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幽霊作家  作者: 姫崎しう
16/21

16話 準備

 目が覚めるとゆめさんがこちらを見ていた。昨夜ゆめさんが家にいる事を了承し、「テレビをつけたまま寝ようかと提案したのだけれど、結局僕はいつものように寝る事になった。

 起きた瞬間に、誰かに覗き込まれる経験は初めてだったけれど、「おはよう」と冷静に挨拶する。


「おはようございます」

「覗き込まれていると起き上がれないんだけど」

「私幽霊ですから、ぶつかりませんよ」


 ニコニコ笑うゆめさんは、昨日までと雰囲気が違う。丸みを帯びた、というのが近いだろうか。物腰が柔らかくなったように感じる。


「僕が寝ているのを見ても、楽しくなかったでしょ?」

「萩原さんって、意外と寝相が悪くて、一晩くらいなら面白かったですよ?

 今夜はいつも通りにしようと思いますけど。ところで、何で私がいる事を許してくれたんです?」

「ゆめさんがいる事に慣れたかな。あんまりひどい寝顔だったとしても、ゆめさんに見つかっても、周りに広められる心配はないし」

「可愛い寝顔していましたよ?」


 ゆめさんの言葉はからかっているわけでもなさそうで、ペースを崩される。

 どんな顔をしていいのか分からないので、朝食を作ろうと立ち上がり、軽く支度をしてからキッチンに向かった。

 ゆめさんは以外にも、料理中は大人しくリビングで待っていて、適当に作ったオムライスに対して「朝からオムライスですか?」と笑う。


「玉子が昨日で期限切れていたから、使い切ろうと思っただけなんだけどね」

「玉子料理は他にもあると思いますが、期限切れているのに大丈夫ですか?」

「火は通しているし、切れたと言っても昨日だから、大丈夫じゃないかな?」


 ゆめさんも経験があるらしく、「確かに大丈夫ですけど」と歯切れ悪く返した。


「ところで、藤野御影の件、ゆめさんはどうしたいの?

 今までの作品を全部自分の名前にしたいとか。出来るかどうかは分からないけど」


 昨日の話は、ゆめさんがどうしたいかが明確に決まらないと、動きにくい。

 法律に明るくないけれど、ある程度はインターネットで調べられるだろうし、必要ならば弁護士に相談してもいいと思っている。


「その辺りは、なるようにしかならないと思いますが、今のシリーズくらいは私の名前になるのではないでしょうか。

 正攻法でいこうとした場合、私の名前を使うように訴える事は可能ですが、その場合証拠になるものが必要です。パソコンに証拠はありますが、簡単に弄ることが出来るデータは、証拠にならない可能性があるんですよね」

「ゆめさんの作品だと認められなかった場合、どうなるの?」

「その場合でも今書いた作品に関しては、著作権がこちらにあります。出版社が認めてくれたら、一冊は大丈夫でしょう。恐らく今の藤野御影では、最終巻を書き上げることが出来ませんから、時間の問題だとは思います。

 面倒を嫌って、出版社が出版を取り止める事は否定できませんが、人気作ですし心配はないでしょう」

「ゆめさんの事を、出版社は知らないんだっけ」


 むざむざ人気作を手放すよりは、小説の書けなくなった藤野御影に責任を押し付けた方が、出版社には得だろう。出版社も被害者ではあるのだから、躊躇う必要も無い。

 全てが上手くいかなかった場合でこれなのだから、さぞゆめさんも安心だろう。

 しかし、ゆめさんは浮かない顔をしていた。


「思惑が上手くいくかどうかは別として、一つ大きな問題があるんですよ」

「何かあった?」

「最終巻の権利って、萩原さんに帰属しますよね?」


 言われてみたらそうかもしれない。ゆめさんは亡くなっていて、いくらゆめさんの言葉をパソコンに打っただけだと言っても、信じてくれる人はまずいないだろう。

 世間からだと、僕がゆめさんのパソコンを使って、作品を書いたように見える。

 ゆめさんのパソコンを使っていた事に関して言えば、譲り受けたとか、こういう事になった場合に頼まれたとか、言い訳は出来るだろうけど、公的にゆめさんが死んだ後に書かれたものに対して、ゆめさんの作品だと証明できるものは何もない。


「だったら、ゆめさんの遺作にしたらいいんじゃないかな?

 生前パソコン類と共にゆめさんに託された、って事にしてしまえばゆめさんの作品になるよね」

「虚偽報告をすることになりますが、萩原さんは良いんですか?」

「良くはないけど、ゆめさんの作品なんだから、ゆめさんの名前で出すのが当然って考え方もあるし。この場合って、権利はどうなるの?」

「萩原さんに著作権を譲渡したことにしたら、私が書いた事を示す著作者人格権だけが、私に残って、あとは萩原さんに移る事になりますかね」


 つまり、大方の権利はこちらに来るのか。

 だとしたら、出版社側と話し合う事になった時に、楽になるかもしれない。


「ところで、正攻法を使わない場合はどうするの?」

「週刊誌に、メールの内容等を送り付けます」

「なるほどね」


 大作家のスキャンダルなのだから、週刊誌が飛びつかない訳がない。

 あとは野となれ山となれ。週刊誌や世間が勝手に動いてくれるだろう。


「まだ決めないといけない事は多いけど、ひとまず行動を起こすための準備をしに行こうか」

「萩原さんに訊きたいことがあるので、質問をしながらでもいいですか?」

「ちょっと買い物に行くだけなんだけど、構わないよ」


 話が纏まったところで、着替えて出かける事にした。




 季節も夏に差し掛かって来たこの頃、日差しに当たると流石に暑い。

 空を見上げるまでも無く、遠くの山の真上辺りに入道雲も出来ていて、見た目としても夏らしさが出てきた。

 とは言ったものの、夏と呼ぶにはまだ早く、暑さは日に日に増していくだろう。

 僕の服も半袖に変わったが、ゆめさんの服装は春に出会った時のままだった。

 わずかでも涼をと思い、遠回り覚悟で川沿いの道を歩いている時に、ゆめさんに尋ねてみた。


「純粋な疑問なんだけど」

「何ですか?」

「ゆめさんって、服とか変えられないの?」

「私が年中似たような恰好をしていたせいか、変えられないんですよね。

 自分の中でしっくりきていたら、駄目なのかもしれませんし、そもそも変えられないのかもしれません」


 幽霊の基準だとしっくりくるとか、いつもと同じ状態というのが一つのポイントなのか。

 キラキラ光り、時折白波を立てる水面を眼下に見下ろす。

 半袖の子供がバシャバシャと水を蹴りながら遊んでいる姿や、釣糸を垂らしている老人の姿もあり、心が穏やかになっていくのが分かった。


「一つ、質問をしてもいいですか?」

「いいよ」

「萩原さんをモデルにした小説で、萩原さんは何を伝えたいんですか?」

「僕のような人間を、二度と作ってはいけない。かなあ……」


 僕のような人間になっても幸せにはなれないと、死ぬ前に出来れば少しでも多くの人に伝えるのが、最後に僕がやりたい事だから。

 ゆめさんは何か言いたそうに、こちらの様子を窺った後で、諦めたようにため息をついた。


「まあ、感じ方は読み手次第ですからね」

「来る前に訊きたいと言っていたのは、今の質問?」

「はい。そろそろ、文字に起こさないと。締め切りまでに書き上げた方が、今後動きやすそうですからね」

「どんな話にするつもりなの?」

「ここ最近起こった事を、だいたいそのままって感じですかね。

 折角ですし、ゴーストライターの件も書こうかなって、思っています。話を進めるにあたって、イレギュラーがあると展開が楽になりますから」

「ゆめさんが、イレギュラーでゴーストライターだ、と。これ以上にないくらいピッタリだね」

「幽霊で作家でゴーストライターですからね。我ながら、ネタに溢れていると思いますよ。

 他の登場人物も含め、脚色して、名前も変えて、誰が誰だか分からなくしますし、例えばマスターさんの職業を花屋さんとかに変えるくらいの事はしますが」


 マスターが花屋だとしたら、僕は花屋に通い詰める男になるわけか。

 月一回ペースだから、良く行く程度かも知れないが、その辺はゆめさんのさじ加減。


「でも、萩原さんだけは、そのままの性格で書いていいんですよね?」

「何だったら、名前もそのままでもいいけど」

「萩原さんについては、萩原さんにお任せしますので、私が書き始めるまでに決めておいてください。

 執筆中も出来る限りは萩原さんの意見を入れますが、買い手がいる話になるので、どうしても話の面白さを優先しないといけない事がありますから、ご了承ください。

 そう言えば、何処に行くんですか?」


 ゆめさんから質問が出た時には、川沿いからだいぶ外れていた。


「ハードディスクとか売っていそうなところかな」


 要するに家電量販店なのだけれど、ゆめさんは理由まで察してくれたようで「バックアップを取るんですね」と話を進める。


「可能な限り、ゆめさんのパソコンは、表に出さないようにした方が良いと思ってね」

「私も同意見です。手元に原データがなければ、改変される可能性は否定できませんから」

「あと、まだ発表していない作品については、権利をこちらに確定させたいんだけど、何かいい方法ないかな?」


 素人考えだけれど、人気作家を相手に喧嘩を始めるようなものだから、地盤は確実に固めておきたい。行動するときには、相手がどんな行動をとっても既に手遅れの状態にしておくのが、理想ではある。

 ここまで念を入れる必要はないかもしれないが、どうせ時間はあるのだから、しないよりはした方が良い。

 ゆめさんは良い案があるのか、指を立てて話し始めた。


「製本して、郵便局で消印を押して貰えばいいでしょう」

「消印?」

「著作権とは違いますが、消印には公的な証明能力がありますから、消印の日付にはその作品が存在していたと証明できます。

 この後で名前を変えて出版されても、訴えるには十分な証拠になるでしょう」

「その場合封筒とかじゃ駄目だよね?」

「郵便局の受付で言えば、押して貰えますよ。その時には郵送せず持ち帰る事も出来るらしいですから、製本後の冊子に直接押して貰えるはずです。

 製本作業はもっと手間がかかるかと思いますが、道具さえ用意したら、個人でもできますね。ネットで調べたら、すぐ出て来るんじゃないでしょうか?」


 言われた通り、携帯で調べてみたら、すぐにやり方が出てきた。とりあえず、必要なものをコピーしてメモ帳に保存しておく。

 家を出て三十分は経っただろうか、ようやく目的の家電量販店に着いたので、クーラーの効いた店内に逃げ込んだ。


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