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歴史家は決して笑わない  作者: 伊武春人
第1章 「女帝」司馬朱理との遭遇──研究についての僕の誤解
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余話1

ムニとフギのちょっとした無駄話

「司馬先輩って美人だよな。クール系の」

「そうかな。スマホを落とした北川景子みたいな顔してるだろ」

 親友宇沢の妄言に,僕は疑念を呈した。

 無骨な鉄骨で耐震補強された大きな窓越しに青葉山を見ていた。青葉山の木々は今日も美しい。日はそれほど明るくないが,鈍く曇る緑も悪くない。市の中心部からさほど離れていないのに,これだけの自然を味わえるのだから,僕は素晴らしい環境で学問に取り組めているなと改めて感慨を深くする。

 宇沢とふたり東洋史のゼミ室で,コーヒー片手に講義がはじまるまでの時間を潰していた。

 以前,同じような状況で司馬と邂逅した宇沢は,それ以来ちょくちょくゼミ室を訪れるようになった。今ではすっかり司馬とも顔なじみだ。

「十分じゃん。それ以上,何を望むんだよ」宇沢の反論。

「──浜辺美波ちゃんみたいな美少女とか」

「ああ」この言葉には宇沢も一瞬納得したらしい。

「でも,ダメだ。浜辺美波は唯一無二だ。美波ちゃんみたいな美少女がふたりもいたら,世界のバランスが崩れる。却下だな」

「僕は美貌よりも優しさが欲しい」

「却下。わかってないな,ムニ。美貌と冷たさがセットだからいいんだろ」

「日々,あの冷たさにさらされるんだぞ。毎日が氷結地獄コキュートスだ。すっかり心が凍傷にかかってる。なあ,フギ,僕の心はもう何も感じないんだ……」

 しかも,たまにあったかいんだ,たちが悪いだろ,と付け加えた。

「うらやましいなあ。そういうのは地獄じゃなく,天国というんだ」

「冬にだけ五所川原にやってきては地吹雪を体験して『雪国ってサイコー!』とか叫んでる連中と同じだよ。住人になってから言え」

「望むところだね。寒ければ寒いほど,コタツの暖かさが身に沁みる」

「今ならルシファーに日々噛まれるユダの気持ちが少しだけわかるよ」

 ダンテ(あるいは,中村光)によると,地獄の最下層では腰まで氷漬けのルシファーが,罰として裏切り者のユダを頭からカミカミしているそうだ。

「何それ,噛まれてるの?」

「言葉のムチって,やつだ」

「ムチ!」

「フギ,ここで目を輝かすな。ソウルメイトでもドン引きする」


 そう言えば──ふと気づく。

 先輩がいない。

 先輩はゼミ室の主だ。たぶん3日で60時間はここで過ごしているんじゃないかと僕は推測していた。寝袋を持ちこみ,女ひとり寝泊まりしている。本人は「毎日がソロキャンプ」などと称しているが,そもそも家はどこにあるんだろう。ひょっとしたら,ここじゃないのか。

 その先輩がいない。

 まあ,いないから,こんな話をしているのだけど。

 寝袋はないかと僕が書棚の陰を確かめていると,宇沢も気づいたらしい。

「ムニ,この時間にも先輩がいないって珍しくないか」

「珍しい」というか,この時間どころか,司馬はだいたいどの時間にもいるのだ。


 今だから言えるが,このとき,司馬は人生最大の窮地に陥っていた。


(余話2につづく)

第3話まで投稿してみたものの、なんか長い。もう少し短くて、どうでもいい話を投稿したかったので、こんな感じのを書いてみました。

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