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「私に、人の殺し方を教えてくださる?」

 思うに、世界は2つで構成されている。

 眩しすぎて盲目になっちまう世界と、

 慣れりゃ何もかもが鮮明に見えちまう、暗い世界だ。


 コンコンと木製のドアを叩く。

 そして中の返事を聞くよりも先に、俺は酒場へと足を踏み入れた。


「まだ営業時間じゃねえぞ」

 やる気のない声で、壮年の男が唸った。

 高い地声を無理にゆがめた低音が、俺の笑いのツボと吐き気を同時に刺激する。

 どんな極刑だ。


「いい加減、その変な声色は止めろ。ママの子守歌みたいだ。ヒゲのある男臭いママのな」


「黙ってろ。背も高くねえ、筋肉が多いわけでもねえ。体格なんて死んだカラスと同じくらいの俺が裏町でマスターやるにゃ、低い声は必需だろうが」

 戯言を聞き流してカウンターの椅子を引き、俺はそのまま店主の目の前に座る。

 店主はぶっきらぼうにため息をついた。

「まだ営業時間じゃねえって言ってんだろ」


「おいおいおーい、水臭いこと言うな。俺は飲みてぇんだ。ラムドリート、濃いめの常温だ。分かってんだろ?」

「……ちっ、しょうがねえな。32デリ出せ」

「32デリ!? 上町の酒が4杯は呑めるぞッ」


「言ったろ、営業時間外だ。酒場の店主としてならともかく、俺個人の時間は高ぇんだ。分かってんだろ? 嫌なら帰れ。そして2度と来るな。でも俺が困ったら帰ってこい」


 ポケットに手を突っ込み、金を数える。

 ちくしょう、ほぼ全財産だ。

「くそったれ!」

 カウンターの上にバンッと置くと、店主は目を眩ませて大金を引っ掴んだ。


「まいど。今から俺はくたばって死ぬから酒は作れねぇ、帰ってくれ。…………冗談だ。その振り上げた拳は、俺を殴るためのモノじゃない。そうだろ?」


「ラムドリート。濃いめの、常温だ」

 エルは肩をすくめると、背を向けて作業に入った。

 その背中はひどく小さい。

 本人の言う通り、コイツの体は恵まれていない。


 だが、恵まれなかっただけだ。

 棒切れみたいな体の奥には、俺でさえ適わないほどの力が秘められている。

 ああ。コイツの強さは、俺がよく知っている。

 なにせ俺はコイツに育てられた。強く、育てられた。


 だが、俺とコイツはそんなに歳も変わらねえ。

 人格からして父親とは思いたくないし、兄だなんて思ったら全身から緑色のヘドが噴き出て死んじまう。

 だからせいぜいが、仲のいいマスターと常連客だ。それくらいが丁度良い。

「……ほらよ、できたぜ」


 そういって渡されたのは、汚れたグラスに入ったオレンジ色の液体だった。

 ご丁寧に、チェリーまで乗っている。

 おかしい。ラムトリードは無色のはずだ。


「なんだこりゃ?」

「ばか野郎。ガキに酒なんてだせるか」

「どこのどこに、29のガキがいるってんだッ」


「俺より弱くて、気が短くて、童貞で。その日暮らしのくせに酒すら我慢できねえバカをクソガキと呼ばずして、何て呼べば良いんだ。ああ? 真っピンクなチェリーか? このクソガキちぇりーちゃんよぉ」

「俺は童貞じゃねえ」


「ラーシャ、クォッツァ、コリャ。全員が言ってたぞ、出し入れして勝手に果てて終わりってな。それはセックスとは呼ばねぇ」

「……おい、なんでお前がそこまで知ってる?」


「ん? そりゃお前、へへへ。個人的には、コリャとの相性が1番良かったかな」

「てめぇぶっ殺してやる」

 エルの胸倉を掴んで右拳を挙げると、ヤツは目をつむって慌て始めた。


「待て待て待て! 冗談だ、冗談!」

 その弱者ぶりに、思わず殴る気も失せる。

 コイツはいつだってそうだ。強いくせにそれを隠す。

 わざと弱者のフリをしてその場を収めてしまう。


 胸倉から左手を離す。

 エルは「ふぅーっ」と安心した素振りを見せて、襟首を正した。


「さあ、今から店支度だぜ。手伝いなら歓迎だが、どうせしないだろ? それ飲んだら帰んな」

「なら32デリ返せ」

「チップ代わりに貰っておいてやる。さっさとしろ。ジュースも要らねえってんなら、下げちまうぞ」

「ちっ……」

 妙に甘ったるいオレンジジュースを一口で飲み干して、チェリーを口に放る。


「仕事がほしけりゃ回してやる。今回も危険な分、実りはいいぞ。また店が始まったら来い」

「ああ、そうするよ」

 そう返事をして立ち上がり、背を向けてドアへと向かう。

 そして口の中で甘味のない果実と硬い種を分けて、種だけを床に吐きつけた。


「おい! このクソ野郎! 拾ってけ、俺の店だぞ!」

「なら拾っておいてくれ。お前の店だろ?」

「2度と来るな!」

「また来るよ」

 ひらひらと後ろに向かって手を振る。

 チリンチリンと鈴の音を2回だけ残して、俺は店を出た。




 夜がきた。約束通り、裏通りにあるエルの酒場に向かう。

 ドアを開けて店に戻ると、昼とは違い、店内は大賑わいだった。

 いつものことだが、本当に騒がしい。

 だが俺が入店すると、全員がこっちを向いて、静かになった。


「……なんだ?」

 ここにいるのは全員がワルだ。頭脳も含めてな。

 だから静かにするだなんて、そんなお利巧で行儀のいいこと、できるわけねえ。

 だとしたら、エルになんかあったのか。

「おい!」


 そう声をだした瞬間。

 静かだった店内が、一斉に爆笑に包まれた。

「はっはーあ! 来たなチェリー!」

「おおーい! チェリーちゃんのご来店だぞーう!」

 その言葉で一層大きく、笑いの爆発が起きた。

 ある者は酒をこぼしながらテーブルを叩き、ある者は笑いすぎて椅子から転げ落ちた。


「ふん」

 そんな奴らに一瞥もくれてやらず、俺はカウンターへと足を進める。

 ここはクソ溜めだが、俺もクソだから居心地がいい。

 愛すべきクソ共だ。

 クソは始末しねえとな。ぶっ殺してやる。

「まずはてめぇからだ」

「なんだよ俺じゃねえよ」


 その言葉で白状したも同然だ。

 だが悪びれる様子もなく、エルは欠伸をして目に涙をためた。

 だから睨みつける。

「殺してほしいやつがいるんだ」

「それ、どうせ俺だろ? 3億デリで受けてやる。失敗しても文句言うなよ、前払いだ」


 んっとにコイツは……!


「頑張って稼がねえとな。丁度、お前にぴったりの仕事がある」

 エルは自分で作った酒を一息に煽ると、バーの奥にある個室をアゴで示した。


「特別な客が待ってる。お前にしかできねえ。だって俺は嫌だ」

「お前が嫌だと?」

「ああ。依頼内容は、略式だ」

 つまり殺しか。お前の得意分野じゃねえか。


「あー。なんだ。身なりは整えた方がいいぞ」

 そう言ってエルは、俺に向かってバケツの水をぶっかけた。

 一瞬、わけが分からなかった。だが頭で理解するより先に、俺の体が動いた。

 思わず伸びた右拳がエルの左ほほ目掛けて向かうが、しかしヤツは軽く躱してみせた。

 そして目で「雑魚」と言って笑いやがった。

「親切心だよ」

「絶対! お前は! ぶっ殺すッ!!!」




 店の奥には、客と対面できる部屋がある。

 中の様子は見えない。もちろん出入口も別だ。

 俺はびしょ濡れになった前髪をあげて流し、そのドアを開けた。


 中には3人の人間がいた。全員がフードを被っている。

 酒場とは思えない堅い雰囲気だ。

 ああ、クソ。

 ドアを完全に閉めて密室にすると、真ん中の女が最初にフードを取った。

 ……イヤな予感がする。


 この部屋は狭いが、イスも机もある。

 なのに、真ん中の女しか座っていない。

 左にいる女はイイ尻してるが見るからに堅物だし、右の男は胸筋おっぱいがでかい。いかにも隊長って感じだ。

 真ん中の女はどこをとっても貧相だが、その服や佇まいから察するに、上流の人間だろう。

 その女はフードを取るなり、良く澄んだ色で、かつ力のある声で言葉を発した。


「わたくしは第3王女、デル・ピナ・タリ。……実はある要人の犬が、倫理と国家を揺るがす悪行を行っておりまして――その解決をお願いしに参りました」


 よりによって王族か。くそったれ、最悪だ。エルから聞いたことがある。無茶な依頼をしてきて、断れば口封じに殺される。

 最悪の依頼主だってな。

 帰れなくなる前にさっさと断ろう。

 面倒事は好きだが、駆け引きは大嫌いだ。


「……大事な話をする前に、報酬はいくらだ」

 報酬を聞いて断ろう。

 そう考えた俺に、左にいる女が吐き捨てるように言った。

「落としどころにもよるが、3億デリ」

 1エルかよ。

「よし乗った。何をすればいい?」


 俺の態度に、取り巻き2人のヒタイに青筋が浮かぶ。

 だが所詮、俺は後者の住民だ。

 権力も世間体もクソも関係ねえ。

 必要なのは金とチカラと、悪運だ。


「いいか。俺は底辺の頂点に育てられたクソ野郎だ。てめぇらが王女だか何だか知らねぇが、この俺に礼儀も節操も常識も求めるな。俺にあるのは、てめぇがもってねぇ力だけだ」


「ふふ」

 真ん中の女――王女タリは、俺の口上に対し、しかし朗らかに笑う。

 そして人形みたいに整った上っ面に、狂気の笑顔の皮を張り付けた。

「ああやはり。貴方を撰んで良かった。なるべく愉しんで、殺してくださいね?」

 一瞬、この俺がゾッとした。

 目を瞑って笑っているはずなのに、ヤツの眼に釘付けになる。


「ターゲットは、善良なる第2王子。彼を亡き者にして頂きたいのです。ええしかし、こう言うのも捨てがたい――」

 前者と後者の世界が混ざり合う。

 純粋なる悪意と、善意なき力が絡み合う。

 愉しそうに笑い、こともあろうに国のトップは目を濁して、抑えられぬ欲望をひけらかした。


『                』

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