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幽霊作家  作者: 姫崎しう
18/21

18話 対峙

 来たる藤野御影との対面の日、天気は晴れ。

 九月に入ったと言うのに、全く秋らしさは感じない。強いていうなら、朝夕くらいは過ごしやすくなったが。

 藤野御影との対面はとても簡単なやり取りで決まった。ゆめさんのアドレスから『瀬良つぐみさんについて話があります』とメールを送り、返って来た文面は『最終巻の原稿をお持ち頂ければ、お会いします』と言うもの。


 その後、日時と場所を指定して、今日に至る。相手がどこまで分かっているのかは分からないけれど、決まったものは動くしかない。

 指定した場所は、よくあるチェーンの喫茶店。喫茶店と言えばマスターを思い出すが、あのサラリーマンと会った日以降顔を出していない。

 こちらは相手の顔を知っているので、先に喫茶店で待っていてもらい、あとからこちらがいく事になっている。


「ゆめさん、見てきてもらって良い?」


 喫茶店の近くまでやってきたところで、ゆめさんに藤野御影がいるか見てきてもらう。

 僕が先に中に入ってしまったら、待ち合わせの難易度は跳ね上がるし、相手の様子も先んじて知ることが出来る。

 機嫌が悪そうだったとしても、回れ右出来るわけではないが、心構えだけは出来る。


「店内奥の方の四人掛けの席で、余裕そうな顔で座っていました」

「余裕そうって事は、それだけ対策してきているのか、取るに足らないと思われているのか」

「あちらは大作家ですから、多少の事は揉み消せるのかもしれませんが、やる事は変わりませんよ。一応確認しますが、ちゃんと原稿は持ってきましたか?」


 忘れていたら滑稽だけれど、ちゃんと右手にずっしりと重い紙袋を持っている。

 一ページでも抜けていたら計画に支障が出るかもしれないので、昨日までに何度も確認もした。


「大丈夫みたいなら行きましょうか。こちら側は、常に冷静に、です」

「ゆめさんじゃないから大丈夫だよ」

「もお」


 頬を膨らませるゆめさんを横目に、喫茶店の中に入っていく。店員に一人かと訊かれたが、待ち合わせだと話して、入り口で注文まで済ませる。

 先導するゆめさんを追いかけて、たどり着いた先には、年齢相応のごく普通の女性が座っていた。以前調べた時に出てきた写真よりは、年を取っているかもしれない。

 テーブルの前で足を止めた僕に気が付いたのか、藤野御影が顔を上げた。


「初めまして、瀬良つぐみの関係者です」

「あなたが――。まあ、座ったら?」


 値踏みでもするようにこちらを見てくる藤野御影に、「失礼します」と断って正面の椅子に座る。


「早速で悪いんだけど、原稿を見せて貰えるかしら?」

「持ってこいとは言われましたが、見せるとは言っていませんよ?」

「では、こちらも話すことはないわね」


 こちらから切り出そうとしたのに、先手を取られ、相手のペースに飲まれている。

 話すことがないと言われた以上、原稿を差し出すしかなく、相手も本物の原稿なのかを確認するために無言の時間が過ぎていく。

 途中で頼んでおいたコーヒーが来たので、のんびり飲みながら待っていたのだけれど、隣のゆめさんが非常にイライラしているのが分かる。



 僕の邪魔をしないために黙っているのだと思うが、藤野御影を睨み付けたり、周りを飛んでみたりと、見ていて面白い。

 一時間ほどで読み終えたらしく、紙袋の中に原稿を戻して、テーブルの中央へと置いた。


「確かに本物みたいね」

「交渉する気で来ましたからね。成立した後に原稿が偽物でした、となったら意味がないですよ」

「交渉……ね。大方、デビューしたいとか、今までの作品を返せじゃないかしら?

 だとしたら、残念だったわね。出来ない相談よ。

 考えても見なさい? 今の人気は、藤野御影の名前があってこその人気。瀬良つぐみで売り出しても、売れなくなるだけだわ。それで彼女は生活できるのかしら?」


 勢いよく話すけれど、だんだんと論点がズレてきていないだろうか。

 僕が『瀬良つぐみ』だとしたら、騙されていたかもしれないけれど、どれだけ凄まれても僕の生活には関係ないし、ゆめさんの生活も苦しくならない。


「僕が言いたいことは、貴女が瀬良つぐみにゴーストライターをさせていた事を認め、彼女の名前でこの最終巻と既に書き上げてあるもう一作品を出版して貰う事です」

「嫌だと言ったら?」

「貴女が瀬良つぐみにさせていた事の証拠とともに、この原稿を出版社に持ち込みます」

「門前払いされるだけだと思うけれど。大体、瀬良つぐみさん、どうして彼女が居ないのかしら?」


 終始落ち着いた様子で、ペースを握らせてはくれない。こういう人を食えない人と言うのだろうか。


「彼女は亡くなりましたよ。春先に起きたバス事故知っていますよね」

「やっぱりあの時亡くなったのね。残念だわ」


 残念という顔には見えないのだけれど。むしろ、嬉しそうに見える。


「嬉しそうですね」

「あの子が亡くなったのは、本当に残念だと思っているのよ? ずっとあたしの下で働いて貰うつもりだったもの。でも、彼女は爆弾と一緒。上手く扱わなかいといけなかった。

 でも、もう爆発を恐れる心配はない。何より、あの子が自分の事を託した貴方が、こんなにも間抜けだったのだから、嬉しくもなるわ」


 藤野御影が僕に怪しげな笑みを見せる。


「こうやってあたしの前に原稿を持ってきてくれたのだもの、一応チャンスとして訊いておいてあげる。いくら払ったらいいのかしら?」


 たぶん、ここで彼女が許容する金額を言えば、原稿を渡してお金を貰って終わるだろう。

 彼女にはそれだけの余裕があるだろうから。だが、今の僕にお金は必要ではない。


「お金は良いので、瀬良つぐみの名前で出版するようにしてください」

「交渉決裂ね。貴方はまだ分かっていないようだから、何故あたしがさっき間抜けだと言ったのか教えてあげるわ。

 貴方、彼女のアドレスから、あたしにメールを送って来たわよね。彼女が亡くなった後で。

 春先に亡くなっているのだから、それ以降に来たメールは全て貴方の仕業。

 貴方、彼女に成りすまして、メールを送っていたのよね。なりすましは犯罪よ?

 亡くなったお友達の為に、あたしと共倒れする? その時には、あたしの全てをかけて戦ってあげるけど、貴方程度で勝てるのかしら?」

「それは……」


 真っ直ぐに藤野御影に向けていた目を、徐々に下に向けて、ぽつりと「どうしたらいいんですか?」と呟く。


「簡単。あたしがその原稿を持って帰るから、黙って見ていてくれたらいいの。

 そしたら、貴方は明日から、何事も無く暮らすことが出来るわ。

 原稿料って事でコーヒー代くらいは払っておいてあげる」


 前の席からがたっと立ち上がる音がしたので顔を上げる。優越感に染まった藤野御影は、伝票と原稿の入った紙袋を持って、歩き出した。

 じっと見る事しか出来ない僕の横を通る時、「貴方の頭がもう少しよかったら、小説のネタになったかもしれないのにね」と嘲るような声が聞こえて、藤野御影は喫茶店から出て行った。


 ゆめさんと二人になったので、疲れを身体から出すように、大きく息を吐いて、新しくコーヒーを一杯頼む。

 注文を聞いた店員が戻って行ったところで、ゆめさんが「よく耐えられましたね」と声を掛けた。


「耐えるしかないって言うか、不憫すぎて言い返せないと言うか。

 ゆめさんには悪いけど、まだいつかのサラリーマンの方がましだったよ」

「私もどうしてこの人の言いなりだったんだろうなって、疑問に思います。

 大体、何でなりすましメールを知った時に、してやったりみたいな顔をできたんでしょう? メール見られて困るは向こうのはずです」

「その辺は、共倒れだと自覚はしていたみたいだけど。それよりも、ちゃんとあの原稿を、出版社に送ってくれるかな?」


 ゆめさんに尋ねたところで、二杯目のコーヒーが運ばれてきた。

 マスターの所の半分ほどの値段だけれど、マスターの店でマスターとだべりながら、高いコーヒーを飲む方が僕の性に合っている。


「あの様子だと送るんじゃないでしょうか。勝ち誇った顔していましたし、締め切りは近いですし、萩原さんがこの後出版社に送らないと言う可能性も無くはないですから。

 というか、あれだけ原稿に執着していたんですから、送るでしょう」

「じゃあ、安心かな」

「あとは出版社が上手くやってくれる事を祈りましょう」


 ゆめさんの作戦とは、別に奇をてらったものではなく、先に出版社に全てを話すと言うもの。時間はあったので、一つ一つ丁寧に説明をして、話だけではなく、現実に起こる事で判断して貰う。

 要するに、既に出版社に原稿は渡してあり、全く同じ原稿、もしくは酷似した原稿が藤野御影から送られて来た場合、出版社としても彼女の不正を見過ごせなくなるわけだ。だから今の話し合いで僕がすべきことは、不審がられず原稿を持って行ってもらう事だけだった。

 穴だらけの藤野御影の言い分に、言い返したいことはたくさんあったのだけれど、気持ちよく原稿を持って帰ってもらうためにぐっと我慢していた部分も多い。


「藤野御影ってゆめさんの事を、結構信頼していた気もするんだよね」

「彼女が期待外れだったからって、やめてくださいよ。信頼って聞こえはいいですけど、要するに私が裏切る可能性を勝手に排除して、リスク管理をサボっていただけですよ」


 理由は何にしても、話し合いが楽に済んだことには感謝だろう。

 出版社の話し合いに置いて、瀬良つぐみと友達だという、曖昧な存在の僕を相手側は煙たがっていたが、データとは言え証拠が残っている事と、僕が持ちうるゆめさんから譲渡された権利を全て出版社側に渡す事で、話し合い自体はスムーズに進んだ。

 代わりに事実だった場合、最終巻と僕を題材にした小説――題材については伏せて、ゆめさんの遺作にしてあるけれど――の出版が確約されている。

 あとは、ただ待つだけ。出版社の人の話から、全てがこちらの想定通りになっても発売は来年の春になるらしい、またしばらく暇になってしまった。


「ゆめさんは、春まで何かしたい事ある?」

「萩原さんの生活費って大丈夫なんですか?」

「働いていた期間が三年半くらいで、実家暮らしでほとんど使ってなかったからね。

 今回色々使ったけど、今から一年くらいなら贅沢できるだろうし、質素に暮らせば二年以上いけると思うよ」

「だとしたら、しばらくは大丈夫なわけですね。

 でも何かしたいことと言われても、今はさっき意気揚々と帰って行った人が、全てを知った時の顔を見たいだけですね」

「それは叶えてあげられそうにないな」

「分かっていますよ。萩原さんは何かないんですか?」

「じゃあ、人に読ませる文章の書き方を教えてくれない? 日記を書いてみようかなと思っているんだよね」


 僕の頼みに、ゆめさんは一度ポカンと口を開けてから、「良いですよ」と無邪気な笑顔を見せた。

 コーヒーを飲み終わり、一杯分の料金を払って喫茶店を出たところで、ゆめさんが「あ」と声を出す。


「半年くらい暇ですし、萩原さんがやりたい事がなければ、旅行に行きませんか?

 文章を教えるくらいは、どこでもできますし。お金は私が出しますから」

「お金出すって、ゆめさんお金持ってないでしょ?」

「通帳は萩原さんが持っていますよ。私は月給方式でお金貰っていたので、萩原さんと出会ってから、先月分までのお金は入っているはずです」


 半年近く放置していたけれど、問題は起きていないようだし、本人が使っていいと言っているのだから気も咎めない。


「どうしようもなくなったら、使わせてもらうかもね」

「じゃあ、いつでも使えるように、暗証番号だけ教えておきますね」

 急に四ケタの数字を言い出したゆめさんは、本当にセキュリティ甘いなと思わざるを得なかった。


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