七大魔女会議
「やあ、こんばんは」
彼は最初に私に言った。
「ようこそ、全界の監獄「封神の塔」の秘密の最下層へ」
暗闇に声が響く。
石の壁に反響する彼の声は、明るく、高く、若く元気で、ひょうきんでさえあった。
「客人は大歓迎さ。なにせ人と会うのは100年ぶりだからね。正確には121年と234日と13時間36分11秒なんだけれど、いい加減、暗闇でひとり秒を数えているのにも飽きていたところだったのさ」
その瞬間、私は胸のメダリオンが冷たくなるのを感じた。
彼が魔力を使っているのだ!
「警戒することは無い」
思わず後ずさりした私に、彼のささやき声が響く。
「明かりを灯しただけさ。君の持っているカンテラの明かりじゃ、この牢獄は暗すぎるからね」
ぽっ、ぽっ、ぽっ。彼の言葉どうり石の壁のあちこちに青色の鬼火が出現した。
青く揺らぐ光源に辺りが照らされた大きな扉。それは鋼鉄で作られ銀の神聖文字で強化された封印の扉だった。扉の中央には、やっと人の手が入るくらいの格子付きの穴が開けられている。
この扉の向こうに、彼、がいる。
男性でありながら、魔女のように魔法を操る、伝説の大魔法使いが。
私は持っていたカンテラを床に置いた。立ち上がり、濡れたフードを降ろして扉のほうに顔を向ける。
「珍しく客人が訪れたと思ったら……ずいぶんと若い娘さんだね」
「……」
「それにとても美しい……長い白銀の髪、うすい空色のように澄んだ瞳、若く生命力ある褐色の肌……アブサロン大陸
ここ
の出身ではないね」
私は全身に視線が注がれるのを感じた。
再び、胸のメダリオンが冷たくなる。私は別の意味で寒気を感じたが、かろうじて身を隠す欲求に耐えた。
「外は随分と雪が降っているようだね」
彼は言った。
「君の着ているフード付きのマントの裏地が凍っているよ。その毛皮の色、長さ、光沢……見覚えがある……たしか大陸の南方ア・イアン諸島に、その毛皮とよく似た体毛を持つ水棲哺乳類がいたね。そして、その胸のメダリオン……」
胸のメダリオンが痛いほど冷たくなる。
「それは、知識と真実の神エゴリアの使徒の証……真理追及の流浪民族エゴリム人だね」
私は思わず後ずさった。
「ははは、当たったようだね。しかし、驚いたなぁ……」
彼は続けて言った。
「エゴリム人がまだ生きていたとは……。君たちの祖先は1000年前、いわゆる魔女戦争の時に、エゴリアと彼女自身を祀る大神殿と共に、酸の海に沈んだ、はずだったが……」
これでは、エゴリム人はまるで生きたはく製、珍獣扱いだ。
「……見たことのように言うのですわね」
私はつい不満から皮肉を言ってしまった。
「うん? 実際に見たんだよ、この目で」
彼はあっさり返した。
「知識と真理の女神エゴリア。その名を冠した都市エゴリアナ。都市には大神殿が築かれ、その学習院には全界中から文学者・化学者・医者・技術者・宗教家・賢者、ありとあらゆる知識人たちが集まった。王族・貴族たちだけではなく、市民たちも、貧民たちでさえ学校に通い、最新の知識を得ることが可能だった。最高の都市だ……いや、都市だった、と言うべきか……」
彼は昔を懐かしむような口調で言った。いや、実際に実体験した記憶だったのだろう。
なにせ彼は魔法使い。1000年前から生きていても不思議ではない。
「昔の話はよそう」
それからしばらく間があいて、彼は言った。
「それより今の話を……君に押し付けられた難題を解決しようじゃないか?」
「難題?」
「僕の助言を……できれば協力を求めに来たのだろう? 全界政府の爺どもに言われて……」
私はびっくりして、胸を押さえた。
「図星か……。まあ、こんな辺境の、それも全界政府に許可を得た者しか立ち入ることのできない封神の塔に、ひとり現れた時点で、政府の介入を疑っていたがね……」
私の様子を見て、彼は少しだけ笑った。
カマをかけられたらしい。私はそれにまんまと引っかかってしまったわけだ。
赤面する。
「言ってみなよ」
「え……」
「こっちも退屈していたんだ。多少、無茶無理無駄な案件でも、検討くらいならしてあげるからさ」
完全にからかわれている。私は心の中で地団駄を踏んだ。
なにが知識の神の使徒だ。彼にとって、私はただの子供。軽くあしらわれるだけの存在だ。
くやしい。
交渉前にいろいろと彼にまつわる情報をあつめ、準備してきていたというのに……。しかし、ここまで話が進んでしまった以上、腹をくくるしかない。
私は覚悟を決めて口を開いた。
「一週間前、レイエル大陸セトラ大湖のほとりにある塔を中心に大爆発が発生しました」
「……」
「爆風により、塔を中心として半径10キロメートルほどの地域が湖ごと消失。さらに半径20キロメートルのありとあらゆる生物が死滅しました」
「…………」
甚大な被害。
さすがの彼も予想を超える事態に思考が追い付いていないようだ。だけど、私はそれ以上の凶報を告げるため、口を開いた。
「爆発の中心点、爆炎の魔女ゼシールの塔は無傷でした……が、中から焼死体が発見されました」
扉ごしに、彼が息をのむ気配が伝わってくる。
「焼死体は塔の主……七大魔女のひとり、爆炎の魔女ゼシールでした。これは私の他、全界政府の密命を受けて調査した特命神官、すべてが出した結論です」
「……うそだ」
扉の向こうで震える声がした。
「うそだっ!!」
扉の向こうから怒鳴り声がした。
「うそだっ! うそだっ!! うそだっ!!!」
胸のメダリオンが冷たくなった。
金属がきしむ音。
私は目を疑った。あの大きな鋼鉄製の扉が、神聖文字で守護された封印の扉が、ガタガタと震動している。
「ゼシールが死んだっ!?」
すさまじい音と共に、内側からの衝撃で鋼鉄の扉が軋む。
「天と地を焦がし、海を蒸発させる炎の使い手。マグマを風呂代わりにしてくつろぎ、鼻唄まじりに火山を噴火させ、一息で巨大な噴石を操り都市を潰すアイツが焼死体で発見された?」
ぐあん、と音がして、今度は扉が上下に揺さぶられた。
「誰がっ! どうやって!! 殺せるというんだっ!!!」
ぎぎぎい、と音がして、巨大な力で鋼鉄の扉がねじられる。
「ふざけるなっ! あいつを殺すのは僕だ! この僕を!! 魔法使いにした女!! そして裏切り、全界政府に売った売女!!」
全身の肌が泡立つような凄まじい音。鋼鉄の扉が内側から破られた。
「認めるものかっ!」彼は爆発した。「ゼシールを殺すのは、この僕、大魔法使いアーリマンだけに許された行為なんだぞっ!!」
石壁と天井が崩れる。
砕ける石。もうもうとたちこめる灰色の煙。……しばらくして、破られた扉の奥から声が聞こえた。
「……迷惑をかけた。ケガはないかい?」
その声は落ち込んではいたが、冷静さを取り戻していた。
「……落ち着きましたか?」
私は尋ねた。
「いいや」
彼の声は力がない。
「わずかだが心が乱れている。こんな状態では自分の魔力を抑えられる自信がない」
「それでは……」
「わかっている。当分、魔法は使わない。暴走して発狂するのは御免だからな」
魔法は魔女だけのもの。男性が使うことは難しい。
それは魚が鳥になって空を飛ぶより難しいという。
私は胸をなでおろした。魔法が使えないのは大きな戦力ダウンとなるが、魔女に対抗できる、唯一の存在を、失わずにすんだ。
「しかし、どういうつもりだ?」
私の気持ちを知ってか知らずか、彼は質問してきた。
「君の目的は、僕のかつての師ゼシールの死を伝える為ではないのだろう?」
彼の問いに、私はうなづく。
「戦争の危険が迫っています。ゼシール亡き後、残された六人の魔女たちは臨戦態勢に入りました」
「ちっ」
「彼女たちは警戒しているのです。他の魔女の誰がゼシールを殺したのかと? 油断すれば自分もゼシールのように殺される、と」
「そして、やられる前にやれ、と思考を進めたのか。魔女どもめ、今度こそ全界を滅ぼすつもりか?」
彼は吐き捨てるように言った。
「大魔法使いアーリマン」
私は彼の名を呼んだ。
「どうかお願いです。私たちに、全界政府に、貴方のその力をお貸しください」
「……」
「魔女たちは近く全界政府の置かれる都市ケーリエンに集まります。七大魔女会議……魔女戦争終結後に定期的に開かれる会合に出席するためです」
「僕に出席する魔女全員を殺せ、とでも言うのか?」
「不可能です」
「……それもそうだ」
しばしの沈黙。
「……なるほど、わかった」アーリマンは言った。「僕の役目は探偵役。魔女どもが大戦争を始める前に、ゼシール殺しの真犯人を突き止めろ、というわけか」
「大正解です」
アーリマンは強力な魔法使いだ。でも六人すべての魔女を相手にするのは不可能。しかし、ゼシールの殺害された状況、使用された魔法を分析・解析することにより、彼女を殺した犯人、魔女を特定することは、十分可能だ。
「では、さっそく貴方の封印を解除しますね」
「なに?」
「どうしました、なにか不満でも」
私は不安になって尋ねた。
「いや、全界が滅ぶかどうかの瀬戸際だ、探偵役は引き受ける。しかし……解除って……」
「簡単ですよ」私は言った。「こんな封印の解除、目をつぶってもできます」
作業に入る私。そんな私を見て、ひしゃげた扉の向こうで彼が笑う。
「ふふふ、気に入ったよ」
「?」
「君の名は?」
「???」
「君の名前だよ」
彼は言った。
「僕が探偵なら君は僕の相棒だ。名前を教えてくれ」
私は納得した。そして笑顔で彼に名前を告げる。
「私の名前はね ────」