酒姫《しゅき》、それは神殺しの酵母をその身に宿す乙女たちの呼称である
注意:当作品は小説家になろうR18ガイドラインに抵触しないよう格別の配慮の元に作成されております。
「このようにして、並列して存在する世界のすべての魂は、死後そのまま消滅するのではなくアラーティアの星天へと召されます。アラタ様がアラタ様の存在していた世界において生命を終えた後、星天への梯子を登っているところをここ東城の巫女たちが魂寄せの術にて引き寄せたというわけです」
小さな教室に僕はいた。
灯りは天井に吊るされたランプがひとつだけ。
ランプの中では青白い鬼火が揺れ、儚げな光を辺りに投げかけている。
僕の置かれた状況──なんやかんやあって異世界に召喚されたらしい──を板書しながら説明してくれているのは、歳の頃なら十二、三ぐらいの少女だ。
少女は艶やかな藍色の髪の毛を頭の両サイドで結っている。
水色の瞳は深い湖のような色合いを湛え、顔立ちは精緻なガラス細工のように整っている。
背は年相応に小さく、おそらくは大人用であろう灰色の貫頭衣の袖をまくり丈を詰めて無理やり着ているようだ。
「あの……」
全体的に大人びた少女で──あるいは大人になろうと背伸びしている少女で──表情の硬さや声の硬さにもそれが表れている……いや、単に僕を警戒しているのだろうか?
まあ無理もないか。
こんな密室で初対面のアラサー男子とふたりきりだなんて、緊張しないほうがおかしいだろう。
「あの……ちょっと距離が……」
おっと失敬、近すぎました。
「ふう……」
僕が身を離すと、少女はほっと胸を撫で下ろした。
「ところでアラタ様、ここまでの話、聞いていただけていましたか? 心ここにあらずというような感じでしたが……」
「何を言ってるんだ。もちろん聞いていたよマイハニー。君の声、心音や、わずかな衣擦れの音までも聞き逃さないように耳を澄ませていたさ」
「……気持ち悪い」
少女は思わずというようにつぶやいた。
「あの、そういうのホントにやめてください。あと、わたしの名前は六号です。まいはにーとか謎の呼び方するのやめてください」
ひゅうーっ、軽蔑の視線気持ちいいっ。
ってそうじゃない、これ以上ドン引きされて官憲の手に渡されるのは勘弁だ。
前世と同じ轍を踏むわけにはいかない。
「おっとすまないな六号君。何せこちらへ来て間もないものでね、自らの立場の変化に戸惑っていたんだ。おかしなことを言ってしまっていたとしたら、きっとそれが原因なんだと思う。どうか誤解のないよう」
「……そ、そういうことなら」
六号君──不思議な呼び名だ──はまだ怪しんでいるようだが、とりあえずはこの路線で押すとしよう。
「悪いね。ちなみに、話を聞いていたというのは本当だ。要約するならばこういうことだろう? 君は酒姫と呼ばれる存在で、体内に天然の酵母を宿している。それを人工的に培養し酒母として抽出し、心水に浸けて神酒を造るのが杜氏の役目だが、こちらの世界にはなかなか才能のある杜氏が現れない。そこで白羽の矢が立ったのが、世界は違えど百年に一度の天才杜氏と呼ばれたこの僕だと」
「……」
「そこまでして神酒を造らなければならないのは、こちらの世界の神様がええと……荒神といって、やたらめったら乱暴者で……つまりはあれだろ? 酒で神様をお鎮めするってわけだろ?」
「……なるほど、一応聞いてはいたみたいですね」
渋々うなずく六号君。
「それで? 具体的にはどうすればいいのかな? 杜氏として僕は、君に何をしたらいいんだい?」
「え? や、今のところはまだ……ってなんでちょっと準備運動みたいなことしてるんですかっ?」
「なんでもなにも、君らが望んで僕を呼び寄せたんだろう? 僕としては二度目の人生が過ごせてラッキーだしさ、ご恩を返す意味でも今すぐ全力で手取り足取り働かせていただきたいと思って……」
「ま、まだいいですよっ、こういうのには心の準備とか色々あって……っていうか手取り足取りって……?」
僕の勢いに気圧されたのか、六号君はじりじりと後ずさっていく。
「大丈夫、覚悟は出来てるから。きっとあれでしょ? エロゲによくあるシチュエーションのほら、少女に性的興奮を与えることでなんかすごい力を生み出すみたいな。それの酒バージョンなんでしょ?」
「は、はああああーっ? せ、せせせせせーてきこーふんとかなに言ってるんですかあなたはっ?」
六号君は声を上ずらせるが、否定はしてこない。
「と、とにかくちゃんと説明しますからっ! 今はそれ以上近づかないでくださいっ!」
必死になって僕を押し留めると、顔を真っ赤に染めながら説明を始めた。
──ガイドラインに従い、中略──
「なるほどね」
説明を聞いた僕は、ニッコリと微笑んだ。
「要は口噛み酒(口に含んだ穀物を吐き出したものから造る酒)のスーパーウルトラ過激バージョンというわけか。想像以上の内容で嬉しいよ」
「何が嬉しいんですかもうっ、喜ぶところじゃないですよっ」
六号君は頭から湯気を出して怒っているが……。
「要は君の●●●に口をつけて君が●●●●●ってなったら●●●●が噴き出すから、それを心水に浸けてかき回せばいいんだろ?」
「改めて口にしないでいいですからっ、いいですからっ」
「しかも一か所だけじゃないんだろ? 体調によって匂いや味が違って、当然場所も違って。●●の下とか●●●とか、●●●●の溝とか、●●●とか●●の裏とか、さらにさらには最奥の──」
「もう黙ってっ、黙ってっ! 黙れバカあぁぁっ!」
「あ、ちなみに僕ならいつでもいいよ? 杜氏として男として、準備はいつでも出来てるから」
「ああああああああこの人の相手するのもうやだあああっ! 助けて大婆様ぁぁぁぁーっ!」
恥ずかしさ極まったのだろう、六号君は大きな声で悲鳴を上げた。
すると……。
「お姉さま! お姉さま! 大変だようぅぅぅー!」
六号君によく似た感じの八、九歳ぐらいの幼女(残念、守備範囲外だ)が、バンと勢いよく扉を開けた。
「どうしたの九号、そんなに慌てて!?」
「あれえー? お姉さまお顔真っ赤。え、もう始めちゃってたの? さっすがお姉さま、だいたーん」
「だ、だだだ誰がこんな人とそんなことしますかっ。いやまあ最終的にはそうなるとしても物事には順番というものがあってですね……」
「ってそうだった、順番順番っ。忘れるとこだったっ」
自分の頭をこつんと叩くと、幼女──九号は窓際に駆け寄り、全身を使って鎧戸を開けた。
「ほら見て! あそこ!」
燃えるような夕陽と共に視界に飛び込んできたのは、東南アジアチックな石の女神像だった。
ライオンのようなたてがみを生やし、腰ミノだけを巻いて乳をぶるんとさらし、六本ある手のそれぞれに剣やら斧やらの武器を携えている。
サイズは全長で五十メートルもあるだろうか、立ち並ぶ家々を踏み潰しながら、物凄い勢いでこちらへ迫って来る。
「もしかしなくても、あれが荒神だよね……」
「あれは……ドゥルガー! 四号姉様の仇っ!」
六号君は窓際に駆け寄ると、憎々しげな声で叫んだ。
「お姉さま! 心水ならここにあるよ!」
どこから持って来たのだろう、九号が水の入った木桶をドンと床に置いた。
ほう、これが心水か、ここに六号君の●●●●を入れてかき回すと……。
「……アラタ様!」
自らの頬を張って気合いを入れると、六号君が僕の顔を覗き込んできた。
「さっき言いましたよね!? 杜氏として男として、準備はいつでも出来ているとっ!」
「おう、言ったとも」
「だったらその証拠を見せてください! 今すぐ! この場で!」
つまりここで酒を仕込み、荒神を鎮めるということか。
「正直わたしは、アラタ様のことが好きじゃありません! でも、自分のお役目から逃げるほど子供でもないつもりです!」
うーん、率直。
「なのでここは、考え方を変えていきます! 好きになれないのであれば、好きになれるような人物に育てあげればいいのです! 例えばその、いっつもへらへらして締まりのない顔! せかせかと忙しなく動く手指! 貧乏ゆすり!」
おー、責めてくる責めてくる。
僕が並の神経の持ち主なら四回ぐらい死んでるぞ。
「それらを全部なくして! わたし好みの素敵なオジサマに育て上げます!」
「年上趣味だったかー」
「い……言い過ぎました!」
癖なのだろう、六号君は大きな声で誤魔化した。
「ともかく! そういうことなので! 覚悟してください!」
「うん、いいよ」
迷わず答える僕に、動揺する六号君。
「け……けっこう危ない作業なんで、下手すると死ぬかもしれませんよ!?」
「構わないさ。好きなもののために死ねるのなら、何度でも」
「……何度でも?」
不思議そうな顔をする六号君に、僕は簡単に説明した。
「そうさ、僕って前世も、君みたいな女の子のために死んだんだ。その上で今も後悔はないと思ってる。そういうことさ」
「……っ」
六号君は一瞬目を見開き──息を吸い込み──そして、ニコっと微笑んだ。
「わかりました! そういうことであれば……いざ!」
飛び切りの笑顔のままで、六号君は僕の首に手を回してきた。
背伸びするようにして顔を近づけて、そして──その瞬間は訪れた。





