2-3 Void Structure:3
「世界の、運営。」
真面目に話してさえくれれば受け入れる事はできた。咀嚼に時間は掛かりそうなので反芻して、厳かな雰囲気を纏ってみせる百面相に見入る。実体験は実地で済ませてきたのだから。シュウは頷く。
「実はね、よくある『神様の手違い』ってね、嘘なの。小説を書いているんならわかるよね、シナリオの視点を持っている主人公は、世界に対して異物であることが望ましいから、」
「説明を求めても不思議ではない存在として無知であるほうが扱いやすい、って話だね。今オレがそうであるように。」
「そ。だから、素質はあるけど無関係な環境にいる少年少女、能力が活かせず逃げ場のない中年をとりあえずぶっ殺して、後戻りできないようにすることで無理やり主人公に『成って』もらうの。かつ、社会的地位がある人間がそれを慣習的に実行すると問題になるから、後腐れがない存在が必要だった。それが『神様』」
「身も蓋もない事を。」
頭が痛くなる。そんな理由で殺される方は溜まったものではない。…と、顔に出しまったのだろう。すまし顔をしていた女神様が床に降りてきて、ちゃぶ台を挟んで正座。
「繰り返すけど、君の場合はまじで事故死だから。全部が全部ボクが言った通りとは限らないってのは知っておいてね」
「もういいよ、それで?」
「魔法ってあるじゃん」
「また唐突な。」
話が長くなると踏んでいたのか、今度はちゃぶ台の下から給仕セットを取り出すシュウ。流石に勝手がわかったので、今度は彼から手を伸ばして言外に給仕を申し出たのだが、彼女は譲らずに背中側に隠してしまった。世話焼きタイプなのだろう。
「能力ってのもね、あるでしょ。同じ能力同士でしか戦えないとか、ほにゃらら使いは惹かれ合うとか。でも神様の視点を持ってるとさ、じゃあ違う能力や魔法同士が同じ土台に立ったら勝負にならんやんけ、って考えたことはない?」
「大なり小なり考えなければ創作物にのめり込んだりはしないね。」
「その帳尻を合わせる必要があるんだ。よく見ててね」
シュウは隠していた茶葉缶をちゃぶ台に置いた。蓋を開けて中を見せてくるので確認。匂いも嗅いでみたが、たしかに緑茶のそれである。品目がわかるほど目利きはできないけれど、目配せをして納得を示したところでシュウは蓋を閉じた。続いて、空の急須の蓋を開けてみせる。綺麗に手入れされている。水滴の一つもない、ひょっとしたら新品かもしれない。頷いてみせる。それがどうした、と首を傾げながら。
「素粒子、ってあるじゃん」
「今度は物理学ですか。」
「モノの考え方だよ。あと詳しいことはボクにもわかってません」
正直な女神様は再び茶葉の缶を開封。適量急須に入れて見せたらお盆の上において、再び熱湯の入ったポッドから手動で給水する。今度はお湯を漏らすことでしっかりと温めるまでやってみせてから、蓋を締める。蒸らし時間を確保するためか脇に避けて、待つ。
「物質の最小単位とされているね。すべての物質は、こまかーく分解していけば全部素粒子になる。ここからが本題なんだけど、じゃあ『魔法』や『異能』って奴も細かく細かく刻んでいったら、実は同じものなんじゃね?って考えた神様がいたんだよ」
「……それは、まあ、たしかに。」
「古い神様たちは、別にそんな事考える必要ある?使えるんだから関係ないじゃんいい加減で、って相手にしなかったんだけど、近年その神様がなんか色々研究して、論文を発表したんだよ。バカみたいだろ?そんな事してなんの意味があるのか、って冷淡な反応を帰された。神様たちからはね。でもそれを歓迎した神様たちが居た。人間を動かすことで物語や伝説を創る神…いわばストーリーテラーなんだ」
平易な言葉で説明してくれているが、なんだか物語のスケールが拡大縮小を繰り返して眼が回りそうだ。ピントを合わせろといいたい彼だったが、シュウが蒸らしていた急須に手を伸ばすのを追いかけて結局沈黙した。彼女が傾けた急須からはコーヒーが湯呑に注がれて、そのまま彼に差し出された。香りも味も、間違いなくコーヒーのブラックだ。彼には抵抗がないからいいものの、甘党の人には顰蹙を食らいそうなほど濃い。
「なんでお茶がコーヒーに成ったと思う?さっき茶葉も急須も確かめたよね。消去法で考えればポッドに仕掛けがある、と推測が立つだろうし、或いは神様なんだから気持ち一つで思いのままだ、って考えたっていい。でもそれら全てに一つの理由があるとしたら?同じ異能同士でしか戦えない性質を説明する、万物共通のファクターがあるとしたら」
女神は人差し指を立てた。それを差し出し、目の前でゆっくりと親指とつないで丸…いや、ゼロを描いた。
「すべてが素粒子でてきているなら、それを操ることが出来たなら、力の意味や形は大きく変える事ができる。これがストーリーテラーの特権、物語の根底をなす第ゼロ因子―――零子だ。」
「れい、し。」
「零子の研究が進んだことで神様の存在意義が変わった。最初に言ったとおり、物語のスターターとして主人公を用意して気軽に強化することが出来るようになった。君にも聞いたと思う、どんな力を持って異世界に行きたいか。世界同士の移動は神様がコマを動かす感覚でできるけれど、将棋とチェスのルールは違う。チェスは取ったコマを再配置できないし将棋にキャスリングはない。だから将棋でクイーンを使うためにはルール自体を改変する必要があるし、相手に取られて使われるリスクも発生するかもしれない。これらをすべて零子を知覚することで詳細に制御できるようになったんだよ」
「待って、ちょっと混乱してきた。…つまり、神様も零子で出来ているとか、人間も零子製だから元は同じとか、そういう話?」
「そう考えても差し支えないけれど、少し違う。外を歩いているエキストラや町並みは、確かに零子を使って構築している。君も限定的に、家の周りを組み立てられるように一時的な権限を与えたけれど、例外があるんだ。零子は心に触れられない」
「心に、触れられない?」
「より正確に言うなら、心を作ることは出来ない。だから外のエキストラ達はプログラム通りにしか動かない。偶発的に発生する場合もあるけれど、基本的に零子は心から生まれるから、親殺しのパラドックスみたいな理由じゃないか、って言われてる。これは論文でも解明されてない部分なんだけどね」
「………。」
「そしてストーリーテラーは、物語を創ることで心を動かし、動かした心から零子を収集する。収集した零子で領地を広げつつ、転生者に能力を与えて物語を創るための素材にする。この繰り返しなんだよ。だから、それまで物語の登場人物だった神様のポジションが激変した」
「物語を作れることが、神の優位性そのものになった……。」
確かに長い話になった。彼女もまたコーヒーを湯呑に注いで口に含んだが、自分が作ったコーヒーを苦そうに遠ざける。別の湯呑にポッドから給水したのはコンデンスミルクで、これをたっぷりブラックコーヒーにブチ込んで、髪の先端を硬化させたスプーンで手も使わずにかき混ぜていた。
「…フォロワーを獲得し、元気をもらって、また物語を想像して、描いていく、みたいに?」
「元からその気はあったんだけどね。んで、零子は指向性を持つんだ。正しくは指向性を持っていないのが零子。指向性を持つと能力とか、マナとか魔素とかなんとか粒子とかって名前になって、シナリオのパーツになっていくの」
「素粒子が一つの物質として成立した状態、か。」
「そそ。これを制御できるのは普通神様か、その眷属。後は世界移動者ぐらいだけど、これは置いておいて…あつつ」
しかし女神様は猫舌であった。苦味が軽減されてもまだ飲めないらしく、黒い水面の息を吹き波立てている。彼は残りのコーヒーを無理やり飲み干してカフェインを摂取。火傷するほどではないが、頭を整理するには丁度いい。こめかみを押さえながら、物書きの端くれとして状況を頭の中で整理するかのように視線がさまよう。
「バディの最初の仕事は、とりあえずこの零子指向性…有り体に言うと、属性を確定させることだ。君のことだから借り物だと嫌がるでしょ?」
「まあその通りですが。具体的にどうしろと。」
早くも性質を理解されたことに居心地の悪さを感じた彼だが、無理やりコーヒー色をしたジュースを飲み干したシュウが立ち上がるのを見た。意図的に角に視線を合わせ、視線の高さが固定されてから目を見る。
「そりゃあ、座学講習に区切りがついたら実働でしょう?」