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幽霊作家  作者: 姫崎しう
15/21

15話 彼女の正体

 周りを気にしないで良いと言う事で、結局自分の家に帰ってくる。

 テーブルを挟んで二人で座り、ゆめさんが何か言い出す前に、話すことにした。


「別に怒っていないわけじゃないんだよ」

「そんな風には見えませんでしたけど」

「特に『意味わからない』って言った時とか、若者全体の話に波及させた時とかはカチンときたけど、なかなか怒るのって難しいんだよ」

「どういうことですか?」


 不機嫌そうに尋ねるゆめさんを見つつ、上手く話せるかと少し心配になる。


「さっき、ゆめさんはあの人が僕の事情を知らないで、みたいな事言っていたよね」

「知っていたら、あんなこと言えないはずです」

「確かに相手の事を考えるのは大事だと思うんだけど、考え過ぎると何も言えなくなるんだよ。

 これは考え方の話になるんだけど、例えば漫画家になろうとする子供を止めるべきかどうか。子供には安定して貰いたい、不安なく幸せに生きて欲しいから、不安定な漫画家を目指してほしくない。子供の夢だから、自分たちが出来る範囲で精いっぱい応援したい。

 これはどちらも等しく親心だと思うんだよね。

 ゆめさんはどちらが正しいと思う?」

「私としては後者ですが、どちらも言いたいことはわかります」


 多数意見としては前者だと思うのだけれど、ゆめさんは小説家だからか。でも、立場がはっきりしていることは、良い事だ。


「どちらのメリットもデメリットも考えて、結局動けなくなるのが今の僕になるんだよ。

 状況は変わるけれど、今日の人もこちらの事情も知らずにとか、言っている事は一理あるなとか、考えるから怒るに怒れないんだよね。

 場所が変われば、男性が言っていた事も真になるんだし」

「相手を考え過ぎて、何も言えなくなるんですね。

 では、萩原さんのあの男性に対する、率直な感想を教えてください。思う事はあるんですよね?」


 物語にする以上、裏で僕がどう思ったのかというのは必要なのはわかるので、出来る限り答える事にした。


「印象は良くないよね」

「あれで良いって人は居ないと思います」

「仕事が上手くいって嬉しいのは分かるけど、場所は選ばないとね。

 感情のままに好き放題発言するのは、大人のやる事じゃないなと思う。

 特に今回は赤の他人相手だし、他にも客のいる店の中だったしで、目も当てられない。

 話した内容については、一意見としてもっともだと思うところもあるけど、漫画を書く事を『意味わからない』って言ったのは、カチンときたかな。

 全てに理解を示せとは言わないけど、自分に興味がない事を全て無意味にして、切り捨てるのは流石に視野が狭すぎる。思うのは仕方ないとしても、本人の目の前で言って良いわけじゃない。

 ただ、漫画家を目指すにあたってのリスクは、否定できない。どの仕事だってギャンブルだけど、漫画は一段とギャンブル性が高いだろうし」


 こんな所だろうと、話を止めたら、ゆめさんが「で」と何かを促す。

 何を言いたいのか分からずに首を傾げたら、「萩原さんが言われた事に対してはどうなんですか?」と続いた。


「僕自身に言っていた事は大方、そうだろうなって感じだったよ。

 今の僕を受け入れてくれる会社はないと思うし、自分のお金とは言え、無職でフラフラしていて両親には申し訳ないとも思うし。

 あの人が言っていたような若者も、世の中それなりの数居るだろうしね。

 でも、『若者』で括る必要はないよね。僕は無職だけど、ゆめさんは小説家として立派に働いていたわけだし、マスターも少規模ながらお店を経営している。この三人だけみても、一つにまとめられるわけない。テレビを見たらスポーツ選手は、僕らより年下で、世界と渡り合っているしね」

「それだけですか?」

「あとは『社会の荒波』って言葉が好きじゃないってくらいかな」

「社会の荒波、ですか?」


 ゆめさんの小難しい表情が、久しぶりに疑問に塗り替えられる。


「僕は、社会に荒波が必要な理由が、分からないんだよね。

 既に現実の壁が存在しているんだし、さらに荒波何て起こしたら溺れるんじゃないかな」

「説明して貰っていいですか?」


 ゆめさんが、僕の事を理解しようと真っ直ぐな目を向ける。


「見方によっては、現実も社会も変わらないのかもしれないんだけど、現実の壁って言うのは要するにその人の限界かな。

 例えばつきたい職業につけなかったとか、どうしても自分には出来ない事があるとか。努力が報われなかったって感じなのかな。現実だから起こり得る、不測の事態とかも入れて良いかもね。

 対して社会の荒波は、人為的な理不尽ってイメージ。ミスをしたから怒るとかではなく、上司のミスを押し付けられるとか、イライラをぶつけられるとか、自分の手柄を上の人間にとられるとかね。公的なルールを違反している場合もこっち」

「私としては全部ひっくるめて『社会の荒波』だと思いますけど」

「要するに、他人には政治や社会のせいにするな、と言いつつ、自分の言動については社会の荒波って言葉で片付けようとする人が一定数居るってこと。

 大体自分の時は荒波だったから、次の世代は小波くらいにしようとした方が、生き易いと思うんだよね」


 僕の言葉を聞きながら、言う事を考えていたのか、ゆめさんが僕の話の短い間で「苦労は買ってでもしろ、って言いますよね」と意見を述べる。


「ルールの範囲内での苦労なら、すべきだと僕も思うよ。でも実際は苦労し過ぎて、死という結果になる人もいる。

 世代が変われば、教育や社会も変わるだろうし、教育が変われば、基本となる考え方も変わる。考え方が違えば、それぞれ違った悩みが出て来る。

 世代、もっと言えば個人個人で、苦労する事も違うのに、上の代の苦労まで背負ったら潰れると思うよ。

 子供の時に言われなかった? 自分がされて嫌なことは、他人にはしちゃいけないって。自分が大変だったんだから、お前も大変であるべきだって言うのは、変な話じゃないかな?」


 こちらが畳みかけるように言ったからか、ゆめさんが言葉を探すように、一点を見つめている。

 このままゆめさんの言葉を待ってもいいのだけれど、変な考えに行きつかれても困るので、先に求める答えを提示することにした。


「まあ、僕が言っている事だから、理想論だとか妄言って事だけどね。

 多くの人は潰れる事無く働いているわけだし、それで社会は回っているんだから」

「確かに萩原さんの考えは、理想論です。穿った見方をすれば、理想論を盾に、社会が思い通りにならない事をごねているだけです。

 ですが、萩原さんは傷ついたんでしょうから、私の前でくらい、怒っていいじゃないですか、悲しんでもいいじゃないですか。

 それとも、私がいるから、感情を見せられないんですか?」


 まるで今にも僕がストレスか何かで壊れてしまうのではないかと言わんばかりに、ゆめさんは必死だけれど、多分僕はゆめさんと出会った時には既に壊れていたように思う。

 でも、出会って数か月だけれど、四六時中一緒に居た事もあってか、僕の身を案じてくれるようになった事は、素直にうれしい。


「あの人に対して怒ると、僕はゆめさんを怒らないといけないから」


 だけれど、どうして怒らないのか、という問いに対して、ゆめさんを納得させる解答を出せる気がしないので、過去の事に逃げる。

 急に自分に矛先が向いたためか、ゆめさんが目を丸くした。


「私、ですか? 確かに出会った日には、失礼な事を言ったかもしれませんが、萩原さんだって、自分の事を否定してほしいって言っていましたよね?」

「僕が言いたいのは、締め切り直前の時の事だよ」

「何かありましたっけ……」


 ゆめさんが考えるに宙を見つめる。

 もしかしたら思い出すかもしれないけれど、話を進めるためにこちらから教える事にした。


「イライラしたゆめさんが、散々僕を罵倒したうえ、早めにした方が良いと何度か話したのに、『何でもっと早く言ってくれなかったんですか』みたいなことも言われたかな」


 ここまで言えば、ゆめさんも思い出したらしく、だんだん血の気が引いて行く――血は通っていないはずだけど。

 僕の言葉にゆめさんがどう反応するかは、全く予想が出来なかったけれど、不思議と動揺も不安も無く、むしろ「ごめんなさい」とゆめさんが頭を下げた事に驚いてしまった。


「謝る以外にも何か言わないといけないんでしょうけど、何を言っても言い訳になりそうで、ごめんなさい」

「良いんじゃないかな、言い訳しても。ゆめさんが置かれた状況を考えれば、仕方がないって、分かってくれる人はたくさんいるだろうし」

「萩原さんは、私を嫌わないでいてくれるんですか?」


 僕の名前を強調したゆめさんの言葉は、怯える子供のように震えている。

 僕がいなければ、小説は勿論、ゆめさんがこの世界のモノに関与することが出来なくなるからか、別の理由があるのか、理由は分からないけれどそう怯えなくても僕がゆめさんを嫌いになる事はないだろう。


「僕が何も言わなくても、今回の締め切りには余裕を持ってくれていたからね。ゆめさんにも本当に予想外の出来事で、我を失っていたって事くらい、僕でもわかるよ。

 一回の行為で、その人を判断するのは、大人じゃないと思うしね」

「だから、嫌わないんですか?」

「嫌いになるなら、とっくに嫌いになっていると思うけよ。あの日から、どれだけ経ったと思っているの?」


 嫌いな人と、四六時中、一緒に居られるわけがない。

 深刻に思われても困るから、軽く返したのだけれど、何故かゆめさんは決意を固めるように、真面目な顔をした。


「私、ずっと黙っていた事があるんです」

「藤野御影についてだよね」

「はい。彼女に対する事で、嘘をついていました。私は別に、彼女のファンじゃないんです」


 一瞬その程度かと頭をよぎったが、ゆめさんが藤野御影のファンでないとしたら、おかしな点がいくつもある。

 一つにゆめさんの家の机の上に、藤野御影の本が置いてあったこと。これはたまたまかもしれないが、一冊だけ置いてあった事は少し気になる。

 次に、僕に藤野作品を読ませようとしなかったこと。自分がファンだから、似ている部分もあるという言い分が、まるっきり意味をなさなくなる。


 ゆめさんが、藤野作品の暗号を覚えていたのも気になる。何せ、パソコンのパスワードや、編集とのやり取りでも、この暗号を応用したものを使っていたのだ。よほどの事がないと、パスワードにまで使わないだろう。


「気になる事があれば、あとから質問してくださって構いませんので、話を進めますね。

 今の藤野御影は、私なんです」

「今の、ってどういう事?」


 まるで昔は違ったと言いたげで、理解が追いつかない。そもそも、藤野御影とゆめさんが別人だと言う事は、だいぶ前に確認済みなのだ。

 だが、ゆめさんが藤野御影だとしたら、先ほどの疑問はすべて納得できる。

 自分の作品だから近くに置いていたし、パスワードにも使った。

 自分が藤野御影だと、ばれるわけにはいかなかったから、僕に藤野御影作品を読ませたくなかった。


 今宮さんによると、藤野御影は若返った、と言う噂があるらしい。これが冗談ではなく、事実で、若返った姿がゆめさんだとしたらどうだろうか。いや、仮にそうだとしても、今まで自分が藤野御影だと隠す意味はない。

 何より、目の前に幽霊がいるとは言え、仮にでも考える事ではないか。

 だいたいゆめさんには編集が付いているのだ、登録名はおかしかったけれど。確か『N・U』だっただろうか。


 ゆめさんが答えあぐねている間に、色々考えてみたけれど、何処か的を射ない。でも、もう一歩で上手く考えが纏まりそうな、もやもやした感覚。


「萩原さんは、ゴーストライターって分かりますか?」


 しかし、ゆめさんの言葉で、何かがカチリとはまった気がした。

 N・Uを例の暗号に当てはめたら、『M・F』になる。このイニシャルから浮かぶのは、『Mikage Fujino』つまり『藤野御影』。


「ゆめさんは、藤野御影のゴーストライターをしていたんだね」

「おっしゃる通りです。萩原さんに、送ってもらっていたメールの相手が、彼女になります」

「どうしてゆめさんが、ゴーストライターをやっていたの?」

「私が小説の新人賞に、作品を応募したことがきっかけです。

 とても自信のある作品だったんですが、一次審査すら通らずに落選しました。

 その時の審査員の一人に、彼女が居たんです。一次審査すら通らなかった私の作品を、どこで読んだかはわかりませんが、私の所に連絡が来ました。

『本来受賞する事も出来たであろう貴女の作品が、このようなところで埋もれるのはもったいない』みたいな感じでしたね」

「そこからどうして、ゴーストライターの話に?」

「藤野御影の名前を使い、彼女が出版社と連絡を取る事が、出版するための条件だったんですよ。

 より多くの人に読んでもらうにはこっちの方が良いとか、ゴーストライターなんて沢山いるから大丈夫だとか、時が来たら私の名前を使って出版させて貰えるとか、パッと聞いたところ、自分が添削もするから藤野御影の名前で経験を積んで、力が付いたところで、私の名前でデビューさせて貰えるって感じでした」

「怪しいね」

「怪しいですが、当時も十分に有名だった藤野御影先生が自分の作品を認めてくれたんだって、舞い上がっていましたから。

 その状態で、このチャンスを逃したら次はいつ来るかはわからない、もしかしたら一生来ないかもしれない、と伝えられて断るなんて考えもしませんでした。

 今考えると、自分の作風が受け入れられず、かつての人気を失ってしまったから、扱いやすそうな作家志望の人を育成して、飼い殺す気だったのでしょう。

 ゴーストライターは、悪い事だとも説明されましたが、ある程度は向こうでフォローするし、私は家族や友人にばれないように気を付ければ良いとの事で大丈夫と踏んだんですよね」

「一人暮らしをしていたのも?」

「家族や友達と距離を置いて、ばれる可能性を少しでも減らすためです。

 私が藤野御影のゴーストライターをしている証拠になるものは、パソコンの中にしかなく、何に置いてもパソコンを死守するように、仕掛けがありました」


 脱出ゲームのような鍵なども、その一環と言う事か。

 ゆめさんに何かあったとき、藤野御影だけはそのパソコンを回収できるようにとか、そういうことまで考えていたのかもしれない。


「でも、パソコンのパスワードは、暗号を流用しているよね。パスワードだけじゃなくて色々なところでも使ってそう」

「気が付いていたんですか?」

「パソコンのパスワードは、キーボードの左右を入れ替えているんだよね。

 メールの暗号もローマ字で同じことをしていて、相手が編集の人じゃないから『あなたは編集』って送る事で、今後の立場を明確にしつつ、自分が普段とは違う状況にある事を伝えていたってことかな?」

「そうですね。何かと使いやすかったんですけど、萩原さんにばれたのだったら、新しい暗号を考えないといけないです」

「僕も偶々分かっただけってところはあるけどね」


 マスターが暗号を出してくれなければ、ゆめさんのメールの暗号を解こうという気にすらならなかったかもしれない。

 でも、仮に暗号を解いていなくても、この場で僕の理解が少し遅れた、程度の違いしかなかっただろうが。


「何にせよ、私は萩原さんを騙して、犯罪の片棒を担がせていたわけです」

「何も知らなかった僕が罪に問われるかは、分からないけどね。

 それでどうして、ゆめさんはこの事を、僕に話したの?」


 ゆめさんが僕を騙していた事に対して、僕が怒ると言う事はないけれど、疑問には思う。初めは黙っておくつもりだったんだろうし、何故ゆめさんは心変わりをしたのだろうか。


「きっかけは、萩原さんが正直に私のしたことを話してくれた上で、嫌わないって言ってくれたからです。

 理由としては、萩原さんとの約束を全うするためと、私の未練をなくすためです」


 僕との約束と言うと、僕の小説を書いて貰う方だろう。ゆめさんの未練は本を完成させる事だったはずだが、ここまでの話を聞けば分からなくもない。


「藤野御影に復讐でもするの?」

「復讐のような形にはなると思いますが、別に復讐したいってわけじゃないですよ。

 私の未練はあくまでも、本を書く事ですから。加えてちょっとだけ欲が出ただけです」

「ゆめさんの名前で、本を出したいんだね」

「幸い最後の一冊は、彼女の元に行っていません。この一冊くらいは私の名前で出したいですね。萩原さんの本も含めて、二冊になると思いますが

 萩原さんの本を出す時にも、やはり藤野御影は大きな障害になります。

 逆に彼女の不正を暴くことが出来た場合、話題性が生まれますから、当事者である私が書いた、萩原さんの本を出したいと言ってくれる出版社は出て来るんじゃないでしょうか」


 人気商売に置いて、話題性がいかに大きな役割を果たすかは、テレビを見ていたら何となく分かる。ありのままを公表した場合、ゆめさんが悪役なる可能性は低く、本人が亡くなっているという情報まで入れたら、お茶の間を騒がすには十分すぎるだろう。


「私が藤野御影のゴーストライターをやっていたという証拠は、パソコンの中に全部ありますから、不可能ではないはずなんです。

 勝手なのは分かっていますが、手を貸していただけませんか?」


 ゆめさんが深々と頭を下げる。


「未練の解消を手伝うって、約束したよね。ゆめさんの未練をなくすために必要な事なんだから、頭を下げる必要はないよ」

「どうしても頭を下げたかったんですよ」


 呟くように話すゆめさんに、こちらも「そっか」と呟いて返して、「明日また、どうすればいいか考えようか」と話を終わらせる。

 ゆめさんも「わかりました」とすぐに同意してから、「今夜は此処に居てもいいですか?」と尋ねてきた。


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