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7.屍の上の王

 夜空に月が浮かぶ。

 青白く冷たい色だった。

 その静寂を破るかのように数十羽のカラスが騒がしく飛び行く。

 そこから下に見える霞がかった下界は街灯の光が小さく星屑の様に煌めいていた。


 「満月はまだ先か。」

 同じく青白い光が当たるヘキサゴール城王宮のバルコニーからその様子を見上げるのは骨製の仮面を付けた影法師のような不気味な男ー。

 ヘキサゴールの王宮魔導士・ユハーメド・アスラだった。

 「お見えになりました。」

 背後の黒鉄の扉から給仕のゴーレムが現れ、抑揚の無い声で客人の到着を伝える。

 ユハーメド・アスラは空を見上げたまま青い唇の端を上げ、薄ら笑いを浮かべる。


 天井の高い六角形の部屋で、王女リリーナと王宮魔導士ユハーメド・アスラは再会した。

 床はガラス張りで、黒いツタが絡まった巨大な紫水晶が見えた。

 側では給仕のゴーレム達が、髑髏と唐草の緻密なレリーフが刻まれたガラスのテーブルの上のグラスにワインを注ぐ。

 光源魔法用の燭台には青白い光の火が灯されていた。

 ユハーメド・アスラとリリーナはガラスのテーブルの側で互いに向き合う。

 席に着くまでの間、無表情でただ射るように見据えるだけのリリーナに対し、笑みを絶やさず穏やかに話しかけるユハーメド・アスラ。

 両者の間では意思の疎通ができているようには思えなかった。


 「お帰りなさいませ。リリーナ様。

 城下ではさぞかし不快な思いをなされたでしょう。」

 「ええとても。

 至る所であなたの悪行が目に付きましたので。」

 リリーナは毅然とした態度と落ち着いた口調で返す。

 「一方的な他国侵略とその多数の捕虜の強制収容。

 そして、奴隷『ゴーレム』の製造。」

 ユハーメド・アスラは軽く首を傾げる。

 「それは何かの誤解ですね。

 だって私は城の魔力を管理するだけが仕事の王宮魔導士に過ぎませんもの。

 そのように外交・内政共に直接命を下すことなんて王の命令で無い限りあり得ません。」

 「ではヘキサゴール王が命を下したのでしょうね。

 あなたに傀儡として操られて…。

 精神支配に関する魔術もあなたの得意分野でしたわよね?」

 ユハーメド・アスラは杯の赤紫色の葡萄酒を一口のみテーブルにそっと置いた。

 「城下の暮らしが元で少しお疲れのようですね?

 久しぶりですし、ヘキサゴール王ー、父君とゆっくりお話して来てはいかがでしょうか。」

 「話をそらすのはおやめなさい!」

 リリーナは少し声を荒げた。


 「国王ー。父だけではない、兄も、姉も、妹も!

 皆心を無くすまで恥辱と苦痛を与えられ、抜け殻の人間にさせられた…。

そう、あなたに!」

 リリーナは身を隠す前に見た、親族の変わり果てた姿を思い出した。

 魂を抜かれ、生きる屍として玉座に座る父・ヘキサゴール王。  

 拷問され、痛々しい姿で拘束された5人の兄弟、姉妹達。

 無論、王族擁護派の家臣は全て処された。

 「戦乱の絶えない自分の国から亡命し、行く宛ても無かったあなたの魔法の才を見出して父が匿ったと言うのに、その恩を忘れなぜこのようなことを?!」


 ユハーメド・アスラの仮面の奥の眼の光りが見えた。

 次の瞬間、リリーナの頬から首は黒く鋭い爪に掴まれていた。

 肩の後ろからユハーメド・アスラがぬらりと顔を出す。

 「こんな私が憎いですか?ならもっと強く憎んでください。

 それは私にとって大きな力になりますから。」

 狂気まみれの引きつった笑みがリリーナの顔前に迫る。

 リリーナはそれに抵抗するが、その度ユハーメド・アスラの爪が滑らかな肌に食い込んで血がにじむ。


 「国全体を覆う魔法障壁、ゴーレム・武器製造工場、水や食料などの資源製造工場、明かりなどのあらゆるライフラインの問題

を解決する魔法生活器具。

 それらを動かす膨大なエネルギーの源は何だと思います?」

 リリーナは城内だけでなく、町で見かける街灯や、器具に見られる紫の光を放つチューブを思い出した。

 「それは魂です。魂が全ての力になっているんです。」

 「まさか…!その生け贄としてわざわざ他国から数多の捕虜達を…。」

 「ええ。しかし、取り出して終わりではありませんよ。

 魂の大半と身体を切り離し、ゴーレムにして恐怖、憎しみ、痛みだけを感じさせて膨らませるのです。」

 「なぜ?」

 「感情を爆発させた魂は通常より何倍ものエネルギーが手に入ることが分かったからですよ。」

 「ゴーレムに死ぬまで酷い扱いを受けさせているのも、兄様、姉様が辱められていたのも、全部そうした魂を集めるためとでもいうのですか?!」

 「そう。全ては呪い…。『何かを呪う力』こそが力の全てです。」

 「あなたに彼らの痛みが想像できますか?!今すぐ全ての人を解放なさい!」

 「なぜ?外から集めた彼らのおかげで『我が国』の民は飢えず、他国に脅かされず、豊かで平穏な生活を送れるのですよ?

 民の幸せはリリーナ様の幸せでもあるでしょうに。」

 「このような犠牲の上に立つ平和など長く続くはずありません!いつか肥大し過ぎた憎しみが崩壊を招くでしょう。」

 「そうでしょうか?反乱分子を叩き潰して上手くやれば、案外長続きするものですよ。

 それに犠牲無くして成し遂げられるものなどこの世にありますか?

 大いなる結果を成し遂げるには、少なくてもそれ以上の絶対的な糧を積み上げるしかないのです。『努力』というやつですよ。」

 ユハーメド・アスラはガラス張りの床を指差す。

 黒く太いツタが絡まった巨大な紫水晶の中には幾多の小さな光が紫の帯を引きながらうねっていた。

 「まさかあれが身体から分離された彼らの魂?!」

 「ええ綺麗でしょう。そして優秀なエネルギー資源です。

 ここまで集めるのにずいぶん多くの障害がありました。

 でも、こうして国のエネルギーの安定化まで漕ぎ着けましたから苦労した甲斐がありましたよ。」


 リリーナは静電気のような魔法でユハーメド・アスラの手を払らい、立ち上がった。

 片目の目尻から涙が流れていた。

 「だとすれば、あの中には私の友人の仲間達の魂も閉じ込められています。他にも私が城下で見た使い捨てされた人達も。

 私はそんな親しい人と親しくなりえる人々を虐げて暮らす国なんて嫌です…!」

 リリーナはドアに向かって歩き始めた。

 「全く、あなたのお父上と同じで目先のことしか見えない人だ。王族である自覚がまるで足りてない。

 まさかあれを破壊して魂を解放するなんて言い出すんじゃないでしょうね?」

 ユハーメド・アスラは呆れたように立ち上がる。


ダンッ


 騒音の後、荒っぽくドアが開かれ、給仕係のゴーレムが倒れ込んで来る。

 「いいから治癒用の魂を出せ!役立たずが!」

 ボロボロの軍服に、手首と眼の周りから血を流すエルサハリアが部屋に入る。

 顔には隆起した鱗が残っている。


 「…こっ!これは王女リリーナ、マスター・ユハーメド・アスラ。

 今日はこちらにおいででしたか。てっきり大客間にいらっしゃるかと思いましたが?!」

 エルサハリアは二人に自分の失態を見られたことに動揺しているようだった。

 「…エルサハリアさん。城下に化け物が出て大騒ぎになったと報告があります。

あなたですか?」

 ユハーメド・アスラはエルサハリアの頬の鱗を指差しながら、ゆっくりと歩み寄る。口元は笑っていたが仮面の奥の眼は笑っていなかった。

 「そ、それは以前に城から脱走した例のゴーレムのことです…!私はそれの奇襲を受けて止むを得ず…。

 もちろん私は、人目に付かない場所に引き込んでから…。」

 エルサハリアは怯えながらも笑顔を取り繕い、言い訳する。 

 「そうですか。報告だと化け物2匹だったのですけどね。」

 ユハーメド・アスラの声色が低くなる。


 「エルサハリア、あなたのその姿…。まるで、『月影の魔族』ではないですか。

 これはどういうことです?!」

 リリーナは震えながらも言い放つ。

 「エルサハリアさん。あなたはとっても優秀な部下です。

 しかしどうも感情を抑える慎重さが足りませんでしたね。」

 ユハーメド・アスラの穏やかな物言いが恐怖を煽る。

 エルサハリアは後ずさりする。

 

 ユハーメド・アスラは無表情になり、手の骨格を禍々しく浮き立たせながらエルサハリアの首を片手で素早く掴んで釣り上げる。

 「マ、マスター!

 あなたはいつも怒り、憎しみの『呪い』は力だとおっしゃっていたではなですか!」

 「ええ。でも、『私の立場が危うくなるようなことはするな』、『よく考えろ』ともお伝えしていたはずですよ。」

 首に長い爪が食い込んだ。

「ちゃんとお話を聞いてる人だと思ったんですけどねえ。

 衛兵隊長の任を降りてもらいます。

 それから、魂の一部を削り取らせて貰います。」

 「そ、それだけは、お願いです!マスターやめてください!

 折角身分を手に入れたのに!昔のゴミと一緒の身分に戻りたくない!」

 ユハーメド・アスラはエルサハリア義手のあたりからヌメリのある紫の水泡のようなものを吸い出し、ずるずると引き抜いた。

 すると彼女は老婆のようにやせ細り、髪は白くなった。エルサハリアはショックのあまり床に崩れ落ちた。

 「また使える部下になったら戻って来てください。さようなら。」

 笑みを浮かべながら取り出した物体をローブの中に這わせていった。


 「あ…、あなたその魔法。やっぱり月影の悪魔』と契約を!?

 それならお父様達が簡単に押さえ込まれてしまったのも納得できますわ。」

 一部始終を唖然と見ていたリリーナが呟く。

 「ふう。ばれてしまいましたねえ。

 私だけではなく、城中の貴族がエルサハリアのように契約を交わしています。」

 いずれは王宮に普通の人間はいなくなるでしょうね。」


 リリーナはドアの付近に後ずさり、障壁魔法を出すため身構える。

 「怖いですか?安心してください。

 あなたは『前』へキサゴール王の最後のご子息、ご恩もありますし悪いようにはしません。」

 笑みを浮かべ、早歩きで近寄る。その顔はまた冷たい無表情に変わる。

 「あなたがこれ以上勝手なことをしなければ…。」

 強い追い風が吹き、ユハーメド・アスラのローブが大きく広がり、一瞬にしてリリーナを包む。

 防御のため障壁魔法に身を包んだリリーナ。

 包まれるまでの間、ローブの闇の中で鉛の様に光る二つの目と目が合い、その後の事は分からなくなった。


 ユハーメド・アスラは気を失ったリリーナを抱きかかえる。

 その仮面の下の表情は驚く程冷たかった。

 「さあ、『あれ』を持っているはず…。

 それが回収されれば、あなたの完敗です。我が主人ヘキサゴール王よ…。

 『奪わなくとも生きていける国』でずっと暮らしていたあなたが悪いんですよ。」

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