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幽霊作家  作者: 姫崎しう
7/21

7話 返信

 ドアを開けて、誰もいない家の中に入る。靴を脱いで、いつものようにリビングに向かう途中で、「ただいま」と聞こえたので「お帰り」と返した。

 靴を脱ぐ必要のないゆめさんは、すぐに僕に追いついて、嬉しそうな顔をして追い越して行く。

 何がそんなに嬉しいのだろうかと考えていたら、すぐに答えが返ってきた。


「やっぱり、お帰りって言って貰えるのはいいですね。忘れちゃいけない、温かさがあります」

「どれくらい一人暮らししていたの?」

「大学を卒業してからなので、一年たったところでしたね。仕事の都合とは言え、家に自分しかいない状況は寂しかったです」


 そこまでして、家族に自分が作家である事を隠したかったのだろうか? 疑問に思いつつ予定通りクーラーをつける。

 一連の行動を、不思議そうに見ていたゆめさんが、「寒いんですか? 暑いんですか?」と首を傾げた。


「二百段近い階段を二往復したから、汗かいてきちゃって」

「言われてみたらそうですね。でも、そんなに温度下げるほど、暑いですか?」


 会話に紛れて下げていたので、気づかれないと思ったのだけれど、駄目だったらしい。

 既に設定温度は二十度を下回っているので、問題はないのだけれど。でも寒い。

 我慢も出来ずにくしゃみをしてしまったせいで、ゆめさんが「やっぱり寒いんじゃないですか」と白い目を向けた。

 いたたまれない中、クーラーの電源を落とす。


「で、何でクーラーつけたんですか?」

「何でもないよ」


 ゆめさんはじっとこちらを見てから、「そう言う事にしておいてあげます」と、息をついた。誤魔化せたわけではなく、目を瞑ってくれた感じだったが、納得してくれたとして話を変える。

 やはり、ゆめさんは気温を感じていないらしい。


「今日の女の子」

「やっぱり気になるんですか?」

「ちょっと落ち込み過ぎかなと思ったんだけど、ゆめさんはどう見る?」


 にやけていたゆめさんが、露骨に嫌そうな顔をして「無視なんですね」と口を尖らせる。

 ころころ表情が変わる人だなと思っていたら、「そうですね」とゆめさんが質問に答え始めた。


「大学生みたいでしたし、初めてのバイト代で買ったばかり、とかでしょうか。

 大学に入学して一年、慣れて来てバイトを始めたのが先月で、バイト代を貰ってようやく買えたカメラを失くしたら、あれくらい落ち込みそうです」


 やっぱり作家だから――というのは好きではないけれど――だろうか、ゆめさんの話は聞いていて楽しい。

 想像と推理とを使って、出来事のバックグランドまで話してくれるのもあるけれど、楽しそうに話してくれるのが大きいのだろう。


「何か言いたい事でもあるんですか?」

「ゆめさんは、楽しそうに話すなと思って」

「何ですか急に」

「訊いたのはゆめさんだし、言わないと伝わらないからね」


 ゆめさんとは察せるほどの中ではないし、本当に相手の心の内を察することは出来ないと思うから、誤解を生まないようにすることは大切だと、僕は思う。一概には言えない部分もあるけれど。


「萩原さんって、偶に反応が悪い時がありますよね」

「急にどうしたの?」

「言わないと伝わらないらしいので、言ってみたんですよ。答えられないなら、無理に答えなくても大丈夫ですが」


 意趣返しと言う事か。隠す必要も無いので、答えるのは良いのだけれど、果たして答えになるのだろうか。


「基本的に日和見主義だからね」

「日和見主義と、反応が悪いのと、どう関係するんですか?」

「何でこの人はこういう事を言うのだろうかと、考えちゃうんだよ。

 酷い事を言っているようだけれど、何か仕方のない理由があるんじゃないかとか。

 あとは自分がしようとしている言動が、不用意に相手を傷つけないかとかね。だから反応までに時間がかかることがあるんだよ」

「そう言う事だったら、日和見主義の使い方を間違っていますが、言いたいことはわかりました。難儀な性格していますね」


 ゆめさんの返しから、理解してくれたのだと判断して、呆れた声に返事をする。


「誰にでもやるわけではないし、いつでもやるわけじゃない。他人の味方ばかりになるのも確かだから、お勧めはしないね」

 あちらを立たせようとすると、こちらが立たず。こちらを立たせようとすれば、あちらが立たない。気が付けば、考えに囚われて何もできなくなる。

 何も言えず、何もできなければ、言いたいことがあった、やりたいことがあった自分を蔑ろにすることになると言うわけだ。


「萩原さんの勧めですからね、勧められないでしょう」

「凄い言葉だ」

「でも、間違っていないですよね?」

「もちろん」


 これが僕とゆめさんの契約だから、正面切って否定してくれないと困る。

 でも、一度か二度、ゆめさんの否定に対して、言い返さないといけないだろう。いつになるかはわからないけど。

 これもやっぱり、ゆめさんとした約束だから。


「そう言えば、返信来ているんじゃないかな?」

「確認して貰ってもいいですか?」


 ゆめさんに言われて、ノートパソコンの電源を入れる。覚えていなかったパスワードを、教えてもらい、メールを確認したところ、新規に一通メールが届いていた。


『次があるかはわかりませんが、気を付けてください。もうすぐ締め切りですので、こちらもお忘れなく。

 締め切り前に送っていただいても、こちらは全然問題ありませんよ』


 前回は例外として、仕事上のメールだから、もっと形式ばったものが来ると思っていたけれど、最後の一文に茶目っ気が見えて僕的には好感が持てる。


「では、『分かりました。作品が出来次第また連絡します』みたいな感じで返信しておいてください」

「適当な感じで良いの?」

「他に書く事も無いですからね。重要な事でもない限りは、大体こんな感じですよ」


 やはり悪くない関係だと思うのだけれど、きっと会社にばれたら咎められるのではないか。作家と編集のメールは見た事が無いので、はっきりとは言えないけれど。

 カタカタと手早く打って、返信する。


「これで、一先ずは安心ですね」

「安心するのは、締め切りを守れたあとだと思うけど」

「大丈夫ですよ」


 想像通りの返答に、曖昧に笑って返すことにした。


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