くないと思う……
それ、嗜虐趣味っぽいんだけど……
「や、や、やっぱりやだ――!」
「諦めて、ね」
よかったら、今後のやる気のためにブクマとか★とかよろしくです