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幽霊作家  作者: 姫崎しう
14/21

14話 荒波

 ゆめさんに言われていった旅行から、帰って来た次の日。

 今日は何も予定はないとの事だったので、マスターの喫茶店にやって来た。

 カウンター席に座り、名も知らぬいつものコーヒーを傾けつつ、マスターに語り掛ける。


「真面目な話をする時って、どう切り出していいか分からないよね」

「俺と真面目な話をしたいのか?」


 からかうようなマスターの反応は、全く真面目な話をする気がないと見える。


「マスターに話すことはないんだけどね」

「俺の時はどうしてたっけか」

「ああ、マスターが良く僕に相談していた時ね」

「あの時は真面目な話だっただろう」


 こうやって店を出すにあたって、出すべきか出さざるべきか、くらいから相談を受けていたから、真面目じゃない方が可笑しい。僕の側としては、具体的な話も無かったので、ここまで大きな話だとは知らなかったのだけれど。


「マスターの方から、いきなり電話がかかって来て、えらく真剣だっただけなんだけど」

「じゃあ、萩原も真剣に話したらいいんじゃないか?」

「改まると、なんか言い出しにくいんだよね」


 ゆめさんも急に真剣になって僕の仕事の事を尋ねてきたけれど。いざ自分がするとなると、何かのきっかけが欲しくなる。


「萩原がそう言うなら、タイミングが来るのを待つしかないだろ」

「だよね」


 語尾を伸ばしてやるせなさを表現する。

 隣で、目の前に置かれたコーヒーカップに何かできないか、と試しているゆめさんに話したい事なので、真面目に、ではなくても早く伝えてしまうのもいいかもしれない。


「ところで、やっぱり隣を陣取るんだな。しっかり椅子まで引いてさ」

「コーヒー二杯頼んでいるから、許してよ」

「コーヒー好きとしては、二杯とも味わってほしいんだが」

「……ちゃんと飲むよ」


 ゆめさんが飲めたら、せめて味を感じることが出来たらとは思うのだけれど。


「幽霊が居るんじゃなかったのか?」

「居るよ。飲めているのか分からないけど」


 マスターがからかうので、本当の事を言う。マスターは事実だとは思っていないだろうけれど。

 話を聞いていたゆめさんが「味もしないです」と、僕の方を見る。


「味もしないって」

「コーヒーを味わうことは出来ないなんて、幽霊も大変だな」


 なんともマスターらしい感想に、笑いが洩れる。

 マスターは乗ってくれているけれど、本当に幽霊がいると知ったらどんな反応をするのだろうか。

 益体のない事を考えていたら、ドアベルが鳴って、別の客が入ってくる。

 声から察するに、男性二人のグループで、一人が「今日の商談は上手くいったな」と機嫌が良さそうに大きめの声を出し、もう一人が「流石です」とへつらっているので、営業に出ていた上司と部下のペアなのだろう。入ってくるなり、大きな声を出す男性に良い印象は持てなかったので、様子を窺いつつマスターを手招きする。


「何かあったら」

「守るのは従業員、だろ?」


 ひそひそと、僕とマスターが話している間に、今宮さんが注文を取りに行く。

 マスターに注文を取りに行くよう言えば良かった、と思っても後の祭り。

 穏便に済むことを祈って、今宮さんの様子を窺う事にした。

 しかし悪い予感と言うものは当たるもので、注文を取っている今宮さんを壮年の男性が品定めでもするかのように眺める。

 注文を取り終え、こちらに戻ってこようとした今宮さんを、上司と思われる方の男性が「君」と引き留めた。


「どうなさいましたか?」

「君、バイトだろう?」

「はい、そうですが……」

「学生か?」


 どこか上機嫌で、厭らしい男性客とは対照的に、今宮さんはやや怯えたように見える。


「いえ、バイトをしながら、漫画家を目指しています」

「へえ、漫画家ねえ。漫画なんて描いて何になるの?

 そんな意味分からない事するくらいなら、ちゃんと就職した方が良いよ?

 自分の子供が、漫画家になりたいなんて言い出したら、オレは子供の神経を疑うね。同じバイトをしながらだったら、資格を取らせるよ」


 怒りからなのか、恐怖からなのか、今宮さんが下を向いて震えている。

 聞いている僕も、内からどす黒いものが湧き出してくるのが分かった。

 助け舟を出す前に、大きく深呼吸をして冷静になろうとしていたら、幸いにも男性の注目がこちらに向く。


「そこの君もそう思うだろう?」

「僕ですか?」


 答える前にマスターに目で合図を送る。


「そうそう」

「僕としては、彼女は偉いと思いますけどね。自分は今無職ですから」


 先ほどまでは軽く話を振って、同意を得られればいいと思っていただけだろう男性が、今宮さんよりも立場の弱そうな獲物を見つけて、完全にこちらを向く。

 男性の視界から外れた今宮さんを、マスターが裏に連れていくのが見えたので、一応ミッションコンプリートだろう。


「無職って、君。学生って年齢でもないだろう?」

「そうですね。卒業してから、三年以上たったんじゃないですかね」

「三年も無職してるのに、こんなところでフラフラしてるとか、君の両親に同情するよ」


 男性がわざとらしく、でこに手を当てて、天井を仰ぐ。

 饒舌な男性の話は既に間違っているけれど、何も言わずに耳を傾ける事に徹した。


「オレなんて、今日も大きな商談をまとめて、社会に貢献してきたってのに、最近の若者ときたら。

 こうなったら、オレが説教してやらんとな。どうせ、社会に出るのが怖いとか、自分にはもっと能力があるんだとか言ってるんだろう?

 で、社会が悪い、政治が悪いって人のせいにして、若い奴は皆そう。

 オレ達だって、社会の荒波の揉まれて来たんだから、君達も文句言わずに揉まれなきゃ。

 じゃないと、オレみたいな立派な大人になれないよ」


 一気にしゃべったせいか、男性が一度話を区切って、大きく呼吸をする。

 話している間、男性を刺激しないように、相槌を打って殊勝な態度を心がけた。


「まあ、君みたいな人を、受け入れてくれる会社はないだろうけどね。

 君に限らず、若い子ってのはどうもやる気を感じられない。言われた事しかしないし、すぐにわからないと言うし、何かと休もうとするし。

 オレにしてみれば、新卒なんて入れるだけ無駄。若者がやった仕事なんて、申し訳なくて勧められないし、こっちから願い下げだね」


 いつの間にか立ち上がり、こちらに近づいて来ようとしていた男性の隣を、マスターがスッと通り抜けてテーブルに向かった。

 椅子に取り残されていた、若い部下が、居心地悪そうにキョロキョロしている。

 マスターは、丁寧にカップをテーブルに乗せてから、営業スマイルで話し出した。


「願い下げされるような、若者の作ったコーヒーです。お口に合わないかもしれませんが、お召し上がりください」


 マスターの声に壮年の男性は冷静さを取り戻したのか、一度咳払いをする。

 自分以外若者しかいない状況を把握して、助け舟を求めるように部下を見るが、当の部下も若者の一人。

 何も言えない部下を前に、とうとうどうする事も出来なかったのか、壮年の男性は「こんな所二度と来るか」と逆切れして、喫茶店を飛び出していった。


 取り残された部下はまだ熱いだろうコーヒーを一気に飲み干し、申し訳なさそうに伝票を持って、レジへと向かう。

 淡々と会計を済ませるマスターに、部下の人が「申し訳ありませんでした」と頭を下げた。

 マスターは人懐っこい笑みを見せて、「こちらは気にしていませんので、今度は是非おひとりでお越しください」と御釣りとレシートを渡す。

 最後に僕にも頭を下げた彼が扉から出ていくのを見送ったところで、喫茶店に安堵が満ちた。


「今宮さんは大丈夫だった?」

「初めはショックみたいだったけど、今は怒ってる」

「まあ、落ち込んでいないなら、良いのかな」

「今日は萩原がいて助かったよ。正直俺はテンパってたからな。それから、腹立った。

 下手したら、掴みかかっていたかもしれん」


 マスターの声はまだ怒っているようで、僕がいなかったらきっと掴みかかっていたんだと思う。


「暴力は駄目だけど、従業員を守るっていう意味では、やっちゃっても良かったかもね。

 こればかりは、どうするのが正しかったのかって言うのは、一概には言えないし」

「対処方法を、香穂ちゃんと考えないとな。って事で、香穂ちゃん。もうそろそろ大丈夫?」


 裏に向かって大きな声を出すマスターに答えるように、今宮さんが姿を見せた。

 マスターの言っていた通り、落ち込んでいる様子はなく、今は憧れの眼差しをマスターに向けている。


「マスター、さっきはありがとうございました」

「店長としては、従業員を守らないといけないからね」

「でも、ありがとうございます」


 マスターにひとしきりお礼を言った今宮さんが、今度は僕の方を向いた。


「萩原さんも、ありがとうございました。でいいんでしょうか?」

「僕は偶々居ただけだからね。何にもいらないけど、何かあった時にマスターの事よろしくね」

「はい」


 今宮さんから良い返事を聞けたところで、椅子から立ち上がり、ゆめさんの分のコーヒーを一気に飲み干す。


「帰るのか」

「やっぱり二杯目は味わえなかったよ。悪いね」

「今日は仕方ないさ。次来た時には、ちゃんと味わえよ」

「はいはい」


 コーヒー二杯分の会計を終えて、喫茶店を後にする。

 まだ明るい空の下、道を歩きながら、現在進行中の問題に目を向けた。


「何でゆめさんが怒っているの?」

「萩原さんが怒らないからです。なんで怒らないんですか」

「それは、僕の代わりに怒っているの? それとも、僕が怒らない事に怒っているの?」

「どっちもです。萩原さんの事情も知らないからって、好き勝手言われたんですよ?」


 僕以上に怒っているゆめさんが、何だか可笑しい。

 このまま有耶無耶にしてしまってもいいのだけれど、良いタイミングかなと思い「場所を変えて良い?」とゆめさんに問いかけた。


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