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幽霊作家  作者: 姫崎しう
4/21

4話 幽霊作家の自宅

 目的の駅は、小さな町の一角にあった。駅の構内にはバス停があり、目の前には商店街が見えるが、ここから確認できるだけでもほとんど人が居ないような状況。

 ゆめさんに言われ、商店街とは別の道を歩き始める。


「私の家に付いたら、ドア付近にある植木鉢の下から箱を取り出してください」

「何か古典的だね」

「箱にはダイヤル式の鍵が付いているので、5647に合わせて中の鍵を取って、今度は家の裏手に回ってください」


 ダイヤル式と言うところでセキュリティを高めているのかと思ったけれど、まだあるらしい。古典的だと言ったのは早計だったかもしれない。

 ゆめさんが言うには、家の裏手の雨どいに鍵を使う箱があり、その中に本命の家の鍵があるとの事。


「何か脱出ゲームみたいだね」

「これでも、ミステリ作家って言われていますからね。遊び心ですよ」

「だとしたら、最初の四ケタのヒントがないよね」

 僕の発言にゆめさんが白い目を向けて、ため息交じりに声を出す。

「ミステリ作家だからって、自分の家を謎さえ解けば誰でも入れるようにするわけないじゃないですか」

「うん、そうだよね。ごめん」


 軽率な発言を謝ったら今度は「謝らないでください」と返ってくる。

 何も返せなくなったので、気持ちを切り替える意味でも「ゆめさんはどうするの?」と尋ねる事にした。


「萩原さんがカギを取りに行っている間、私は軽く家の中を確認してきます。家族がいればすぐにわかると思いますし、泥棒がいる可能性だってゼロではありません。

 と、言ったところで家に着きましたので、手筈通りお願いします」


 言い残して、ゆめさんはとある家の中にすうっと消えていった。

 ゆめさんの家は平屋の一軒家で、壁や屋根に残る傷や汚れから年季が入っているように見える。広さもひと家族が住めるくらい大きいもので、二十歳そこそこの女性が一人暮らしをしているような家には見えない。


 家の扉の隣にある萎れた観葉植物の植木鉢の下には言葉通りに小さい箱が置いてあり、5647とダイヤルを合わせたら難なく開いた。

 土が露出した小さい庭と通り抜けて家の裏手に回り、雨どいを固定してある留め具に小さい箱が隠されているのを見つける。

 その箱もあけ鍵を取り出した所で、ゆめさんが戻って来た。


「大丈夫でした」

「じゃあ、とりあえず中に入ろうか」


 自分の家ではないけれど。引き戸の鍵を開けて、上がらせてもらう。

 数日家主がいなかったのに埃は殆ど溜まっていない。すっきりとした廊下は女性の家だなという感じがする。

 ザッと見たところ、部屋が四つか五つかあり、どこも扉が閉まっていた。


「こっちです」と先導するゆめさんの後について入ったのは、一番奥の部屋。カーテンが閉じられていて少し暗いが、大きく三つの部分に分かれているのが分かる。一つはキッチン。キッチンの隣に食卓。で、大きな部屋の半分が、書斎のようになっている。

 コの字型に本棚が置かれ、中には所せましと本が並び、コの字の中央に子供なら寝られるんじゃないかと思うほど大きな机と見合わない小さな椅子があった。

 机の上にはデスクトップのパソコンとノートパソコン、あとは読みかけだったのだろうしおりを挟んだ本が一冊乗っている。


「本当に作家の部屋っぽいね」

「これでも一応作家ですから。とりあえず、パソコンがある机の所まで、行ってもらえますか?」


 言われるままにパソコンに近づく。パソコンが二台あると言う事は、それぞれに用途があるのだろうか。おそらくデスクトップで執筆し、ノートパソコンを私用に使っているのだろうと予想していたら、ゆめさんから指示が来る。


「机の引き出しの一番上を開けてくれませんか?」

「一番上ね」


 呟きながら引き出しを開けてみたのだけれど、何も現れないままにスライドが止まった。

 何もないとこちらが言うよりも先に、ゆめさんが引き出しの奥の方を指さす。

 不思議に思いつつも、手を入れてみたらまだ奥に続いていて、すぐに何かが当たった。

 引っ張り出してみたところ、ノートパソコンよりもさらに小さい、モバイルノートパソコンが姿を見せる。


「その小さいのと、普通のノートパソコンを持って行ってほしいんです。

 机の横にぶら下げている手提げに丁度入るはずですから」


 机の横を確認したら、薄茶色の質素な手提げ鞄がぶら下がっている。二つのパソコンも言われた通り、ピッタリ入った。


「他に持って行くものは?」

「他は大丈夫です」


 ゆめさんは大丈夫だというが、読みかけの本くらいは持って行っていいのではないだろうか。チラッと机の上の本に目を向けたところ、作者名の『藤野御影』が引っ掛かった。

 気を利かせて持って行くべきか、言われていない事はすべきでないと放っておくべきか、今回僕は後者を選んでゆめさんに話しかける。


「鍵はどうしたら?」

「また来ることがあるかもしれませんし、持っていていいですよ。

 でも、家探しはしないでくださいね」

「女性の家を荒らす趣味はないよ」


 気にならないと言えば嘘になるけれど、信条に反する。

 他に必要なものが無いのであれば、早く家を出ようと踵を返したが、ふと携帯を取り出してさっきの本の作者の名前だけメモしておいた。

 ゆめさんに「どうしたんですか?」と尋ねられたけれど「何でもない」と返して、家を出る。誰かがゆめさんの家にやってくるんじゃないかと焦っていたけれど、考えてみたらやってくる可能性の方が低いのだ。念には念を入れたせいで、自分の中で必要以上に危ない事をしているのだと思いこんでいたらしい。

 帰りの電車も人はほとんどおらずゆめさんと話しても問題なさそうだったので、気持ちを静める意味も込めて声を掛けた。


「一人で住むには大きい家だったね」

「あの家って元々空き家だったんですよ。部屋を探している時に異様に安かったので、買っちゃったんですよね」

「部屋余らない?」

「余りませんよ。今日萩原さんに入ってもらった所と、寝室と、客室と、あとは全部本棚みたいになってます。すべての部屋の本棚が全部埋まっていたってわけではないですが、死ななければ増えていったと思いますしね」


 値段はともかく、一戸建てを買って住んでいるのだから、やはり名のある作家なのだろう。続いて三つあったパソコンについても尋ねてみる。


「何でパソコンが三つもあったの? というかデスクトップは良かったの?」

「パソコンの中で一番どうでもいいのがデスクトップですから、大丈夫ですよ。

 調べ物とか、ネットショッピングとか普段使い用ですね。小説に関連しないこと全般です。

 一番小さいのが執筆用のパソコンで、インターネットには繋げられないようになっています。持ち運びが簡単で、数日家を空ける時でも持っていけて便利なんですよ」

「ノートパソコンは?」


 ここまで来たら全部説明してくれると、思ったのだけれど、ゆめさんは何故か照れたように笑って、話すのを躊躇っているようだった。


「ノートパソコンは、連絡用ですね。編集さんとやり取りをするためだけのパソコンです。メール専用って事ですね。他の作家さんも、執筆用だけのパソコンを用意したりするらしいですよ」


 持て余しているという自覚があったからこその照れだったのか、と納得する。

 だが、インターネットでの情報流出が世間を賑わせる事もある昨今、対策に対策を重ねる事は必要かもしれない。特にゆめさんは慎重な性格のようだから、理由を聞けば違和感もない。

 あとゆめさんの家で気になったと言えば、藤野御影だろうか。何となく覚えのある名前なのだけれど、と思い頭の中で漢字からひらがなに直してみる。ふじのみかげ、だろうか。

 なるほど、最初にゆめさんが呟いた謎の人物と同じなのか。


 せっかくなので携帯で検索してみる。ゆめさんのペンネームかだろうかと、思ったが簡単に出てきた情報によって否定された。

 藤野御影は、デビュー二十数年の四十五歳。女性作家で、ジャンル問わず様々作品を書いている。デビュー後数年はベストセラーを何作も出すような人気作家で、中には僕も読んだことのある作品もあった。

 徐々に人気が落ちていったけれど、何年か前にまた人気が再燃し始めたらしい。

 写真も見ることが出来て、実年齢よりも若く押しが強いような印象を受ける人で、ゆめさんとは似つかない。

 きっとゆめさんの憧れの作家なのだろう。


「何しているんですか?」

「ちょっと調べ物をね」


 ずっと携帯の画面を見ていたせいか、ゆめさんが退屈そうな顔をしていた。

 別に退屈なら横から覗いてくれてもよかったが、人の調べ物を覗いても面白くもないか。

 ふーん、と口を尖らせんばかりのゆめさんを見ていたら、一つ疑問が生まれた。


「ゆめさんって、夜はどうするの?」

「今までは適当に飛び回っていたんですよね。夜中でも明かりのついている家ってありますから、ちょっとお邪魔して何をしているのかなとか覗いたり、一緒にテレビを見ていたり、動画を見ていたり。

 多いのはスポーツ観戦とか、動画の視聴ですね」

「今日からは、そういうわけにはいかないと思うんだけど」

「困りましたね。これから毎晩何をするでもなく、ボーっとしているのは無理だと思いますし、萩原さんのアパートくらいは移動できると思うので、夜更かししている人がいる事を期待するしかないです」


 どうにもならない時には、テレビをつけたまま寝るくらいはしてあげようか。ワンルームなので、配置を考えないといけないけれど。


「どうしようもなかったら、萩原さんの寝顔を見て暇をつぶすしかなさそうです」

「それは止めて。どうしようもなかったら、テレビつけるから」

「寝顔を見られるの嫌なんですか? 女の一人暮らしの家に入った時は意識していなかったのに」


 その二つにどういう繋がりがあるかはわからないけれど、仕事場のような部屋を見て意識する方が難しいと思う。


「女の子の部屋には、何度か入った事あるから」

「何か意外ですね。プレイボーイってやつだったんですか?」

「そんなに器用じゃなかったよ。短大時代に飲み会の後、まともに歩けない人を家まで送って、寝るまで介抱したり、愚痴を聞いたり」

「つまり、男として見られていなかったんですね」

「信頼されているって事でもあっただろうから、嫌ではなかったよ」


 頼ってくれること自体は、素直に嬉しかったし。短大の時に仲良くしてくれた人とは、時折連絡を取っている。


「信頼だけでは、食べていけませんよ。使えるものは使うべきです」

「おっしゃる通り」


 いきなり不機嫌になったゆめさんに、同意する。実際にまだ連絡を取っているからと言って、一文にすらなっていない。お金を貸してほしいと言えば、貸してくれる人もいるだろうが、借りないといけない状況になった時点で僕に返す当てはないだろうし、信頼は失うだろう。

 生きるためには仕方ないと割り切る事も出来るだろうが、僕は生活よりも友人を選ぶ。

 向こうから離れていく分には仕方がないが、こちらから裏切る事はしたくない。


 人脈とも言えるが、こちらとしては損得で付き合っていないし、考えたことも無かった。

 僕の事は置いておいて、ゆめさんの機嫌が悪くなったのは予想外だ。気づかぬうちに失言したのだろうけれど、これからもこういう機会は増えるだろうから、出来るだけ気にしないように流れる景色に目を移した。




 家に入る時には、太陽が沈みかけていた。電車から降りて此処に来るまで、ゆめさんからは話しかけ辛い雰囲気が漂っていた。

 電車に乗っていた時と違うのは、怒っているというよりも、考え込んでいる感じだと言う事か。

 とりあえずいつもの格好に着替える――かつらとマスクは、駅のトイレで既に外している。不機嫌そうなゆめさんに言われて、行った行動だけれど、それ以降は一言も話していない。


「このパソコンを使って、編集と連絡を取るんだよね?」


 このまま双方だんまりでは、互いに気分が良くないだろうから、当たり障りのない所を尋ねてみる。

 ゆめさんはじっとこちらを見てから、「明日にしましょう」と首を振り、それよりもと続けた。


「さっきはすみませんでした」

「なんのこと?」

「電車で機嫌が悪くなった事です。萩原さんの考えが私には受け入れられなかったとは言え、感情的になる必要はありませんでした」


 ゆめさんは殊勝に頭を下げるけれど、僕は首を横に振る。僕の考えは社会に適合していないわけだから、否定されるのは当然なのだから。


「自分の考えを相手に植え付けるために、強い口調や言葉を使って相手をの自信を挫くのは、仕方のない事じゃないかな」

「そんな事、考えていません」


 強い口調で言った後で、ゆめさんは自分の口を押えて考え始める。

 もちろん口調や言葉だけではないとは思うけれど、会社が従業員を、上司が部下を自分の思う通りに動かすために、少なからずやる事だと思う。

 周り皆残業しているんだから、お前も残業すべきだ、みたいなところから、残業はやって当然だと言う考えを押し付けるように。


「さっきも仕方ないって言ったけど、現社会において正しい行動だと思うよ。

 現実に社会は回っているんだし、上司や会社の思う通りに動く人間が評価され、出世をしているんだから」

「今の話は萩原さんの考えではないですよね」

「社会に触れて僕が考えた社会の形だから、僕の考えではあるね。

 でも考えられても、納得は出来ない。僕としては一方的に押し付けるんじゃなくて、とりあえずはお互いの考えを聞くべきで、話し合いは対等に行うべきだと思う」


 対等でなければ、押し付けているのと変わらない。

 先ほど謝ったためか、ばつが悪そうな顔をしていたゆめさんだったが、ぶっきらぼうに「理想論ですね」と切り捨てる。

 肯定するでもなく、否定するでもなく、曖昧に笑って返したら、もの言いたげなゆめさんが首を振って「ちょっと、他の部屋を見てきます」と壁の向こうに消えていった。

 いつもの静けさが戻って来た部屋で、ゆめさんのパソコンの中を見る事も出来たが、自分の信条を反故にすることをする気にもならずに、食事の邪魔になるので少し移動させるのに留めた。

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