花嫁無双ー獅子と魔王と新郎とー
幼い頃、大好きだったおとぎばなし。
お姫様は王子様と結婚して幸せに暮らしましたとさ。
めでたしめでたし。
その後の生活が幸せな保証はないじゃないかーとか、結婚がゴールとか価値観が古すぎるだとか
女性蔑視だとかあーだのこーだの色々という人たちは多いけれども、それでも私にとっては憧れのエンディング。
王子様ではないけれども、大好きな人と共にその晴れの日を私、茉莉亜は本日ついに迎えることとなった。
丘の上の小さなチャペル。幸せの証である真っ白なドレスに身を包み、母親にベールダウンをしてもらい、パイプオルガンの奏でる音色と共に真っ赤なバージンロードを父親と共に新郎の下へとたどり着く。
そして、神に誓いを捧げこれから二人で幸せな日々を紡いでいくのだ。
ベールの向こうに見える、新郎……伊佐美が愛おしくてたまらない。
付き合って5年。6年目でのゴールイン。
私と結婚してくれてありがとう。これからも宜しくお願い致します。
感極まって溢れそうになる涙を必死に抑える。
「――病めるときも、健やかなる時も、死が二人を別つまで
愛を誓い、守り通すことを誓いますか?」
「はい。誓いま「ちょっと待ったーーーー!!!!」
伊佐美の誓いの言葉を遮り響き渡る待ったコール。光り輝く祭壇。
突然のことに涙も引っ込む。
いまどき、ドラマや映画でもないようなチープな展開。
目の前には困惑した伊佐美の顔。よかった。困惑してるのは私だけじゃない。
招かれざる客は一体誰だ。
あたりを見渡せば、まるで時がとまったかのように凍り付いている列席者の皆様。
神父様まで硬直状態。
っていうか、えっ?これ、本当に固まっているのでは??
思わず手を伸ばし、伊佐美の手を握り締める。ギュっと握り返してくれたその体温に少しだけ落ち着く。
そして、
「新郎、イサミさん。新婦、マリアさん。はじめましてー!神でーす☆」
神が降臨した。いや、神ってなにさ。お前は誰だ。目の前には光り輝き宙に浮く女性。
……神ね。うん。神。神って事にしておこう。あまりもの非常事態に脳が考えることを放棄した。
「イサミさんおめでとうございまーす!あなたは、栄えある第120代目勇者に抽選で選ばれました!!
はりきって世界を救っちゃってください。
あっ、世界といってもここじゃなくて、隣の世界ね。所謂異世界ってやつになるのかしら。
そこが、魔王によって世界は闇に飲み込まれたーっていうやつになっちゃってるのでサクッと倒してきてください。
やー、危なかった。誓い終わってたら、連れて行けないところだったもの。間一髪って感じ?」
「これから、イサミさんには異世界にいって勇者として魔王を倒してもらおうと思いまーす!
えっ、魔王を倒すなんて出来ない?大丈夫大丈夫!
転移特典として誰でもそれだけの力は自動で与えられるから安心して旅立ってください。
じゃあ自分じゃなくてもいいんじゃないかって?ざーんねん!
抽選で選ばれちゃったんだから仕方ないのよ。そこはいさぎよくあきらめてね。」
「ちなみに、マリアさんは特になんにも選ばれて無いから、こっちの世界でお留守番ね☆
別に来ちゃってもいいけどわたしはなんのサポートもできないから悪しからず。
まぁ、他の神がなんかしてくれるかもしれないけどわたしは一切手伝わないのでそのつもりでー。
あっ、戻ってきたらすぐに式の続き挙げられるようにこっちの世界の時間はとめておくので
適当に過ごして待っててくださいな。イサミさんなら多分問題なく魔王をチャチャーっと倒せると思うの。多分。
さて、ちなみに時間はもう止めちゃったので魔王を倒して戻ってくるまでこの世界の時間は動き出しません!
それじゃあ、行きましょう。またねー!」
そして言いたいことをまくし立てると目の前で伊佐美をさらっていったのだ。
ほんと、勘弁してほしい。神に誓いを立てようとしたら、その神に誓いをぶち壊されました?
本気で本気にありえない。
目の前には神と伊佐美が潜り消えていった光の輪。
あいも変わらず凍りついたように動く気配の無い他のかたがた。
お父さんお母さんも、伊佐美のパパとママも神父様もみんな見事に固まっている。
さっきの自称神のいうことが正しければ、伊佐美が戻ってくるまでは時間が止まっている。
現状確認できる限り動けるのは私だけ。
目の前にはその異世界とやらにつながると思わしき光の輪。さっき、あの自称神が言うには
『誰でも』転移さすれば『力』が与えられるということだったよね。
あの神のサポートは無いとのことだったけれども、人の旦那を問答無用で攫っていくような神に
サポートしてもらう気はさらさらない。他の神からのサポートを受けられるかもとは言っていたことだし
ここは行くしかないのでは。
待ってるばかりが、女じゃない……!いまどき某ネズミの国のプリンセスも自分で戦いに出かけるでしょう?
パニエを脱ぎ去り、エンパイアドレスの裾を切り裂きスリットを作る。
これなら、大分動きやすい。
仮にも自称神だというんだから、ドレスぐらいあとでなおしてくれるでしょう。
そうして、助走をつけて勢いよく光の輪に飛び込んだ。
*****
「余所見をするな!次は右から来るぞ!」
「えっ、右?」
進行方向右。地面からカラカラと湧き出る鎧姿の骸骨集団とか、なんというホラー空間。
ほんと、勘弁して欲しい。
疾走する獅子に跨り白いドレスを靡かせて言われるがままにシャムシールを振るう。
そうそう、シャムシールって柄の部分が獅子の頭になぞらえられるらしいよ。
振り下ろした刃から放たれる白い光に骸骨が飲まれボロボロに崩れていく。
プリンセスではなく、どうやら戦闘ヒロインにジョブチェンジしたらしい。
いや、そもそもプリンセスではなかったけれども。
指令を飛ばしてくるのは、今まさに茉莉亜が跨っているその獅子自身。この獅子も神の一人だという。
光の輪を潜り抜け、最初に出会ったその獅子は伊佐美と女神の話をすると、顔を顰め
魔王退治の協力を申し出てくれたのだ。
獅子……リオンは、件の女神の兄だという。魔王とは、この世界における台風のようなもので
毎年季節になると沸いて出る。その間、太陽は雲隠れし世界は闇に包まれる。
やっかいなことに、魔王はこの世界の住民には倒すことができない。だからこそ、近隣の世界から
毎年抽選で数人『勇者』と呼ばれる人々が選ばれ魔王退治に向かわされる。
成功率はおよそ7割。失敗する3割は魔王に倒されるのではなく、そもそもやる気が無くこの世界に定住してしまうか
それか事態に馴染めず孤独をこじらせるかのどちらかとのこと。
この世界には死の概念が無い。だからこそ、何度魔王に負けても繰り返し挑戦できるからこそのこの成功率。
つまり、何回のチャレンジで魔王を倒せるかが帰宅へのカギになるとの事。
今年の魔王は全部で7人。一人じゃないのかよと思ったけれども居てしまうものはしかたない。
『俺に任せれば最短ルートで魔王を倒せるようにしてやろう』
他に当ても無くその言葉を信じたのはいいものの、シャムシールを手渡され使い方指南も兼ねてと骸骨の湧き出る平原へ突進。
かなりのスパルタ式に戦闘を叩き込まれる。
『闇雲に振り回しても当たるまい。目を開きしっかりと敵を見ろ!』
そんな事言われても!?湧き出る骸骨はそれだけで随分とグロテスクなのだ。
慣れるまでは無茶を言わないでほしい。
そうして、シャムシールを言われるがままに振るいたまに間に合わないと見るとリオン自身が動きを翻しその咆哮でもって骸骨軍団をなぎ払ってくれる。
そんなこんなでシャムシールの使い方も随分と上達してきた頃
「次は上だ!!!!」
「上っ!?えぇぇっ!?」
一体どうしてこうなった。
降り注ぐ蝙蝠翼の骸骨を見上げ、茉莉亜は本日何度目かわからない叫びをあげるのだった。





