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幽霊作家  作者: 姫崎しう
8/21

8話 喫茶店

 夜が明けて、狙いすましたようにゆめさんが部屋の天井から現れる。


「おはよう」

「おはようございます」


 ゆっくり降りてきたゆめさんが、朝食を食べているテーブルの反対側に座る。


「今日はどうするの?」

「何処か、喫茶店のような場所に連れて行ってくれませんか?」


 今日も小説を書こうとはしないのか。何度も言うのはくどいので、黙っておくけれど。

 ゆめさんご所望の喫茶店だが、一店だけ行き易い所がある。


「あんまりお客さんが居ないようなお店でもいい?」

「隠れ家的と言う事ですか? 人気がないと言う事ですか?」

「どちらかと言ったら、前者かな。ちょっと変わった事情があるから、面白いと思うよ」

「どういう事情ですか?」


 貰った問いに、すぐに答えようと思ったのだけれど、一つ良い事を思いついた。


「個人でやっているお店なんだけど、基本的に開いているのが、平日の朝十時から、夕方の四時まで。金曜日が三時まででちょっと早く終わるんだよ。

 テーブル席もあるんだけど、埋まるほど人が来ることも無ければ、大体がカウンターで済んでしまう。だから、僕が行きはじめてからテーブル席に座っている人を見たのは、数えるほどしかないんだけど、ゆめさんはどう見るかな?」

「昨日ので味を占めたみたいですけど、私は探偵ではなくて、作家ですからね?」

「喫茶店が開くまでの、暇つぶしって事で」

「やることも無いですし。分かりました」


 ゆめさんが何かを考え始める。

 今さらながら、自分の部屋に女の子がいるのは、初めてかもしれない。目に見える幽霊だったら、間違いなく初めてだ。

 出入りするときには、壁をすり抜けたり、天井をすり抜けたりと非常識な事があるけれど、普段は床に正座している。

 生前の感覚に引っ張られているのだろうか。


「隠れ家的な個人の喫茶店と言えば、老後の楽しみってイメージが強いですね。

 ですが、これだと変わった事情とは言い難いです。だから、お金が余っているという考えは止めましょう。

 儲けが出ないと生活が出来ないと仮定した場合、どう考えても喫茶店でやっていけてはいないですから、夜は別の事をやっていて、昼の空いた時間に喫茶店をやっていると言った所でしょうか。開店時間の話とも、合致するでしょうし。

 金曜に早めに終わって、土日が休みなところを見ると、夜にやっているのは居酒屋でしょうか。

 問題は、昼も夜も働いて、店長の体力が持つのかってところですね」


 推理を終えて、どうですかと言わんばかりにこちらを見る。

 ゆめさんの推理は、ほぼ合っている。たぶん、もう少しヒントを出していたら、完璧に言い当てていただろう。

 称賛の意味を込めて、心の中で拍手をした後で、「正解は、行けば分かると思うよ」と話を終えた。




 飲み屋街の一角に、例の喫茶店は存在する。ゆめさんが言っていた通り、夜は居酒屋をやっているからであって、昼間は閑散としている。

 自分の予想が正しかったからか、ゆめさんは得意げに僕の後をついてきていた。

 シックで落ち着きのある外装の店舗の前で足を止め、ゆめさんを一瞥して中に入る。

 大人の店と言う外層とは異なり、喫茶店の中は明るい照明と、木のぬくもりを感じられる。

 店に入って、カウンターまでにテーブルが五つほどあるが、構わずカウンターに向かった。


「いらっしゃいませ、って萩原じゃん。来るのは久しぶりだな」

「一か月ぶりくらいかな。相変わらず閑古鳥が鳴いているね」


 カウンターの向こう、僕と同い年の店長がはっはっはと、声をあげて笑う。

 親しげに話す僕達に疑問を覚えたのか、ゆめさんが「どういう関係ですか?」と尋ねるので、携帯のメモ帳に『高校の同級生』と書いた。

 そこで、ゆめさんが僕の後ろに立っている事に気が付いたので、隣の座席を引く。


「座席に荷物を置くのは、他のお客様のご迷惑になるため、おやめください」

「代りコーヒー二杯頼むから、勘弁してくれない?」

「それなら仕方ないな」

「じゃ、マスターいつもの」

「あいよ」


 マスターが後ろを向いたところで、ゆめさんが椅子に座るよにしてから「マスターって呼んでいるんですか?」と尋ねる。

 先ほどと同じように、携帯で『慣れでね』と返した。

 ゆめさんに急かされる前に、推理の答え合わせでもしようかと、サイフォンを見ているマスターに声を掛ける。


「それにしても、人が来ないのに良く続けられるよね」

「喧嘩売っているのか? ってほど、説得力はないか。でも、一応萩原が居ない時には人来るんだからな? 最近バイトも雇ったし」

「テーブル席が埋まった事は?」

「無い。前にも話したと思うが、ここ家賃掛からないからな。夜に両親がやっている、居酒屋の店舗を借りているだけだから。

 一応払うもの払っているから、全く金かかっていないわけじゃないんだけどな。

 ほら、一杯目だ。二杯目はどうする?」

「すぐに作ってくれていいよ。

 今日はさ、この喫茶店について詳しく訊きたいんだけど、いいかな?」


 まずは一口コーヒーを飲む。

 実はマスターと言うのは、高校時代からのあだ名で、コーヒーが好きすぎていつの間にか皆から呼ばれるようになっていた。さらに好きが高じて、高校卒業後バリスタの勉強を始め、今はこうして喫茶店でマスターをやっていると言う事だ。


「詳しくって言ってもな。夜には両親が居酒屋をやっている、ってくらいじゃないか。

 使わせてもらう条件としては、喫茶店における責任はすべて俺が負う事、居酒屋が始まるまでに戻せる程度しか店を弄ら無い事、余った豆を使わせてもらう事。あとは、使えるのは平日だけって感じだな。

 まあ、両親には感謝しているよ。毎月家賃を払わないといけないとなったらやっていけなくなるからな」


 マスターが二杯目のコーヒーをカウンターに置くので、受け取ってゆめさんの前に置いておく。飲めないとは思うが、雰囲気くらいは伝わるだろう。


「ここに来るようになって、何度も愚痴を訊かされたけどね。

 いきなり呼び出されて、コーヒー入れさせられたとか、手伝わされたとか」

「それはそれ、これはこれだ」


 言いながら、マスターが僕の隣の席をじっと見る。


「ところで、お前の隣に誰かいるのかい?」

「幽霊の女の子が一人ね」

「萩原がそんな冗談言うなんてな」


 他に客がいないからか、遠慮なしにマスターが笑う。信じて貰えないと分かったうえで言ったので、別にいいのだけれど。

 急に話題にあげられたゆめさんが、驚いている中、マスターが今度はこちらを真剣な表情で見る。


「萩原にはだいぶ世話になったからな、何かあったら言ってくれよ?」

「はいはい。じゃあ何か、暇つぶしになりそうなものってない?」

「真面目に返されないうちは、大丈夫ってね。暇つぶしね。萩原って本って読むのか?」

「最近は読んでないかな」

「じゃあ、藤野御影とか読んでみたらどうだ? バイトの子に勧められて読んでみたが、結構面白かったぞ」


 藤野御影という名前が出た瞬間、ゆめさんがぴくりと反応したのが見えた。

 やはり藤野御影に何かあるのか。ゆめさんには後で訊く事にしようか。


「どういう話なの?」

「俺が読んだのは、学園ミステリってやつでな、有名なミステリ作品を題材にしているんだよ。

 ある日、黒板に謎の文字列が書かれていた。悪戯か何かだろうと思われていたんだが、次の日に名前の最初に『あ』と付く人の『赤ペン』が無くなり、続いて『い』と付く人の『一円玉』が無くなった」

「次は『う』と付く人から『う』のものがなくなり、次が『え』みたいな感じになるの?」

「俺もそう思ったが、『う』とつく人から『うちわ』が無くなった代わりに『鉛筆』が置いていて、『え』は『絵』の代わりに『うがい薬』が置いていたわけだ。

 で、この謎の真意を探っていく、みたいな話だな。貸してやろうか?」


 マスターに勧められて、どうしようかとゆめさんの方を見る。目が合ったゆめさんが、心配そうな顔で首を振るので、「たぶん読まないからいいかな」と返した。


「正直な事で。だが、暇つぶしって事で、今の謎だけでも渡しとくよ」


 どういうことだろうかと、首を傾げる。マスターは、あーでもない、こーでもないと言いながら、必死に何かを書き始めた。

 ずいぶん時間がかかって、「ほらよ」と裏に『りいのをてこしえるあ』書かれた名刺と手渡す。謎の文字列の上には『五十一』と数字が書いてある。


「解きたかったら解いても良いし、分からなかったら、次来た時にでも教えてやるよ」

「まあ、考えてみるよ」


 生憎名刺入れは持っていないので、財布に名刺を入れる。

 コーヒーも飲んだし、そろそろゆめさんも満足してくれたんじゃないかなと思った時、背後でドアベルがカランカランと鳴った。珍しく客が来たのだろうか。

 店員でもない僕が振り返るのも変だから、飲み終わったカップをゆめさんの前に置いてあるものと入れ替えて、コーヒーをすする。

「こんにちは」と女の子の声がして、マスターが「お疲れ」と声を返した。

 その後すぐにスタッフルームの方へと消えていったので、「バイトの子?」とマスターに尋ねた。


「元々客だったんだけど、話を聞いていたらバイト先を探しているらしくてね。

 ちょうどバイトの子を探していたし、試しに此処で働いてみないかって誘ったわけよ」

「休憩はちゃんと時間を用意しているよね?」

「もちろん。無理やりにでも三十分休ませているよ。むしろ初めは働きたがるのが、困ったもんでね。

 ミスしても反省しているみたいだから怒らないし、法律は守っているよ。契約書もちゃんと作ったし、少しでも俺が楽になればいい、くらいに雇った子だったからな。無理だけはさせてない」

「悪いね。部外者が口出して」

「萩原の境遇を考えたら、当然だろ。それに、お前のお蔭でこの店があるようなものだからな。部外者じゃねえよ」

「じゃあ、社員割り使える?」


 僕の軽口に。マスターも「やなこった」と笑い飛ばす。

 放置し過ぎて、ゆめさんが不機嫌になっていないかなと、横目で確認してみたところ、真面目な顔をして、じっと空のコーヒーカップを見つめていた。小説のネタでも考えているのだろうか。


「いらっしゃいませ、お待たせしました」


 着替えが終わったらしく、バイトの子が裏から出て来る。

 着替えと言っても、普段着に黒のエプロンをつけたような格好だけれど。マスターに制服つくらないのかと訊く為に、顔を上げた時、バイトの女の子の顔が見えた。


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