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カメレオンは透明人間に恋をする


『カメレオンにオリジナルの色はない』


 小さい頃、家族で水族館に行った時の事。

 併設されていた爬虫類展で、俺は何故だかカメレオンに心を惹かれた。

 その時はまだ、普通の男の子で。

 イルカやペンギンを見て、目をキラキラと輝かせていたのだけれど。


「ねえ、お母さん。カメレオンって緑色じゃないの?」


 子供ながらの純粋な質問に、母さんは困った顔で首を捻る。

 カメレオンについて詳しい母親など、世界を見渡しても一握りだろう。

 どう答えようか迷っていた母さんは、やがて説明コーナーを丁寧に読み上げてくれた。


 カメレオンは生まれながらに擬態していて。

 周りの環境や光の強弱、外敵との接触によって常に色を変える。

 その特性は死んでもなお、呪いのように続いていく。


 つまりはこういうことらしい。


 生まれたときから死ぬまで、そしてその後も、カメレオンは自分の色を持つことはない。


「かわいそう」


 心の底から。


 そう、思った。




 ♢♢♢

 



「懐かしい夢だったな……」


 ホームルームの始まりを待つ教室で、俺はぼんやりと過去の記憶に手を伸ばす。

  

 言葉に色が見える。


 そんな不可思議な現象との付き合いが始まってから十年の月日が経った。

 

 その間、本当に本当に色々な事があって。

 その間、俺は俺だけの上手な生き方を学んだ。


 ようするに、色を合わせればいいのだ。

 

 赤には赤。

 青には青。

 緑には緑。


 時には難しい色もあるけれど、同じような色で返せば大丈夫。

 

「和志おはよー。どうしたの、ぼーっとして」


 隣の席の女子が朝の挨拶がてら声を掛けて来る。

 

 色は明るいオレンジ。


 何か良い事があったのだろうか。

 伴う感情は弾んでいるように思える。

 

 だから俺も、返す言葉に眩しいオレンジ色を塗った。


「南雲ー、一時間目の宿題やって来た?」

 

 今度は仲の良い男友達。


 黄色に青色、少しの緑も入っている。


 おおよそ、宿題を忘れて焦っているといったところか。

 けれども、俺なら見せてくれると安心しているのだろう。


 少しからかった後、俺は笑って宿題を見せた。

 黄色に青、緑だって忘れない。

 このくらいの調整はなんてことはない。


「あ、あのっ! ら、来週の委員会の事なんだけど……」


 ……淡いピンク色、か。


 同じ委員会に所属する、大人しい女の子。

 小さな声は震えていて、頬は少しだけ赤らんでいる。


 俺は少し迷ったけど、できるだけ同じ色で言葉を返した。

 そうすると、彼女は嬉しそうに自分の席へと戻っていく。


 ――コミュニケーションの基本は同調です。


 どこかの誰かがそんな事を言っていた。

 

 全く持って、俺もそう思う。

 それこそ、心の底からの同調だった。


 相手が楽しんでいるのなら、自分も楽しむ。

 相手が悲しんでいるのなら、自分も悲しむ。

 相手が笑っているのなら、自分も笑う。

 相手が泣いているのなら、自分も泣く。


 ただそれだけで、人間関係は円滑に進む。


 自分の意見が大切。

 時には対立してもいい。

 己を貫き通すべき。


 そんな綺麗事は遠い昔に忘れた。


 優しかった母親に始めて叩かれたあの日。

 両親が離婚して、バラバラになったあの日。

 言葉に色が見えるようになったあの日。


 記憶に残る胸の痛みが俺に教えてくれる。


 相手に合わせるだけでいい。

 自分の色は必要ない。


 そうやって、俺は十年間生きてきた。


「……疲れた」


 こぼれ落ちるように、灰色の言葉が思わず漏れる。


 咄嗟に周りを確認すれば、幸い誰にも聞かれていない。


 そのまま机に突っ伏し、ゆっくりと瞼を閉じると、途端に暗闇が襲ってきた。

 しかし、それも一瞬のことだ。

 一面真っ黒に染まったキャンパスが、刹那の間に極彩色を描き出す。


 赤、青、黄色。緑にオレンジ。水色、黄緑、紫。


 今日は特にピンク色が多い。


「うちらのクラスに転校生が来るらしいよ!」


 どこからか明るい女子の声が聞こえた。 

 転校生、というワードに思わず耳が反応する。

 夏休みが近い中途半端なこの時期に転校生など来るものだろうか。


「他校の制服を着た子が小島と一緒にいるのを友達が見たんだって!」


 俺の疑問をテレパシーで感じ取ったのか、また同じ女子の声が聞こえてくる。


 目撃者がいるのなら本当に転校生が来るのかもしれない。しかも、このクラスに。


 両耳に意識を傾ければ、他の場所でも同様の会話が聞き取れた。

 何でもめちゃくちゃ可愛いらしい。と、言うことは女の子か。主に男子の野太い声からピンクを感じる理由がやっとわかった。


 クラス全体が転校生に興味津々なのだろう。

 どこから来たのか、趣味は何か、彼氏はいるのか。

 まだ見ぬ転校生への質問タイムが既に始まっていた。


「よーし、お前ら席に着け―」

  

 ガラガラガラ、と音を立てて教室の扉が開く。

 廊下から顔を出した担任の小島先生に、早速クラスメイトは質問を始めた。


「先生、転校生が来るって本当ですか!」

「ったく、お前ら情報が早いな」

「……という事は?」

「期待通りだよ」


 小島先生がニヤリと笑って白色の声を発する。

 クラス全体が一斉に沸き上がり、あっという間にお祭り騒ぎ。


 みんながみんな、それぞれの色で言葉を彩っていた。

 

 その光景は随分と明るくて、鮮やかで、とても綺麗で。


 俺の色は違和感なく混ざれているのか、どうしようもなく不安だった。


 時々、ふとこんなことを思う。


 もし、言葉に色が見えなくなったら。


 俺は上手く生きていけるのだろうか。


 もう、オリジナルの色なんて覚えていない。


「転校生を紹介する」

 

 いつの間にか教室は静まり返っていた。

 皆、固唾を飲んでその時を待つ。


 扉越しに控えている転校生は今、緊張しているのだろうか。

 それとも、期待に胸を膨らませているのだろうか。


 俺は早く、転校生の声が聞きたかった。


 どんな色を持って喋るのか。

 どんな感情でこの時を迎えているのか。


 それだけ知ることが出来ればいい。


 そして、その時はやって来た。


 スライド式の扉がゆっくりと開いて、教室に一歩踏み入れたその瞬間から。

 俺たちが勝手に設定した高いハードルを転校生は軽々と超えていく。


 噂に違わず、噂以上に、転校生は容姿端麗だった。


 艶のある長い黒髪に、人気女優を思わせる美しい顔立ち。

 きめ細やかな肌は雪のように白く、愛嬌のある大きな瞳はキラキラと黒く輝いている。

 背丈は女子にしては高い方で、平均身長ギリギリの俺よりも少し低いくらい。

 スラっとした細身の体型は要所要所で起伏に富み、とても女の子らしかった。


「それじゃあ、自己紹介を」


 小島先生に促されて、転校生は教卓の少し横に立った。

 見慣れない制服が転校生を転校生たらしめている。


 俺を含めて男女問わず、クラスメイトは転校生に釘付けだった。

 外見が素晴らしいことはもちろんだが、それだけじゃなく、彼女にはどこか不思議と惹きつけられるものがある。

 何と言えばいいのか、雰囲気が違う。そんな感じ。

 

 早速、席が近い人同士でヒソヒソ話が始まった。

 そのほとんどが容姿に関する声だ。

 もちろん、賞賛の声で溢れている。


 今、目を閉じれば赤とピンクの鮮やかなグラデーションが見えるはずだ。

 それはそれは、とても綺麗で美しい光景だと思う。


 けれど、俺は転校生の声だけに集中をした。

 

 黒板に白いチョークで文字を刻む転校生の後姿を見て、何となく嫌な予感がする。


 十年間そうしてきたように、色を合わせれば大丈夫。 

 

 そのはずなのに、まだ名前も知らない転校生に心が騒めくのは何故だろう。


「白波千幸です。半年間、よろしくお願いします」


 シンプルな自己紹介と共に浮かべられた笑顔はクラスメイトの心を掴むのに十分だったらしい。 

 溢れんばかりの大喝采と共に、待っていましたとばかりに様々な質問が飛び交った。


 どこから来たのか。

 彼氏はいるのか。

 好きな芸能人は。

 付き合っている人はいるか。

 部活に入る予定はあるか。

 誕生日と血液型は。

 

 白波は若干困ったような顔をしながらも、一つ一つに丁寧に答えていった。

 どうやら彼氏はいないらしい。


 一方で俺はクラスメイトの雰囲気に付いていくことができなかった。

 置いてかれたと言ってもいいかもしれない。


 転校生、白波千幸の声を俺は確かに聞いた。


 鈴を転がすような聞き心地のいい声だ。

 凛と透き通っていてよく響く。


 そして――白波の言葉には色がなかった。


 何度も意識を集中させて、白波の声に耳を傾けた。


 やっぱり、何色も感じない。


 あの日以来、久しぶりに聞いた透明な声。


「綺麗だな」


 心の底から。


 そう、思った。

 

 


 

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表紙絵
― 新着の感想 ―
[良い点] なにかの比喩ですかね。 カメレオン。周囲に合わせて変わるタイプのひとかな? 透明人間は周囲に認識されていないひと? そうなるとヒューマンドラマジャンルの話でしょうか。 でも、比喩でなく本当…
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