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幽霊作家  作者: 姫崎しう
2/21

2話 作家な幽霊

 風に散る桜が時折視界を白ませる中、空飛ぶ女性と黙って歩く。

 本来はのんびり歩きつつ、ほとんど人のいない平日昼間の公園で、桜を楽しむつもりだったのだけれど、今日は考える事ができてしまった。


 まず何故僕はこの女性に敬語を使わなかったのか。例え同い年だったとしても、初対面は敬語を使うだろう。特殊な例だからこそ、距離をとる意味合いも含めて敬語を使う気がする。

 しかし、この子が自分よりも年下だと、心の何処かで確信していた。どこかで会った事があっただろうかと思考を巡らせいたら、一人思い出した。バス事故の犠牲者。自営業の女の子が確か僕より一つ下で、この子によく似ていた。

 だとしたら、何で浮いているのだろうかとか、こまごました疑問は解決できる。現実に起きることとは思っていなかったのだけれど、目の前に見せられてしまえば納得せざるを得ない。


 歩みを止めて、黙ってふわふわとついてくる彼女の方を見た。少数ながら周りにいる人たちは、この空飛ぶ女性のことは見えないらしい。


「本を読まなさなそうな顔だっけ? 確かに本はあんまり読まなくなったよ。中学生くらいまでは、結構読んでいたんだけど」


 急に会話を戻した成果、女性が目を丸くする。

 歩道橋からだいぶかかったし、驚くだろうなとは思っていたけれど、予想以上の反応がおかしかった。

 女性は納得できたのか何なのか、安心したような顔をする。文学少女をそのまま成人させたような女性は、こちらを観察するような視線を向けた。


「では、最近の本は読んでないんですね」

「読んでないね。最後にまともに読んだのは、大学受験が始まる前とかじゃないかな。読む気になれなかった、って言うのが正しいかもしれないけど」


 読もうと思えば、勉強時間を削ってでも、移動時間を使ってでも読めたとは思う。だけれど、特にここ数年はそうするだけの気力はなかった。

 中学の時には友達と競うように読んでいたことを思うと、人生何が起こるかわからないものだ。


「フジノミカゲ」

「誰?」


 急に出てきた名前に首を傾げる。この子の名前かとも思ったが、聞き覚えがないので違うだろう。名前は思い出せなくても、聞き覚えくらいはあるだろうから。

 女性はじっとこちらを見てから、首を振った。


「何でもないです。私は、ゆめと呼んで下さい」

「ゆめさんは、幽霊ってことで良いんだよね」

「たぶんそうだと思います。ひとまず、貴方の名前を教えてくれませんか?」

萩原(はぎわら)(みのる)


 一瞬頭の中でプライバシーという言葉が浮かんだが、相手は幽霊なのだから気にすることも無いだろう。

 ゆめという名前にも覚えはないから、向こうは本名ではなさそうだけれど。もしくは事故にあった女性だったというのが僕の思い違いか。


「話を戻すけれど、たぶんって言うのはどういう事?」

「私もよく分からないんですよ。気が付いたら浮いていますし、物に触れませんし、誰からも見えていないみたいですよね。

 こういう状況って、幽霊以外考えられませんから。でも、確信は持てないです。幽霊を見るのは初めてですから」

「僕も初めてだね」

「その割には驚いていませんよね」


 どうも最近は物事を俯瞰する癖があるらしく、上手く感情を表に出せないことがある。単純に一人でいすぎた為、感情が希薄になっただけかもしれない。

 声の感じからゆめさんも、ただ疑問に思っただけのようなので「驚いてはいるんだよ」と軽く返す。


「思い返してみれば、私も似たようなものでした。幽霊になったのに、そこまで取り乱さなかったです。バスの中で大きな衝撃が来たところくらいまでは、覚えているからでしょうか。

 きっと即死だったんでしょう。痛かった記憶も無く、案外幸せだったのっかもしれません」

「バスの中って事は、この前あった土砂崩れの……」

「そうです。あまり思い出したいものではないですけどね」


 自分が死ぬ直前の事、しかも事故死なのだから、思い出したくもないだろう。悪い事を訊いたかもしれない。

 風が吹いて桜を揺らせるけれど、ゆめさんの服は少しもはためかなかった。こういう違和感が、ゆめさんをいっそう幽霊たらしめる。

 桜の木から離れたところにあるベンチに腰掛けて、ゆめさんの話をきちんと聞く態勢をとった。


「でも、正直なところ死ぬ直前よりも、死んだ直後の方が思い出したくないですけどね」

「幽霊なってからって事?」

「はい。幽霊になってから、どういうわけか両親の所には行けなかったんですけど、それ以外は自由に動くことが出来まして、報道を見ていたんですよ。

 そしたら、人が死んだからって、何でも公開しちゃうんですよね。卒業文集の作文とか、何が楽しくて読み上げるんでしょう。

 こちらとしては生き地獄でしたよ、死んでいますけど」


 なるほど、思い出すと腹が立つから嫌なのか。ゆめさんに限らず、犠牲者の昔の写真とかをテレビで見る事は多い気がする。

 ゆめさんが怒るのも分かるけれど、今は建設的な話がしたいので、話の腰を折る事にした。


「なんで僕にはゆめさんが見えるんだろう。たぶん霊感とかないと思うんだけど」

「そうでした。私は萩原さんの人生を貰いに来たんです」


 急に何を言い出すんだろう。幽霊だと思っていたら、死神だったと言う事だろうか。

 こちらの反応が思わしくなかったのか、ゆめさんが慌てたように言葉を継ぎ足し始めた。


「萩原さんって、自殺しようとしてましたよね。私、そういう人を探していたんです。

 未練の解消って言うんでしょうか、人生を諦めている人なら、快く手伝ってくれるかと思いまして」

「なるほど。とは言え、僕は死のうとはしていなかったんだけど」

「そうなんですか!?」


 驚いて声を上げた後、困ったように視線を下げたゆめさんに、「でも」と続ける。


「自分が事故にあった人と代わってあげたいとは、考えていたよ。あと、人生についても諦めていたと言えば諦めていたから、あながち自殺しようとしていたって言うのも間違いではないし」

「だったら、手伝ってくれるんですか?」

「もちろんただでは手伝わないよ」

「報酬については考えがあります」

「そう言う話は、帰ってからすることにして、一つだけ先に聞いてほしい事があるんだ」


 人が少ないとはいえ、自殺だの死ぬだのと一人呟いていたら、警察を呼ばれかねない。

 確認するように尋ねた僕に、ゆめさんは「何ですか?」と不思議そうな顔をした。


「僕はね、ゆめさんを含め犠牲者の事を、とても羨ましく思っていたんだよ」

「羨ましいって何ですか。他人事だと思って」

「うん。未練解消を手伝ってあげる代わりに、そうやって僕の事を否定してほしい」


 予想通り怒ってくれたゆめさんに言葉を返すと、ゆめさんは意味を理解できないのか、顔をしかめる。

 その表情に満足した僕は立ち上がり歩き出す。すると後ろから「どういうこと何ですか」と怒ったような声が聞こえてきた。



     *



 公園から家まで寄り道せずに歩いたら三十分かからない。しかし実際には一時間以上かかって、一人暮らしをしている家にたどり着いた。

 家と言っても、築何十年とたっているボロアパートの一室なのだけれど。

 仕事をしている時には実家に住んでいたが、仕事を辞めるのを機に、生活を変えたいからと両親を説得して一人暮らしを始めた。


 半年住んでいる家と言う事になるが、ほとんど物は増えていない。

 幽霊相手に座布団っているのかなと思っていたら、ゆめさんは勝手に床に座って白い目を僕に向けた。


「何で見かける人、見かける人の手伝いをするんですか」

「何でって、困っていたからね。もしかして、ゆめさんにはタイムリミットとかあるの?」

「無いとは思いますけど、ずっと無視される身にもなってください」

「ゆめさんと話したら、変な人って思われるから。それに見かけた人全員の手伝いをしたわけじゃないよ」


 やった事と言えば、軽い道案内や横断歩道の向こうまでの荷物運び程度。手伝いだけやってそそくさと去ったので、世間的に見て善行にも偽善にもならないのではないだろうか。

 ゆめさんはバツが悪そうにそっぽを向いたが、こちらを非難するようにぼやく。


「手助けをするのが悪いとは言いませんが、優先度って物があるんじゃないですか?」

「目の前に大事件があるから言いたいことはわかるけど。ゆめさんの未練を解消する交換条件の話だったよね」

「また急に話をものすごく戻すんですね……。まあいいです萩原さんを否定しろって、どういう事なんですか」


 ゆめさんは僕の言い分が納得できないようにムッとしたけれど、しぶしぶ話を進める。

 でも先に聞いておきたいことがあるので、話の腰を折らせてもらう。


「そう言えば、ゆめさんの未練って何なのかな?

 僕が手伝えるかもわからないし、条件とかの前に教えてくれない?」

「物語を完結させたいんです」

「物語っていうと?」

「こう見えても私、小説家なんですよ。結構有名な小説を書いていたんですけど、一シリーズ完結させることが出来ないまま死んでしまったので、完結させたいんです。

 萩原さんにやってもらう事は、パソコンに向かって私の言うとおりにタイピングする事なので、出来ると思いますよ。

 代わりに私に入ってくるはずだった報酬を、萩原さんにあげようかなと考えていたんです」


 この若さで自営業とはどういうことかと思っていたが、なるほど作家か。この年で作家と言うのも凄いのかもしれないけれど。

 本を読まなさそうという最初の問いも、恐らく自分の事を知っているのかどうか、という指標だったのかもしれない。

 反応を見た感じ僕が読書から遠ざかっていた事は、予想に反してゆめさんにとってプラスだったようだ。でもそれは、なんだか意外に感じる。


「そう言う事だったら、文章に慣れ親しんでいる人やゆめさんを知っている人の方が、良いんじゃないの?」

「下手に文章の活動をやっていたら、こちらの表現にケチなどつけて、私の指示通りにタイピングして貰えない可能性がありますから。

 私の作品を知っている人だったら、質問とか沢山されて自分のペースで書けなくなりそうですし……」

「たしかにね」


 何も知らない相手なら、深く考えずに作業してくれると言う事か。

 頷いた僕を見て、ゆめさんが大きく息をついていた事は気になったけれど、ただ安心しただけなのだろう。僕の想像力が足りずに「それがどうしたの?」とか言い出せば受けてもらえるかわからないし、説明するのも面倒くさそうだ。

 相手が作家だというのであれば、僕のもう一つの目的も達成できるかもしれないから、ゆめさんの反応は些細な事に違いない。


「うん、手伝ってもいいよ。お金は別にいらないんだけど」

「ようやく答えてもらえそうですね。条件の萩原さんを否定しろって、どういう事なんですか?」

「ゆめさんは死のうとしている人を探していたって言っていたけれど、僕が死にたかった理由まで知っているの?」

「いえ。私は単純にそういった人を探していただけですから。

 幽霊になったからって、心を読めるようにはならないらしいです。

 霊感がないのに萩原さんが私を見ることが出来るのは、たぶん萩原さんが私の求めていた、未練解消を手伝ってくれる人だったからなんじゃないかなと想像してますよ」


 想像とは言いつつも自信たっぷりに胸を張るゆめさんは、実年齢――享年?――よりも幼く見える。

 だけれどその意見については、僕も同意なので突っ込むことはしない。


 ゆめさんが両親の所に行けなかったのは、両親が死のうとはしていないと分かっていたからだろう。娘の分まで生きるんだとか、娘のような被害者を出さないように尽力するんだ、とか言っていたのをテレビで見た記憶がある。

 考察は置いておいて、今はゆめさんに説明をするのが先かと、話を進める。


「僕が死にたかったのは、自分が社会不適合者だって嫌というほど、理解したからなんだよ」

「社会不適合者って、つまり社会になじむ努力をしなかったって事ですよね。言い訳っぽいです」

「早速否定してくれてありがとう」


 ゆめさんの言葉に耳が痛い思いながら、無理やり笑顔を作って応じる。

 否定してほしいというのは、別に否定されて、嬉しいわけでも、何も思わないというわけではない。むしろ、普通の人よりも、精神的ダメージを負っている自信がある。


「こうやって僕の考えを否定してくれたら、やっぱり僕は間違っているんだ、社会に適合していないんだって確認できるから頼んだんだよ」

「分からないです」

「分からない方が良いよ」


 理解されたら、ゆめさんもこちら側の可能性が出て来るのだから。

 理解されたら、きっと心が痛くなるから。

 何か言いたげな顔でゆめさんが「否定すればいいんですね」と確認するので、「意識しなくても、否定するんじゃないかな」と軽く返す。


「あと、もう一つ頼みたいことがあるんだ」

「私に出来る事なら良いですが、見ての通り出来る事ってほとんどないですよ?」

「これに関しては今すぐじゃなくていいし、出来ると思うからゆめさんの方がひと段落したら頼むことにするよ。長い付き合いになると思うからね」

「一冊書くだけでも、一か月以上はかかりますからね。急いで萩原さんにやってもらわないといけない事もありますし」

「やってもらわないといけない事?」

「はい、私の家に行って貰えませんか? 一応変装して」


 本人からの頼みとは言え、死んだ人の家に行くのだから、身元は分からない方が良い。ゆめさんの言葉に同意して、まずは変装用品を買いに行くことにした。

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