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幽霊作家  作者: 姫崎しう
6/21

6話 神社にて

 春の柔らかい日差しの下、境内に続く長い階段を上る。

 尋ねておいてではあるが、都会ではないので、平日の昼間に人が多い所の方が珍しい。それでもちらほら人は居て、あまり話は出来なかったけれど。

 二百段近くある階段の左右には、一定間隔で桜が植えられていて、階段を斑に染めている。

 綺麗な神社ではあるが、この長い階段もあって、平日にやってくる人は少ない。

 風に揺れる桜は十分に足を止める理由になるけれど、目の端に映るに任せて歩みを緩める事はせずに、歩き続けた。


「この階段って何段くらいあるんですか?」

「何段だろう? 二百段くらいだとは思うんだけど、数えた事ないから分からないかな」

「じゃあ、数えてもらえば良かったですね。階段を上らない私は数えにくいですから」

「数えて欲しかったら、帰る時に数えるし、知っていそうな人がいたら尋ねてみるけど、やっぱり小説関係?」

「意味のある数字だったら、ネタにしやすいですからね。

 同じフィクションでも、元ネタがあった方が現実味が増して面白いですし、現実は小説よりも奇なりとも言いますしね」


 僕の隣を滑るように着いてくるゆめさんに、「何段だと思う?」と訊いてみた。

 少なくとも僕よりは神社などには詳しいだろうし、あとで話題にもできるから。


「百九十八段ですね」

「どうして?」

「九十九足す九十九が百九十八だからです」


 僕が理解できない事を分かったうえでの発言なのだろう、からかうように言ったゆめさんは「上に付いたら、教えてあげます」と境内の方に飛んで行ってしまった。

 すでにだいぶ上まで来ているので、急ぐこともせず、ゆめさんに遅れる事数分で階段を上りきる。

 春先で、ゆっくり歩いたおかげもあって、汗一つかかずに上ることが出来たので、そのままゆめさんを探した。木々に囲まれた神社は、正面に本殿があり、左手に手洗い場が設置されている。


「萩原さんこっちです」


 右手から声に目を向ける。木製の看板の前にゆめさんが立っていて、看板を見るように促した。

 先に手を洗ってから、看板を読みに向かう。

 登って来た階段は人生階段と言って、男九十九歳までの九十九段、女九十九歳の九十九段で百九十八段あるらしい。九十九で止まるのは、九十九で多いと言う意味があるから。


「知っていたの?」

「知っていたと言うか、階段に書いていたんですよ。米寿とか喜寿とか。

 厄年とかも書いていましたね。萩原さんが上ばかり見るので、下を見ていたら見つけました。

 白寿はあっても百寿は無かったので、九十九までだと気づきましたね」


 気が付いた事が事実か確認するために、段数を訊いたと言う事か。

 本当に良く見ている。此処に来るのが基本的に風景目当てで、看板すら知らなかった僕とは大違い。

 だが、足元ばかりを見ていたゆめさんには、気が付かない事もあるだろう。

 今度は僕がゆめさんを呼び、階段の方へと連れて行った。


「上から見ると、桜の道って感じが一段と増しますね」


 感心した声を出すゆめさんの隣で、見下ろした階段は、見える木の茶色が少なくなり、代わりに桜色が強調されている。

 ゆめさんが好むかどうかは分からなかったけれど、悪くない反応で安心した。

 びゅうっと風が吹いて、木々が騒めいた時、思う事があってゆめさんの方を見た。

 巻き上げられる花びらに「おお」と声を漏らしているゆめさんの、髪も服もやはり全くはためかない。


 こちらの視線に気が付いたのか、「どうしたんですか?」と首を傾げるゆめさんの、動作に合わせて動く髪と服を見ながら「何でもないよ」と返した。

 ゆめさんが怪訝そうな顔をしていたら、神社の奥の方から、女性の悲鳴にも似た叫び声が聞こえてくる。

 声の元に向かってみたら、大人しそうな、大学生くらいの女の子が、慌てた様子で自分が持って来たであろう荷物を漁っていた。

 絵でも描いていたのだろう、彼女の近くにはスケッチブックと筆記用具が散乱していて、彼女自身は黒のクロッシェ帽を被り、首にタオルを巻いている。


 観察するように女の子を見ているゆめさんを放置して、「どうしたんですか?」と声を掛けた。女の子は驚いたようにビクッと体を震わせて、不安そうな顔をしてこちらに視線を向ける。


「あの、えっと。カメラを失くしてしまって、声が聞こえていたみたいですね。ごめんなさい」

「一緒に探しましょうか?」

「だ、大丈夫です」


 言いながらも、何かを探すように目を彷徨わせる姿は、あまり大丈夫には見えないのだけれど。だからと言って、無理に首を突っ込む必要も無い。

 一旦別れてカメラを探し、見つかったら渡すのが、理想だろう。しかし、情報が少なすぎる。


「思い当たる節がありますよ」

「本当?」


 しぶしぶ出されたゆめさんからの打開案に、思わず声を出してしまい、女の子が僕を怪訝そうな目で見た。慌てて、「何でもないよ。頑張ってね」とその場を離れる。

 入口まで戻ってきたところで、ゆめさんに「思い当たる節って?」と尋ねた。


「答えるのは良いですけど、一つ訊かせて下さい」

「歩きながらで良い?」

「では、とりあえず階段を下ってもらっていいですか?」


 神社に来たのはいいけれど、お参りもせずに出ていくのは気持ちが悪いので、階段を下りる前に財布から五円玉を取り出して、本殿に手を合わせる。

 頭を下げて階段の方を見た僕に、ゆめさんが「質問の数増やしていいですか?」と尋ねた。




 一段一段、階段を下っていく。五段ほど下ったところで、ゆめさんが「本当に誰彼かまわず、手を貸そうとするんですね」と嫌味っぽく言って続ける。


「手伝う基準って何なんですか?」

「どうしても時間がないとか、物理的にどうしようもない場合には手伝わないね。

 あとは、手伝いたくない人は手伝わない」

「意外ですね。今日も含め、無差別に首を突っ込むのかと思っていました」


 似たような事を言われたのはこれが初めてではないけれど、周りからはやはりそう見られているのだと思うと、一種の窮屈さを覚える。


「好き嫌いくらい、僕にもあるからね。如何にも手伝って貰って当たり前、みたいな雰囲気を出している人は手伝いたくないかな。

 あとは、バスや電車の座席は譲っても、新幹線みたいな指定席のある乗り物だと譲らない」

「どうしてですか?」

「確実に座りたかったら、指定席券を買えばいいから。

 子供の目の前で、赤信号を躊躇いも無く渡っていく人も、あんまり手伝いたくはないかな」

「指定券はともかく、急いでいたらどうしても赤信号を待っていられない、って事はあると思いますけどね。

 話しは変わりますが、萩原さんって神様とか信じている人なんですか?」


 半分以上階段を下りたところで、隣をついてきていたゆめさんが、僕の前に出る。

 急ぎ足の話題の切り替えだったけれど、騙されるつもりで答えを返した。


「正直、居るとかいないとか、真剣に考えた事はないよ」

「でも、律儀にお参りしていましたよね」

「神社だからね。って考えたら、神様を信じているのかもしれないけど」


 本当に信じていたら、死にたいなんて思わない気もする。

 ゆめさんは「どっちなんですか」と一蹴して、動きを止めた。

 階段の終点はもうすぐで、ゆめさんは右手にある小さな石の柱のようなものに近づいた。

『女本厄十九歳』と書かれていて、隣に淡いピンクのデジタルカメラが置いてある。


「これかな?」

「これだと思いますよ」

 ゆめさんからの同意も得られたので、茶色のストラップが付いたカメラを拾い上げ、降りて来た階段をまた上る。


「何でここにあるってわかったの?」

「確認ですが、この階段が人の年齢を模していて、最初が女性だというところはいいですか?」

「看板にも書いていたし、今も確認したしね」

「上に居た女の子が、二十歳前後だと言う事もいいですか?」

「見た目は大学生っぽかったもんね」


 ゆめさんは、うんうんと、二度頷いた。年齢は見た目以外にも、今の時間に神社に来ることが出来るのが、大学生が主になるだろうからというのもある。僕のように仕事をしていない人かもしれないけれど。


「では、説明を始めますね。神社にやって来た彼女は、一度階段を上り切り、例の看板を見つけます。興味を持った彼女は、カメラを持って下まで、というか自分の年齢の所まで下ったんでしょう」

「何で上った後に、下ったと言えるの?」


 カメラがあったのだから、十九段目でカメラを使ったのは違いないが、今の僕達のように階段を往復したとは限らない。

 しかし、ゆめさんには根拠があるらしく、自信たっぷりの表情を見せた。


「タオルを、首に巻いていたじゃないですか。

 でも、今日って汗かくほど暑くないんですよね。二往復目に入ったのに、萩原さんは殆ど汗かいていないみたいですし」

「体力差とかを鑑みても、汗をかいたとしたら往復している、と」

「十九段まで下って来たのは、自分の年齢、もしくは近い年齢だからでしょうね。

 わざわざ下って来たのに、書いてあることが本厄。カメラを置いて、携帯で調べるくらいはすると思うんですよ」


 僕は厄を気にしたことはないけれど、いざ自分が厄年だと言われれば、調べたくなる気持ちも分かる。幸か不幸か、ほとんどの人が携帯は持っているだろうから、よほど興味がないか、面倒くさがりでない限り調べるだろう。


「この辺から補足になりますが、恐らく彼女はクリエイターの類なのでしょう。

 絵を描いていましたから、画家か漫画家でしょうね。本職か趣味かは分かりませんが」

「写真が趣味って事はないの?」

「上に居た彼女は、階段を上っている時には見かけませんでしたよね。

 でも彼女がカメラがない事に気が付いたのは、私達が上りきった後。カメラが趣味なら、それまでに一枚も写真を撮らないって事はないでしょう。

 桜の花びらが風に舞っている姿を、資料として写真に収めようとしたと考えた方が自然です」

「資料としての写真だから、漫画家とかいう話になってくるんだね」

「ほとんどが憶測ですけどね」


 悪びれずにゆめさんが言うけれど、予想していた部分もあり、実際にカメラも見つかった事もあり、「それでも、すごいよ」と返した。




 女の子は、さっき居た場所で、一人うずくまっていた。よく見たら、目に涙をためている。


「あの」


 恐る恐る声を掛けたら、女の子は驚いたように立ち上がり、「何でもないですよ」と作った笑顔でこちらを見た。

 目があい、僕だと気が付いたのか「さっきの」と呟く彼女に「カメラは見つかりましたか?」と尋ねる。


「境内は一通り探したんですけど。来る途中で、落としちゃったのかもしれません」

「もしかして、カメラってこれじゃないですか?」


 女の子にカメラを見せると、彼女は自然に明るい表情になり、穴が開くようにカメラを見つめた。


「はい、わたしのです。どこにあったんですか?」

「神社の階段の途中ですね。帰ろうと思った時に見つけたので、もしかしたらと」


 何かを思い出したように、「あっ」と声を漏らす女の子の手に、カメラを置いて、「それじゃあ」と女の子に背を向けた。

 後ろから「あの」と声がするけれど、聞こえないふりをして、階段に差し掛かったところで、面白くなさそうなゆめさんの声がする。


「連絡先くらい、教えてあげたら良かったんじゃないですか? もしかしたら、逆に、教えてくれたかもしれませんよ?」

「教えてもらっても困るからね」

「せめて名前だけでも、教えておけばよかったと思いますけど」

「ゆめさんが見てみたかっただけでしょ?」


 面白くなさそうにしているし、こうなれば面白いと思う事を言っているのだろう。


「カメラを見つけたことがきっかけで、甘いラブロマンスになんて、少女向けではありそうですからね。可愛い子でしたよ?」

「だとしたら、相手役がポンコツだから、止めておいて正解だったね」

「萩原さんがポンコツかどうかは、私には判断できませんが、ポンコツだから良いって人もいますし、大切なのは出会う事です。

 恋愛小説は専門外ですが、優秀な元ネタが生まれたら書いてみてもいいかもしれないですね」

「同じ町に住んでいるのだから、再会する可能性もあるだろう、と」

「私が恋愛小説もいける口だったら、今日の出会いだけで十分ネタに出来るんでしょうけどね」


 ゆめさんの物事に対する見方と言うか、ネタに対する執念には、脱帽と同時に一種の怖さを感じる。

 僕の何がネタにされるのかが、サッパリわからない。結局僕を介してでしか執筆できないので、問題はないのだけれど。

 階段を下り終わり、「神社はどうだった?」と尋ねてみる。

 ゆめさんは、考えるように声を漏らしてから「なかなか面白かったですよ」と笑顔を見せた。表情に裏もなさそうで安心はしたけれど、またどこかに連れて行けと言われた時には、場所と発言は考えないといけない。

 とりあえず、家に帰ってからクーラーでもつけるかと心に決めた。


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