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3.奴隷

 やがて夜になり、橋の下の排水溝内はより一層暗くなった。

 頼れる光は壁の発光植物のヒカリヅタと天井の小さな穴から漏れる月明かりのみだった。

 

 リリーはソファーの上に横になり、ルーイはそこから逃げるようにその横の瓦礫の上で丸くなって寝ていた。

 リリーは眠らず、レンガの壁を見つめていた。

 ルーイは両腕で肩を抱きしめ眠っていた。


 ルーイは捕まった時のことを夢に見ていた。

 まだゴーレムでない、『普通の人間のルーイ』だった頃ー。




*




 故郷からの顔見知りとそうでない者達と格子戸付きの馬車を降り、継ぎはぎの皮膚の巨人のような見張りに囲まれながら、地下へ続くレンガのトンネルに入っていく。

 見張りは戦闘用のゴーレムだった。

 

 ルーイは一度後ろを振り返り、全ての贅を凝らしたと思われる豪華絢爛な庭でくつろぐ貴族達を遠くに見た。

 色とりどりの宝玉の様な魔法光に囲まれながら、金や銀や煌く宝石を身に付け彩色豊かな衣服に身を包んだ男女が酒を飲み交わし、タバコを吸い、食料を貪っている。

 その間であちこちで用をこなす貧相な人々。

 料理を運び、下げ膳するもの。椅子になる者。体をまさぐられる者。音楽を奏でる者。裸で踊らされる者。

 彼らは皆、顔全体を覆う黒いズタ袋を被り、紫の石が留まった金属の首輪をしていた。

 皆それぞれの用途にあった体を持つ奴隷であり、小型のゴーレムだった。


 ルーイと他に連れて来られた者たちはトンネルを奥へ奥へ進む。

 暗く、カビ臭い、鬱蒼とした雰囲気の地下に降りて行くと炉のある部屋に着く。城の表とは正反対の陰湿な雰囲気だった。

 

 監守に並ばされ、一人ずつ紫水晶の留められた金属の首輪を取り付けられる。

 目が焼ける様に明るい灼熱の炉から出したての赤く光る輪の内側には短い針のようなものが付いており、装着の際のその針が首の後ろに刺さる。

 熱と針の痛みによる悲鳴が飛び交う。

 ルーイも叫んだ。

 喉が深く焼ける寸前で直ぐに頭ごと水桶の冷水に突っ込まれ、首輪のつなぎ目は閉じられた。


 痛みと熱で意識が朦朧とする中、今度は冷たい大理石の色調とステンドグラスの装飾が美しい、天井の高い六角形の部屋に連れて来られた。

 床はガラス張りで、黒く太いツタが絡まった巨大な紫水晶が遥か地下にあるのが見えた。

 

 皆が悲しみや混乱に包まれている時、黒鉄の扉が開く。


 道の両端に整列した黒く無骨な鎧姿のゴーレムの間に、背の高い黒い影法士のような男が立っているのが見えた。

 アラベスク模様が描かれた黒光りする骨製の仮面を被り、複雑な幾何学模様の刺繍の入った裾の長い黒いローブを纏っている。

 

 仮面の男は薄笑いで奴隷達を見回す。

 

 そして黒水晶や骸骨水晶の柱が埋め込まれた刺々しい黒い杖をローブの中から取り出し、それを部屋の真ん中で突いた。

 石突きの音。それに応えるように床下の巨大な紫水晶が部屋全体を包むように雷の様な閃光を放った。

 人々が付けている先程の首輪の紫水晶も光り出す。


 震える空気。揺れて焦点が定まらなくなる視界。


 ルーイは視界の歪みとともに、首に激痛を感じた。

 それはまるで首輪が血や生気を吸い出しているようだった。

 他の人々も同じ症状に悶え、倒れていく。

 倒れた人々からは白い火の玉のようなものが飛び出し、床下の巨大な紫水晶に吸い込まれて行った。


 ルーイ は膝を突き、首輪を外そうと転げ回った。

 遠のく意識の中、あの不気味な影法師の男がルーイに近寄って来た。

 ルーイの前に立ち、不思議な力で彼を宙に浮かせ、顎を掴んで引き寄せてくる。

 骨製の仮面と、その下の肌の青白い頬骨が浮き出た顔を近づける。

 目は曇りの日の満月のように朧な輝きを放っている。

 

 切れ長の青く艶かしい唇がにいっと笑った。

 『ほう、生気の溢れる若い体。それに魂。

 戦闘用に合う人間は久しぶりだ。

 さ、処置室へ連れて行け。』

 影法師の男がルーイの頬の上で死人の様に冷たい指先を滑らせ、そっと放す。

 すると、まるで糸が切れた操り人形のようにルーイの体は床に落ちてしまった。

 

 ーヤメロ…。

 

 ルーイは唇を動かすが、声が上手く出せない。

 影法師の男はずっとルーイを見下ろし、女の様に静かにせせら笑っている。

 力の入らない体と、目の前で起きている理解の追いつかない出来事。ルーイは声にならない声で呻く事しか出来なかった。

 

 ーヤメロ!ヤメロ!ヤメロ!ヤメロ!!!!

 

 ルーイは鎧のゴーレムに引きずられ暗い場所へ連れていかれる。 

 やがて意識は途切れ、何も考えられなくなった。

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