いづれ神々の終末戦争
僕の目の前で、僕の部屋が存在するマンションが煌々と燃えている。その様はまるで、神様に貢ぎ物を捧げるときの聖火のようだ。もちろん、現在進行形の話だ。
今年で二〇歳になる。今年成人式を終えたばかりで、短大を卒業して、一人暮らしを始めて、僕はすべての私物をこのマンションに持ち込んでいる。
大切な、それはもう、大切な数々のグッズも……。
「クウちゃん……」
この悲しみを越える悲しみは、存在しないだろう。
「保証、あるのかな……仮にあったとしても、もう生産終了してるのばかりだしな……詰んだ」
涙で前が見えない。
やっぱり、この世界は残酷だ。僕はただクウちゃんと生き続けることができればそれでいいのに。僕がいったい何をしたと言うのか。
神様、僕はどうしたらいいのでしょうか。
クウちゃん、僕はどうしたらいいと思う?
もう、お先真っ暗だ。
誰だよ、火事を起こしたやつは。
僕は絶対に許さない。火事を起こした犯人を、けっして許すわけにはいかないのだ。
「火元を確認しました! タバコのポイ捨てが、偶然ガス漏れしていた三〇四号室に引火。その後、燃え広がったと推測されます」
消防隊員が上司らしき人に報告する。
くそ、誰だよ、タバコのポイ捨て! ガス漏れの三〇四号室!
……ん? 三〇四号室って、もしかして。
僕は一つの予感を感じ取り、部屋番号を確認した。
「クウちゃん、ごめんなさい……僕がガス漏れさせたばっかりに、こんな……」
原因の一つは、僕の部屋のガス漏れらしい。
最悪だ。僕がクウちゃんを殺したも同然じゃないか。死にたい。
* * *
一時的に借りた何もない部屋で、備え付けのテレビを付けた。隣の部屋からはパンパン音が聞こえている。もっと静かにしてくれ。僕の息子が起きてしまう。まったく、これだからレオパ○スは……。
「はぁ……でも、僕に責任が来なくてよかった……」
火事の主な原因はタバコのポイ捨て。この犯人は捕らえられ、すべての賠償請求が五〇代後半の男に向かった。当然の報いだろう。人生は終わったと言っていい。
次に、僕の責任だ。火種ではないものの、ガス漏れという重大なことをしでかしてしまった僕には、責任の追及が来なかった。
そもそも、ガス漏れを検知する機械が作動しなかったのが悪いのだと、国が派遣した弁護士が言い放ったのだ。そして、企業に裁判で勝利してしまった。
「逆にお金はもらえたし、保険も降りたし、そこは万々歳なんだろうけど」
でも、失ったもののほうが大きい。
「……ん?」
地震かな。少し揺れている。ここは大阪。それほど大きな地震は起こらないはずだ。それに僕は運が良いから、大阪北部地震では大阪を離れていたし、阪神淡路大震災ではまだお腹の中にすらいなかった。
体感的には震度一程度が六秒ほど続いた。なんか、嫌な予感がする……!
ドンッ! と、体が下から突き上げられる。正座が大好きな僕は、テレビを正座で見ていた。座布団と一緒に跳ね上がり、フローリングと衝突すると同時に、足首に痛みが走る。
「いった! 痛いんですけど!」
こんな地震は初めてだ! アトラクションみたいだけど、怖すぎる! 命綱も何もないんだぞ!
僕は両手を組んで、祈った。
「クウちゃん、どうか、無事この地震を乗り越えられますように……」
まだ再建途中だけど、再建したクウちゃんの祭壇の前で正座した。
「任せて!」
クウちゃんの声が聞こえた! 天啓か!?
そう思っていると、一瞬、僕の体が何かに包まれる。水色のような、ところどころ白が混じったような、不思議な色のベールだ。
驚きのまま祭壇を見ると、肩まで伸びる空色の髪、ぱっちりとした蒼の瞳を持つ、小柄な少女――のミニチュアが現れた。服装は中学校の制服で、スカートから露出する太ももが凄まじく、エロい。そして、僕は彼女を知っている……!
「って、え!? クウちゃん!?」
「どうしたの? あなたが呼んだじゃない」
もう、と頬を膨らませる手のひらサイズのクウちゃん。
いやいやいやいやいや、リアルだよ? ここはリアルだよ? いや、ここがフィクションなんだ! リアルは夢の中に忘れてきてしまっただけなんだ!
「おーい、大丈夫?」
待って。尊い。神がいる。涙が出た。涙が止まらない。目の前にクウちゃんがいるのに、クウちゃんを直視できない。ていうか、クウちゃん? ほんとにクウちゃんなのか?
「待っで。整理がおいづがない」
「仕方ないなぁ……ちょっとだけだよ」
言いながら、手のひらサイズのクウちゃんは僕の手のひらをさする。まるで、背中をさすられてあやされているようだ。
気持ちが随分と落ち着いて来て、僕はようやく彼女をしっかりと目に入れることができた。
「……クウちゃんがいるぅぅぅうううぅうぅぅぅうぅ」
「ちょ、ちょっと! 私はここから出られな――」
ポンッと、軽い音を立ててクウちゃんはいなくなった。
え? え?? どうなった??
「もう! 私は祭壇から出られないの! それに、祭壇がないとこの世界に来れないから、しっかりしてよね」
ぷんぷん、とそんな文字が浮かび上がる錯覚をする。
でも、そうか。クウちゃんは祭壇から出られない。祭壇がないと現れることもできないのか。
「わかったよ、クウちゃん。これからも毎日ちゃんとお祈りと掃除をするからね」
あ、あとご飯もいるかなぁ。クウちゃんもお腹すくよね。きっとご飯がいるだろう。
「そうしてもらえると嬉しい……」
胸の前で手をもじもじさせるクウちゃん。僕はそのクウちゃんを、アニメの中で見て一目ぼれしたのだ。
やっぱり、この愛は制御できない。何よりも大切で、生涯において、僕は彼女に恋をし続け、愛し続けるのだろう。
「――蒼汰くん、大事な話があるの」
突然、声色を変えて、大真面目な雰囲気を醸し出したクウちゃん。僕は背筋を伸ばし、姿勢を整えた。
「今、世界中で神々が顕現している。その理由が――ダンジョンの発生。世界中で、同時多発的に、現在進行形で、ダンジョンが出来てるんだよ」
それに対抗するための、神々の顕現なのだと、クウちゃんは言った。
「その神様たちは、祭壇があれば現れるってこと?」
「そうだよ。私みたいに、たった一人からでも、強い信仰があればね」
なるほど。信仰と祭壇が条件となっていて、神様が現れる。つまり、八百万の神を擁する日本では、およそ八〇〇万以上の神々が顕現しているのだろうか。海外を含めて行くともっと数が膨れ上がりそうだ。
「ちなみに、ダンジョンっていうのは?」
「ダンジョンは、人類を進化させるための装置……みたいなものかな。それを神々も手伝うの。これは、何千年も前から行われ続けている……言ってみれば、恒例行事みたいなもの、らしい」
らしい? 恒例行事? 人類の進化を促すのが、恒例行事?
「そういえば、猿から人類に進化するとき、どう考えても不自然な箇所があるっていうオカルトが……」
「たぶん、それも今回みたいなことがあったんだと思うよ」
クウちゃんに言われ、そうかもしれないと頷いた。
人類の進化を、神々が手伝う。これはとても心強いのではないだろうか?
「クウちゃん、さっき『らしい』って言ってたけど……」
「あ、それはね、神々にも階級があって、私は天照大神様に聞いただけだから」
つまり、神々にも序列が存在し、取得できる情報に差がある? ということだろうか。
わからないことは多いけれど、ある程度のことはわかった。
早速ダンジョンに行きたい。行ってみたい。ラノベでよくある、あのダンジョンなら、とても行きたい。夢が詰まっているのだ。
「ダンジョンはとても危険だから神々の承認がないと入れないよ。神々の承認を得て、神々の紋章を刻んで、加護を受け取る。そうしてようやく、ダンジョンに入る資格が与えられる」
クウちゃんに出鼻をくじかれ、がくりと肩を落とす。
じゃあ、僕もどこかの神様に許可をもらわないといけないのか……。
「でも、大丈夫! 蒼汰くんには私がいるから!」
「え……あ! そっか!」
そうだ、クウちゃんは神様だ! なら、クウちゃんから許可を得ればいいだけの話だ。
「じゃあ、プレゼントするよ。手を出して」
クウちゃんに言われた通りに手を出す。どちらを出すか迷って、利き手ではない左手を出した。
「これで、大丈夫?」
一応確認を取った。大丈夫なようで、僕はそのまま続けてもらった。
「ちゅっ」
……は? えっ? はっ!?
キスされた! クウちゃんにキスされた! いや、厳密にはキスではないのかもれないけれど、手の甲にキスだ! 唇が触れたのだ!
しかも、キスの証拠と言わんばかりに輝きを放つ可愛らしい紋章が浮かんでいた。
僕はこの紋章を知っている。これは、クウちゃんの家系、秋津家の家紋だ。
「これでよし、っと」
相変わらずのかわいらしい声。ちらりと見ると、彼女は赤く染まっていた。恥ずかしいのだ。クウちゃんも、恥ずかしいのだ。僕だけじゃない。
「私のファーストキスなんだから……ちゃんと頑張ってね」
そっぽを向いて、僕にそう言った。
……今日、僕は死ぬのだろうか? どうしてこれほど、僕の心を抉るのだろう。幸せで死んでしまいそうだ。