2.少女と巨人の少年
「私はリリー。お名前を教えてくださる『ゴーレム』さん?」
「…。」
少女・リリーの言葉に返事は返ってこない。
少女は反応を少し待ってから話題をかえた。
「身体、傷だらけだけど何かあったの?」
バスタブや小物入れ、ガラス瓶、石ころ、継ぎはぎの布切れ、丸い藁人形などのガラクタに囲まれた古いソファーに二人が腰掛けている。
先程の一件からゴーレムは身を小さくすぼめて、ずっと俯いたままだった。
「私、治癒師をやってるの。よかったら見せて。」
リリーは腕の傷にそっと手を近づける。
ゴーレムは少し怯えたように身構えた。
「何?やめて…!」
リリーは怯える子供を勇気付けるように優しく頭を撫でた。
三日月を模した白金の小さな冠をポケットから取り出して何か詠唱する。すると、血が固まってその瘡蓋は粒子となり、傷は塞がった状態になった。
ゴーレムは塞がった傷を恐る恐る触った。
それを見てリリーはクスクス笑い出した。今まで堪えていたようだった。
「ふふふ。やっぱりお医者さんを怖がる小さな子供みたい。」
「そ、そんなんじゃない!こう見えて、僕は13だ…。」
「そうなの?大きいけれど私と同じ歳なのね。」
リリーは安心したように微笑む。
ゴーレムは拗ねたように後ろを向いた。
「良かった。
ゴーレムの人にはあまり関わったことはなくて最初は怖かったけど、お友達になれそうな人で安心したわ。」
「友達?君を傷つけようとしたのに…。」
「さっきはお互い急だったから。でも今はこうして普通に隣で話してるでしょ。」
「…。」
「君はなんでヘキサゴールの衛兵なんかになんかに追われていたの?」
リリーは少し間を置いてから答えた。
「何も。街で働いていただけ。」
「冤罪か?まあ、この国ではよくある。」
ゴーレムは少女の間に疑問を感じ、それ以上その話に触れないようにした。
「さ、こっちの大きな傷も見ましょうか?」
リリーはゴーレムの背中の継ぎ接ぎの皮膚に触れた。ゴーレムはビクッとし、反射的にその手から遠ざかる。顔が熱くなるのを感じたからだった。
「…これは元からだから。それよりあまりベタベタ触らないでくれ…!」
「そう…?」
リリーは不思議そうに、ソファに座りなおした。
一息ついてから横目でリリーの方を見て、ゴーレムは口を開いた。
「…あの。
さっきはネックレスの紐を結んでくれてありがとう…。お礼だけは言っておくよ。僕は…。」
少し何か考え、沈黙した後「ルーイ」と小声で名乗った。
「綺麗なガーネット。とても大事なものなのね。」
「…妹が僕の誕生日にくれた…。名前は『ムイリ』。」
リリーが体を向けるのに対し、ルーイは顔を合わせず俯いたまま答える。
虚ろな目をしながら左腕につけられた石のネックレスに優しく頬擦りした。
「妹さん。どんな人なんですか?」
ルーイは少し嬉しそうに語り出す。
「僕より2つ年下で、髪は赤。いつも明るくて、手先が器用で…、時々おっちょこちょいで、口うるさい時もあるけど、一緒にいるととても温かくなる。」
「お会いしてみたいわ。
それにしても『ゴーレム』の方にもご家族、ご兄弟がいるなんて素敵。
本で読んだの。皆魔法で大地から生まれたのでしょう?」
リリーも嬉しそうに笑った。
ルーイは急に黙り込んだ。
「そう僕も妹も『赤い大地の国』で生まれた。
でもその本は少し間違っている。
僕らが人間だったと書いていない。」
「人間?」
「まあ、もうどうでもいいことだ。」
その声は弱々しくなった。
ルーイは何かを問おうとするリリーの眼差しに耐えられず目を反らし、リリーに背を向けて横になった。
「ここにある物は好きに使うといい。だからしばらく起こさないで。」
リリーはその様子を見てあまり追求する気になれなかった。
暫く沈黙が流れる。
少しの間迷っていたが、しばらくして同じように横になることにした。