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再生のギルド。上司一人でここまで組織が変わるなんて

 誰か、助けてください。

 お願いします。

 もう、限界なんです……。


 何度心の中で弱音を吐いただろうか。

 だが、結局誰も助けてはくれない。

 自分たちが困っていることを知っている人も、目を逸らすばかりだった。


「おい、聞いているのか、リリア」

「はい。すみません……」

「すみませんってなんだ。いったい何に謝ってるつもりだ、ええっ!?」


 私はリリア。

 冒険者ギルドの本部で、受付長をしている。

 今はギルド長の部屋で叱責を受けていた。

 分厚い緋色の絨毯に視線を落とし、つらい時間が過ぎるのをぐっと堪える。


 ギルドの受付嬢は、荒くれ者の冒険者たちの顔を繋ぐ役目だ。

 気分良く依頼を受注してもらうためにも、見目に良く、愛想や機転にも優れた女性が選ばれることが多い。

 腕っぷしも気も強い男の相手をするため、度胸も満点だ。

 だからだろうか。

 ギルド長は、私たちに目を付けた。


「まったく、バカの一つ覚えみたいにすみませんじゃない。本当に謝ってるなら誠意を見せろ」

「申し訳ありません」

「だからそれじゃあ誠意が伝わらんだろう。頭を下げろ頭を!」

「こうでしょうか。申し訳ありませんでした」

「もっと深くだ!」


 私は深々と頭を下げた。

 自分の体に視線が絡みつくのが分かる。

 胸から腰、そして脚へと、虫が這い回るような不快感を覚えた。


 でっぷりと太った四十がらみのハゲ男。

 いやらしい表情を浮かべて怒鳴り声をいつもあげているローランドというギルド長が、私は嫌いだ。

 今すぐにでも雷でも落ちて死んでくれないものだろうか。

 何度そう思ったことだろう。


 ローランドは私の体を狙っている。

 初めて会ったときから、愛人になることを持ちかけられたぐらいだから、勘違いではない。

 自分にはその時想い人がいたため、キッパリと断った。

 それが彼のプライドを傷つけたらしかった。

 それ以来、目の敵のように狙われている。


 部屋にはもう一人。

 私の直接の部下がいた。

 まだギルドに所属して二年目の新人をようやく抜けたばかりの女の子だ。

 シルフィーというその子は、とても素直で明るく、可愛らしい子だった。

 今はその顔が恐怖で真っ青になっている。

 目が潤みこころなしか震えているようだ。

 ……私が、守らなきゃ。


「また部下がミスをしたらしいな。管理が行き届いてないんじゃないか。これで何度目だ」

「確認を徹底させます」

「やる気がないのか? それとも無能か?」

「本人はマジメな性格なんです。この反省を活かして、きっとやってくれます。性格だけじゃなくて機転も利きます」

「ちょっと顔が良いからってチヤホヤされて、いい気になってるんじゃないか? ええ?」

「そんな子じゃありません」


 ネチネチと嫌みと叱責ばかりを行って、相手をするのも疲れてしまう。

 本当に、心の底まで疲れ切ってしまった。


 シルフィーのクエスト受注に関して、ちょっとした言葉のやりとりにミスがあったのは確かだった。

 だが、事態は深刻にはいたっておらず、報告もちゃんと済ませている。

 カバーも間に合ったのだ。

 軽く注意すれば終わるようなミスを、この男はネチネチといつまでも嬲るような指摘を続けてくる。

 シルフィーは目を真っ赤に腫らせて、今にも泣いてしまいそうだった。


「そんな言い方って……あんまりです」

「あんまり!? 何があんまりなんだ。ええ!?」

「ヒッ!? ごめんなさい、ごめんなさい!!」


 ポツリとこぼれるような言葉を、ローランドは即座に拾い上げた。

 シルフィーが大きな声で威嚇されて、ビクリと体を震わせてしまう。

 冒険者と言い争いになっても、これまで存分にやりあってきた。

 乱暴で気の強い冒険者が相手でも、一歩も退かずにやりとりできる胆力も、今はしぼんでしまっている。

 それは相手が冒険者だからだ。

 自分たちも組織を守るために、という気持ちがあるから、怖くてもやり合える。

 それが身内の、それもギルド長からの叱責。

 気持ちが折れるのも仕方がなかった


 二重顎をたぷたぷと震わせながら、顔を真っ赤にしてローランドが言い募る。

 彼女を庇いながら、私はまた頭を下げた。

 惨めだった。

 間違ったことをしていないはずなのに、頭を下げ続けないといけない日々。

 それでもギルドに身を置き続けているのは、他に行く宛てがないからだ。


 冒険者ギルドは非常に力のある組織だ。

 世界中に組織は広がり、世界を纏める総括本部、各国の本部、そして国の支部へと枝分かれしている。

 私たちは国の本部に所属している。

 そんな組織のギルド長に目を付けられれば、どこにも再就職はできないだろう。

 ギルドがなぜこんな男を長に据え続けているのかずっと疑問だった。

 だが、実家の権力と総括本部への献金とで地位を保っているのだと聞いて、救いはないのだと知った。


「おい、リリア、調子に乗ってるお前に、イイ話を聞かせてやろう」

「なんでしょうか……?」


 上機嫌なローランドの態度に、寒気がした。

 ニタニタと目で笑っている。

 きっと、ろくでもないことに違いない。

 聞きたくなかった。

 だが、聞かなければもっと酷いことになるかもしれない。


 毅然とした態度を保とうとしながらも、足が震えるのが分かった。

 本当に、体が震えるんだな。

 焦燥にかられて頭が真っ白になりながらも、自分をぼんやり客観視するもうひとりの自分がいる。


「お前さんが応援していた冒険者パーティがあっただろう。『太陽の剣』だったか」

「優秀なパーティでしたから、功績から多少目にかけていました。それがどうかされましたか?」

「そのパーティな、壊滅したらしいぞ。可哀想になあ。本当に残念なことだ」

「…………っ」


 言葉にならなかった。

 いや、言われたことがすぐに理解できなかった。

 応援していたのは本当だ。

 私の、幼馴染がリーダーだった。


 とても優しくて、優秀で、いつも誰かを守るために戦う人だった。

 言葉にしたことはないけれど、失って分かる。

 本当に、大切な人だった。たとえ結ばれることはないとしても。


「壊滅……?」

「ああ。他国に遠征に出ていたそうじゃないか。そこで凶悪なモンスターと遭遇したようだ。他国の本部から連絡があったよ」

「そんな……」


 なんのために、私は耐えてきたのだろうか。

 もう職場へ対して希望を持つことはなかった。

 だが、所属する冒険者に対してだけは、誠実であろう、助けになろうと、今日まで頑張ってきたのだ。

 その象徴とも言える存在が、太陽の剣のパーティだった。


 彼らのような存在を守りたい、その一心でがんばってきた。

 その最後の柱が、自分の中でポキリと折れる音が聞こえた。


 その時、ノックもなく扉が開いた。

 私はそれが、運命を変える瞬間だと、気づくことができなかった。

 ただ、ぼんやりとした頭で、その瞬間を眺めていた。


「失礼します」

「なんだね君は」


 現れたのは美しい顔立ちの少年。

 キラキラと艶のある金髪と、深みのある碧眼をしていた。

 部屋の空気をどのように読み取ったのか、あるいは無視したように、ローランドへと向き合う。

 その隣に美女が控えていた。


「総括本部より来ました、アレンと申します。着任を持って新ギルド長へと就きます。短い間ですがよろしく、ローランド氏」


 私は、もう呆然としていたからか。

 その新ギルド長という言葉にも驚きはなかった。

 だが、ローランドは違ったようだった。

 瞬時に顔を驚愕に満たし、大きな声を挙げて体を揺すった。


「なんだとっ!? そんな話は聞いてないぞ!」

「そうでしょうとも。こちらが貴方への辞令になります。総括本部に召喚命令がかかっていますよ」

「どういうことだ」

「さて、現地で新たな職場への辞令が下されるのではないですか。もしかしたら、本部への栄転でしょうか」


 アレンという少年の言葉に、ローランドがにわかに喜び、笑みを浮かべた。

 途端に上機嫌になるも、少しばかり訝しむ。


「ほっ!? 私が、本部に!?」

「ええ。間違いありませんよ。つきまして、早急に私物を纏めて明け渡していただきたいのですが」

「だが、急に言われても私にも準備というものがある」

「総括本部に身を置いていた者として、一点だけご忠告差し上げましょう」

「な、なんだね」

「本部は非常に時間を大切にします。まだ貴方の身の置きどころが決定したわけではありません。上の者の印象を良くするためにも、行動は早くなされたほうが身のためかと」

「わ、分かった。部下を使って私物だけは纏めよう」

「よろしくお願いします。ローランド氏」

「おい、リリア君、手伝ってくれたまえ」


 急な相手を前に態度を取り繕うとしたのか、胸を張ったローランドの命令に、私は無感情に頷いた。

 何かが変わるのだろうか。

 アレンという少年が、少しでもローランドよりもマシな人物であることを願うばかりだ。


 だが、その期待は大いに裏切られることになる。

 アレンは驚くべき偉才の持ち主だったのだ。


 私は誰よりも近く、その勇姿を見届けることになった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] ギルド、再生しなきゃならないほど崩壊してたのでしょうか。恐ろしや。 上司があ無能だったのかな。良い上司が来てくれたなら、万歳ですね。 どんなふうに大変なことになってたのか、再生してどう変わ…
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