厨二詠唱はロマンだろうがっ!~契約相手は厄災級ばかりです~
俺は薄暗い通路の中を歩いていた。
通路の先から漏れる光。その先に見える闘技場のステージで行う、学園の実技試験に出るために。
「続いて登場するのは──魔法学園に通っている事自体が間違いでしょう! 学園史上初の『契約不能者』フロム=ディザストール!」
さっきまで盛り上がっていた闘技場内が、別の意味で盛り上がる。
普通なら歓声や応援の声が届きそうなもんだが──俺にはそういった声は届かない。仮に届くとしても、観客席にいる同じ学園の生徒からのヤジやブーイングだ。
実際、物までぶつけようと投げ込まれているんだから、嫌われっぷりは相当なもんだ。
俺があいつらに対して何かをした事実も無いのにな。
そしてステージの上には、既に対戦相手が待っている。
名前は確か……カマセット、だったか?
どこかの国の偉い貴族だという話だが、権力を振りかざして嫌味ったらしい話し方をする事しか印象がない。
それでも一応、学園でも有数の実力者とされているのだから、世界は理不尽なものだ。
「おいおい、相手は「精霊なし」かよ!」
「カマセット様が全力を出すまでもないぜ!」
「こりゃあ、カマセットの勝利は安泰だな」
ステージの下には取り巻きらしい生徒もいるし、こういう試験の時でも中立であるべきの教師にまで、カマセットの肩を持たれている。
それほどまでに、俺を負かせたいのだろう。
……だが、これは実技試験。
外野が何を言おうと関係ないし、出来ることを全力で果たす。
要は、勝てばいい。それだけだ。
「今ならギブアップしても、みんな温かく迎え入れてくれるよ? 噂の「精霊無し」君」
審判役の教師から試験用の杖を受け取りながら、ニマニマと嫌味を張り付けたような顔で笑うカマセット。
自分の勝利は揺るがない──そう思っているのだ。
事実、ランクとしては俺の方が低い。
学園内では最低だとされるE判定に対して、カルマッセは、学園内でも数少ないB判定。
誰の目から見ても、結果は分かりきったものだろう。
俺も杖を受け取りながら、普段と変わらぬ様子で言い返す。
「いいや、ギブアップするのはあんたの方さ」
「僕が? アッハハハ、冗談にしては面白いねぇ!」
芝居かかったように笑うが、次の瞬間にはこちらに敵意を向けて睨み付けてくる。
「……やれるもんならやってみろよ、三下ぁ!」
ワアッ──と、ここ一番の盛り上がりを闘技場内にわき起こり、
「それでは──始めっ!」
試験開始の合図が告げられた。
観客席の埋まり方から、俺とカマセットの対戦は今回の実技試験の|目玉≪・・≫になっていたようだ。
同時に、ここにいる全員が期待しているはずだ……『俺が無様に負ける』事を。
それを想像すると、吹き出してしまいそうになる。
──誰が、そんな思い通りになってやるものか。
「炎の精霊よ。我が意に応え、力を示せ──『火球』!」
詠唱により、カマセットの周囲に球状の炎が次々と生み出されていく。その数、10。
展開の速度、火球の大きさ、そして数量。
B判定を与えられるに相応しい実力者なのは、確かなようだ。
「そらそらそらそらぁっ!」
カマセットは今にも高笑いしそうな顔で、俺に火球を撃ち込んでいく。撃ち込みながらも同じ速度で追加の火球を生成しているのは、流石というか。
「ほらほら、上手く避けなきゃ顔面に当たるぞ?」
最初からそのつもりだろうに、言葉でも冷静を失わせるように煽ってくるか。呆れた貴族様だ。
こっちも素直に当たってやる義理もないし、楽しませるつもりもない。
ただ、急に反撃して警戒されるのも癪だから、無様に飛んだり転んで避けたりと、あいつらが「上手くいっている」と思うように見せかけてはいる。
実際に試合の主導権を握っているのは、俺の方なんだが。
……そうして、1分、2分と時間が経ち。
「おい……あいつ、いつになったら当たるんだ?」
「制服にもかすってないぞ?」
俺が「一度も攻撃を受けていない」事に、観客席の生徒が気付き始めた。
当のカマセットは、俺に何とか当てようと躍起になっているが……撃ち出した火球の数は既に二百を越えている。
体力もそうだが、魔力も尽きかけているだろう。
「お前っ……! 才能のない『精霊無し』がっ、調子に乗ってんじゃねぇよっ!!」
怒りと共に放たれた、1つの火球。
それはまっすぐ進めば、確かに俺の顔に直撃するだろう。しかし──
「……そうだな。そろそろ『遊び』はおしまいにするか」
俺はそれを──パァン、と「包帯を巻いただけの左手」で「打ち落とした」。
「…………は?」
間の抜けた声を出したのは、カマセットか、審判役の教師か。
あるいは、観客席にいる生徒の誰かだったろうか。
目の前で起きた事が受け入れられない、といった感じだな。
だが、そろそろ「現実」を知って貰おうか?
「次は俺の番だな?」
俺は魔力を練り上げ、発動出来ないと言われ続けてきた魔法の詠唱を開始する。
「……其は力、再生と破壊を司りし炎なり」
詠唱に合わせて、俺の周囲に球状の炎が一斉に音を立てて現れる。
千に近いその数も。
砲弾のような大きさも。
それら全ての展開の速さも。
カマセットとは、土台から違う。
「怒りと共に我が敵を砕き、穿て──『火球連弾』」
「えっ──」
うわあああああ、とカマセットがあげたらしい悲鳴をかき消す程の轟音を立てて、俺の『火球』がステージに降り注ぐ。
カマセットのものでは表層が傷付くだけだったステージが、音を立てて崩れていく。
そして、周りは静まり返っている。
そりゃあそうだ。
目の前には、自分達が想像もしていなかった光景──カマセットが一方的にやられている姿があるのだから。
「な、なんだよ……お前……!」
|濛々≪もうもう≫としていた砂埃が晴れる。
そこから現れたカマセットは、制服を焼け焦がしながらも五体満足ではあったが……その表情は、明らかに怯えていた。
目の前で起きたことがわからない。
理解したくない、と。
「お前は『精霊無し』だったはずだろ!? それなのに、なんで魔法を使えるんだよ!?」
「……確かに、俺は『精霊無し』だよ。それは否定しない」
この世界では年齢や性別は関係なく、精霊と契約を交わす事が出来れば魔法が使えるようになる。
相性も事前に調べる事もできるので、契約が出来ない、という事はないのだ……|普通は≪・・・≫。
だが、俺はその例外で──精霊と契約する事が出来なかった。
故に『精霊無し』。
この世界の魔法使いとしては魔法も使えず、落第認定されていたようなものだった。
「けれど、俺の魔力はちょっとだけ『特殊』らしくてね。契約さえ出来れば、普通に魔法は使えるみたいなんだよね」
精霊と契約が出来ない、という不具合を抱えただけで、それ以外は一般人と変わらない。
「……なら、何故『精霊は契約をしなかった』のか?」
問題を突き詰めれば、そこに行き当たる。
そして理由を調べれば、本当に単純な事だった。
「精霊は、契約をしなかったんじゃない──『出来なかった』んだよ。俺の魔力は『精霊には扱いきれるものじゃなかった』のさ」
だからこそ、俺は『契約が出来る存在』を探した。
精霊が扱いきれないのであれば、精霊以上の力を持つ存在であれば良いのだ、と。
その結果、辿り着いたのは──
「──来い、アグゥトニア」
『はっ』
呼び掛けと共に、突如として会場に現れた『小型の太陽』。
現れた瞬間から闘技場内の気温が「急上昇していく」。
あまりの事態に、観客席から逃げ出す生徒もいるくらいだ。
契約者である俺に影響はないが、最も近くにいるカマセットはとんでもない暑さに襲われているだろう。
「力をもう少し抑えてやれ。ここにいる奴らは俺みたいに強くはないんだ」
『人間とは脆弱なのだな』
「俺が特殊過ぎるんだよ」
小動物サイズにまで縮んだ『太陽』に、俺は周囲のフォローを返す。
そもそも、俺の存在の根源が『この世界にとってのイレギュラー』なんだから、仕方ないだろ。
「本当、なんなんだよお前は……!! 契約してるのは精霊ではないし、詠唱構文は教科書と全く違うし……!!」
「確かに精霊ではないな。本人が言うには『炎の厄災』らしいが」
『らしい、ではない。そのものだ』
「俺は『こちらの世界の人間』じゃないんだから、そんなの分かんねぇよ」
「お前……一体、なんの話を」
「それに、詠唱構文の方は教科書通りだとつまんねぇんだよ。同じように魔法が発動するなら、好きに変えたっていいだろ?」
「そんな理由で!?」
「俺にとっては大事な理由なんだよ! 何故なら──」
包帯を巻き付けた左腕を見せながら、俺は吼える。
「──厨二詠唱は、ロマンだろうがッ!!」
「……なんだ、それは……」
信じられない、という表情を張り付けて倒れるカマセット。
ステージから離れていた審判役の教師もそれを見て、戸惑いながらも会場に響き渡る声で宣言する。
「──勝者! フロム=ディザストール!」
……後に「厄災の征服者」と呼ばれるようになる事を。
この時の俺は、まだ知らないのだった。





