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掌少短篇集

偽る者に後光は差さず

この作品は某企画に投稿したものです。テーマは「カツラ」で御座います。

 全面を硝子で覆われた議事室に十二人の導師達が集うのを感じると、大導師クリストフは静かに瞼を開け、厳かにこう言った。

「残念な、だが捨て置けない事があります」

 それから周囲を見渡し、

「この中に偽りの者が一人居ります」

 議事室全体に強い動揺を引き起こした。

「大導師よ、それは真の事ですか」

 導師の一人トマスがその輝かしい頭を滲み出す汗で光らせながら言ったのに対しクリストフが鷹揚に頷けば、ざわめきが増して、賛同と疑惑と否定の声が木霊した。

 特に熱心なのは導師サイモンで、隣に座る導師タデウスや導師マテオが辟易とした顔をし、対岸に居る導師イスカが少し冷めた視線を送っているにも関わらず、脂汗と共に口角泡を飛ばしている。対照的なのはクリストフの隣の座を占める導師ヨハンであり、大導師の小姓と噂される程に耽美な顔をうっそりとさせ、周囲の喧騒を見渡している。尤も、側頭部からこめかみに掛けて垂れる一筋の汗は、彼の胸中もまた決して穏やかでは無い事を示していよう。或いはそれは疑いの眼差しを受けては無く、放ってのものかもしれないが。

 しかし、それでも尚、答えは出て来ない。

 一体誰が偽りの者であるのかという議論はやがて沈黙を守る大導師への不審へと変わって行き、とうとう導師ジェイコブが立ち上がるとクリストフを見て、

「いい加減黙っておられるのは止めませんか大導師よ、誰がそうなのですかっ」

 その叫びに、議事室は水を打った様に静まり返った。皆が最初にそうであった様に、長者たるクリストフがどう答えるのか、固唾を呑んで見守っている。

 彼は暫くの間唇と瞼を閉ざしていたが、やがて瞳を開くと、

「私は期待していました。その者が自ずと名乗り出る事を」

 それから、しかし無駄だった、と溜息を漏らした後、片手を上げて、

「導師イスカ」

 僅かに振って見せれば、今まで平静を保っていた顔を驚愕に震わすイスカの頭から肌色をした何かがふわりと転がり、その下から無数の髪が、忌むべき悪魔の体毛の如き黒く太く艶めいた髪が零れ落ち、皆の前にその姿を露にした。

 皆が釘付けになった様にそれを見据える中、彼女は絶えざる汗を顔全体に浮かばせ、

「……どうしてお気づきになられたのですか大導師。遮断板を挟んでおいたのに」

 そう尋ねたイスカに、クリストフは酷く哀しげな顔を浮かべ、

「貴方だけが冷たく渇いていた。この日の光差し込む天上の建物が中にあって」

 手元に引き寄せた無毛の鬘の、人工樹脂の硬質な肌に触れ、溜息を漏らした。

「成る程……流石は大導師」

 イスカはその様子に心底恐れ入った風に言うと、周囲の顔触れに視線をやる。

 彼女を見詰める導師達の瞳には憐憫と侮蔑と、強い嫌悪が篭っていた。

 それはかつて彼等自身に注がれていたものと、同じ感情だった。かつて、髪を失う事が神を失うのと同義であった迫害の時代の、しかし科学の光明が、禿げる事こそ人間がただの動物を越えた事、超肉体的能力開花の兆しである事を啓蒙した、その瞬間までの。

 そんなかつてとは逆の立場で、偽りを白日の元に晒されたイスカは、それでも尚、消える事の無い尊敬と羨望とある種の嫉妬が篭った黒い眼をほんの数秒前まで友であった者達に向けた後で、畏れを受けた堅い笑みを口元に浮かべながら、

「大導師……ただ私は貴方達と共に在りたかっただけなのです。どうか、どうかお慈悲を」

 だが、それは聞き入られる事の無い願いだった。クリストフが首を横に振ると、合わせて他の導師達が立ち上がり、イスカを取り囲んで行く。

「大導師よ……」

 彼女はもう一度繰り返そうとしたが、それは最後まで紡がれ無かった。

 気が付くとイスカは無音の虚空の中に居て、彼女が認める下へと堕ちて行く。

 その先の末路を思い、観念の吐息を発したイスカは、最後に己が頭上を眺めた。

 そこには、天使の光輪を宿した者達が、神々しい眼差しで彼女を見下しているのだった。

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