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幽霊作家  作者: 姫崎しう
9/21

9話 マスターの暗号

「「あ」」


 バイトの子と声が重なる。二人の反応を見て、マスターが「知り合いだったのか?」と驚いた様子を見せる。


「あの、昨日カメラを見つけてくれた方ですよね?」

「その節ではどうも」

「ごめんなさい、昨日は名前も言わずに」

 

頭を下げるバイトの子を見て、マスターが「どういうこと何だ?」と首を傾げる。

 何も知らないまま話を続けても、マスターに悪いだろうと、昨日女の子が無くしたカメラを“偶々”見つけた事を伝えた。

 マスターは「偶々ねえ……」と意味ありげに繰り返してから、「良かったな」と女の子の方を向いた。

 女の子の方は「良かったです」と笑顔を見せてから、照れたようにえへへと頬を赤く染める。


「わたし、今宮香穂って言います。お名前教えてもらってもいいですか?」

「あれ、香穂ちゃん。みほしじゃなくていいの?」

「香穂でいいんですって」

「どういうこと?」


 名前としては、どちらにせよ今宮さんと呼ぶからいいのだけれど、普通は二つも名前はない。昨日ゆめさんが言っていた事から、ある程度察する事も出来るけれど、せっかくだから昨日の、ゆめさんの推理の、答え合わせをしてもいいかもしれない。


「わたし、一応漫画家を目指していまして、今宮みほしって言うのは、ペンネームなんです」

「だから昨日、絵を描いていたんですね」

「背景の練習を、と思いまして」

「僕は萩原稔。マスターとは、高校時代からの付き合いなんですよ」


 今宮さんが「マスターの同級でしたら、わたしの方が年下なので、畏まらないでください」と返す中、ゆめさんが「そう言えば萩原さんって、引っ越してきたんですよね?」と首を傾げる。

『ここから高校まで、バスで二時間以上かかるんだよ』とゆめさんの思考の先回りをして答える。

 つまり僕が、親元から呼ばれたら行ける程度の所に引っ越しただけなのだ。

 気が付けば今宮さんとマスターが何かを話していて、お礼を言った今宮さんが、カウンターの向こうから僕の所まで回り込んできた。


「萩原さん、昨日のお礼がしたいんですけど、何かわたしに出来る事はありませんか?」

「仕事中だよね?」

「それはいま、俺が許可した。あんまり時間がかかるようなら、その間の給料は出せないけどな」


 許可を得ているのならいいか。お礼と言う事ならば、今宮さん個人の事だから、働いたとも言えないし、給料が出ないのも当然だがわざわざ言ったのは僕がいるからか。

 だが、お礼と言われても、何も思いつかない。別に恩を売るつもりでもなかったので、答え合わせの続きに協力して貰う事にしよう。


「それじゃあ、いくつか質問してもいい?」

「良いですよ。何でも答えます」


 今宮さんは豪語するけれど、スリーサイズとか訊いても、教えてくれるのだろうか。雇用主からストップをかけられるだろうし、尋ねはしないが。


「とりあえず、年齢は十九歳であっているかな?」

「えっと、今年で二十一になりますけど、どうして十九歳だと思ったんですか?」


 いきなり年齢を訊いたせいか、それとも口にした年齢が微妙にずれていたからか、今宮さんが怪訝そうな目を向ける。カウンターの向こうでは、マスターが引いているのが分かった。


「カメラが落ちていたのが、階段の十九段目だったから、十九歳前後なのかなって思って」

「去年本厄で、厄払いとかしなくて大丈夫かなって調べた時に、忘れちゃっていたんですね。

 確かに十九歳って思われそうです」

「階段ってどういう事なんだ?」


 合点の言った今宮さんとは対照的に、今度はマスターが声をあげた。蚊帳の外になるのが嫌だっただけかもしれないけれど、簡単に神社と年齢に見立てた階段について、簡単に説明する。


「質問の続きなんだけど、あのカメラってやっぱり大切なものだったのかな?」

「高くはないんですけど、ずっと資料集め用に欲しいと思っていて、初めて貰ったお給料で買ったもので。

 買ったばかりって言うのもあって、取り乱してしまいました」

「なるほどね。ありがとう」


 ゆめさんが言った事は、年齢以外ほぼ正解ってところだろう。

 今宮さんはこちらの様子を窺って、これ以上質問がない事を確認してから、「では、店の前の掃除に行ってきますね」と箒を片手に、外に出て行った。

 今宮さんを見送ってから、マスターが胸を張ってこちらを見る。


「どうだ、働き者で良い子だろう」

「マスターには勿体ないね。ところで、彼女にマスターの本名は教えているの?」

「そう言えば、教えてないな」

「だと思った。何かの機会で雇用主の名前を訊かれた時に、答えられるように名前くらい教えておいた方が良いよ」

「ああ、忠告どうも」

「それじゃあ、今日は帰るよ」


 会計を済ませてマスターの喫茶店を後にする。外に出た時に、今宮さんが居たので、軽く挨拶をして、家に帰る事にした。




 家で一息ついたところで、ゆめさんが我慢できないと言った様子で、話し始める。


「いろいろ言いたい事はあるんですけど……」

「喫茶店駄目だった?」

「いえ、想像以上に面白かったです」

「だったらよかった」


 ゆめさんが勢いに負けて「はい」と返事をしたので、このまま引き下がって欲しかったのだけれど、現実は甘くなく「そうではなくてですね」と非難するような目を向ける。


「せっかくまた会えたのに、何で連絡先を交換しなかったんですか」

「今宮さんね。たぶんマスターの事が好きなんだよ」

「へ?」


 出鼻を挫かれたからか、空回りした何かが、ゆめさんの口から洩れる。

 ゆめさんとしては、僕と今宮さんをどうにかしようとしていたから、気が付かなかったのだろうけれど。


「僕に気が合ったら、名前と一緒に連絡先を訊いていたと思うよ。

 それに、わざわざ勤務時間なのにお礼をしようとしたのも、連絡先を交換する必要がないから」

「言われてみたら、バイトを始めた経緯も、普通とは違ったみたいですしね。

 帰り際、マスターさんに名前がどうこうって言っていたのは」

「いざって時に、今宮さんがマスターの名前言えなかったら困るからね。

 でも、僕の事も悪しからずは、思ってくれているんじゃないかな」


 ゆめさんは残念そうに息を吐いた。しかし、気を取り直して、次の話題を持ってくる。


「萩原さんって、意外と友人に頼られているんですね。マスターさんとは、特に仲がいいんですか?」


 頼られていると言うのは……マスターが、店があるのは僕のお蔭だ、みたいに言っていたからか。


「頼られていたわけじゃなくて、愚痴やらなんやらを聞いていただけだよ。

 偶にアドバイスのような事もしていたけど。ああやって店をやっているのも、こっちに来てから知ったしね。

 仲が良いのもマスターだけじゃなくて、単純に平日の昼間から相手してくれるのが、マスターくらいってだけだよ」


 仕事が忙しくて、休日もまともに連絡が取れない人もいるけれど。

 でも、貴重な休みを僕の為に当ててくれる人もいて、一緒に旅行に行く事もある。


「頼りがいがあるから、愚痴も言えると思うんですけど。

 萩原さんは、マスターさんからもらった暗号を解くんですか?」

「こちらから尋ねておいて、本は読まないと言ったからね。

 この謎くらいは真面目に考えようとは思っているんだけど、よく暗号ってわかったね」

「それは……」

「藤野御影の本を、ゆめさんが読んでほしくなさそうだったから、断ったんだけど、どうしてか教えてもらっていいかな?」


 責めるつもりはないので、出来るだけ優しく尋ねたら、初めはキュッと口を閉じていたゆめさんが、観念したように話し始める。


「私が藤野御影さんのファンなんですよ」

「ファンであることと、僕に読んでほしく無い事にどんな関係が?」

「好きな作品で、結構影響を受けているので、どうしても似てしまうところがあるのですが、人によっては全く問題ないような部分でも、パクリだ何だと糾弾さすることがあるんです。

 萩原さんがそうだと言いたいのではないのですが、出来れば読まないでほしいなと」


 この辺が頭で分かっていても、心がどうにもなってくれない所なのだろう。

 ピーマンが身体に良い事は理解しているし、食べられないことも無いけれど、どうしても食べたくない、みたいな感じか。


「僕が藤野御影作品を読んだせいで、ゆめさんの手が遅くなっても困るからね。

 でも、暗号には挑戦するよ?」

「それは仕方ないです」

「とはいっても、しばらくは喫茶店にはいかないだろうし、急ぎはしないんだけどね。

 暗号の解き方もさっぱりだし。マスターはどんなふうに言っていたっけ?」


 何となくは覚えているけれど、メモを取ったわけでもないので、怪しい。

 ゆめさんは、迷ったように何度か口を開閉してから、話し出した。


「名前の最初が『あ』の人からは『赤ペン』が、『い』の人からは『一円玉』が、『う』の人からは『うちわ』が、『え』の人からは『絵』が無くなり、『う』と『え』の人には代わりに、それぞれ『鉛筆』と『うがい薬』が置かれていた、という話です」

「基本は、名前の最初の文字と、同じ頭文字を持つものが、なくなるんだよね。

 五十音順みたいだから、次があれば『お』の人が『お』のつくものを盗まれる」

「考え方は合っていると思います。『お』の人は盗まれたものの代わりに『椅子』が置いていました」


 この新たに置かれると言うのが分からない、頭文字に着目したら『う』ちわの代わりに『え』んぴつが置かれていて、『え』の代わりに『う』がい薬が置かれていたのだから、『う』と『え』を入れ替えたのだと推測できる。

 しかし、『お』と『い』が入れ替えられていたのに、二人目の『い』の人の所には『お』から始まる何かが置かれていなかった。

 この法則が分かったとしても、暗号を解かなければならないのだから、ちょっと骨が折れそうだ。


「まだ萩原さんに訊きたいことがあるんですけど、良いですか?」

「いいよ。暗号は明日でも明後日でも良いし」

「萩原さんが、働いていた時の事を教えてくれませんか?

 マスターも言っていましたが、何かあったんですよね?」


 今日僕が、マスターの経営に口を出したのが気になったのだろう。

 とりあえずバイト時代の話だけでも、満足してくれると信じて話すことにした。


「学生時代に飲食のバイトをしていたんだけど、面接の段階では週三日で一日五時間ってお願いしていたんだよ。履歴書の欄にも書いていたし、店長もそれでいいって感じで。

 でもふたを開けてみたら、週に五日で一日七時間以上をほぼ休憩なし。

 店長は時間が開いたら自由に休憩して良いって言っていたんだけど、休憩しようとしていたら、『暇なら自分で仕事を見つけて働け』って言われてさ。上手く休憩している人もいたけど、僕はそんなに器用じゃなかったんだよね。

 あとは教えてもらっていないことをするように言われたり、一回やって見せただけで覚えて当然みたいな対応されたり。最終的に、法律を遵守していたら店なんてやっていけないって話をされて、ここでは働けないなと思って辞めたんだよね」

「萩原さんの言い分も分から無い事はないですけど、飲食そんなものじゃないですか?

 店長さんの言う通り、法律なんて守っていたら、仕事なんて出来ませんし、仕事がなくなるんですよ」

「ゆめさんの言う通り。僕の考えが甘かったのは、否定できないかな」

「とは言え、手の火傷は休憩がとれない中で負ったんですよね。お店に文句はないんですか?」

「辞める時には、言いたいことが、沢山あったんだけどね。

 結局馬が合わなかっただけだって思うから、今さら何にもないよ」


 当時も店側に文句を言えるほど、完璧な店員ではなかったから、何も言わずに「自分には向いていないです」と言って辞めた。

 怪我をしたのも、自分が未熟だった部分もあるから、仕方ない。


「でも、他の人には口出しするんですね」

「ゆめさんは、僕が行っていた飲食店でバイトしたい?」

「そもそも、あまり飲食で働きたくないです」

「今はまだ大丈夫かもしれないけど、マスターのところも人手が必要になるかもしれない。

 その時に、働いてくれる人が長続きするお店の方が、安心でしょ?」

「萩原さんのアドバイス通りにやっていたら、長続きするんですか?」


 ゆめさんが不審な目をこちらに向ける。

 確かに僕は経営に携わってきたわけではないし、経営を学んできたわけでもない。むしろ、今まで見てきた上司達とは真逆の事を言っている。


「保証はないけど、相手は人間なんだから、絶対こうしたらいいって答えはないと思うんだよね。

 最終的にどうするかを決めるのはマスターだから、僕は僕が信じる事を伝えているだけだよ」


 もしもマスターが僕の話は意味がないと言うのなら、僕は一言謝って身を引くだけ。

 これで話は終わりだと示すために、おやつの時間に近いけれど、昼食でも作る事にした。


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