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契約のシャフト  作者: 二来何無
第一章 神の眼
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2-2 Void Structure:2

床については目覚め、暇をつぶして家具をいじり、身繕いをして、と繰り返しているうちに時計の短針が一周しようとしていた。相変わらずクソみたいな睡眠サイクルだと自嘲しつつも、かつての自宅にはなかった洋服ダンスを開けた。需要の読めないセンスをしたプレイ用コスをかき分けていくと、奥の方に着古した男物下着が数着。上と下が数セット、以前の家で洗濯を繰り返し着回していたものだった。

考えもなしに着替えて、クローゼットを開ける。やはり世界観が迷子のカオス空間だったが、ひっそりと就活に使ったスーツが当時のままにかけられている。これも装備。あの痴母神と仕事をするに当たっては気を引き締めてかからないとヒトとして大事なものをなくしてしまう。そうでなくとも、神の使いになるのだ。見た目には気を使わなければいけないが、『オレ』に出来るのは靴下を履いてネクタイとベルトを閉めることだけだった。問題なく着こなして窮屈さを感じないのは『オレ』が変わっていないからか、女神のお節介かはわからない。


約束通りの時間が過ぎる前に扉を開けて外に出ると、広がっていた景色は『オレ』がかつて住んでいたアパートと寸分たがわなかった。梅雨時の生ぬるい風を受ける、雲の混ざった青空が目を灼きかけて、咄嗟に伏せる。


「うっわ、昼、…っ太陽だ…。」


女神の背後に垣間見たはずだが、観察する暇がなかったからか印象になく、居を突かれた形だ。目元に影を作りながらおぼつかない足取りで駐車場まで躍り出て、アパートを振り返る。なるほど、オレが現在想像する家の形を作り出したというわけか、開け放たれた101の扉以外はすべて入居者不在を表すかのように郵便受けがぎっしりと詰まっている。3階建て安アパートだが、内装だけ数ランク上がっているのはちぐはぐで笑えてくるものだ。


「さてと、鍵、鍵…。」


古い習慣のまま後ろポケットに手をつっこみ、鍵を取り出して扉に施錠。実行中は気にならなかったのだが、一連の動作が終わってから疑問を持った『オレ』は今しがた握りしめた合鍵を手の中で見つめた。これが10年弱放って置かれていたスーツのポケットに入っているわけがない、と考えるや否や、砂状に分解して風に吹かれて飛んでいく。


「なる、ほど。環境づくりは自分でやれ、と。」


塵の行く先はホワイトアウトしていた。アパートの直ぐ側以外は白塗りであり、あちらの景色を彼が想像すれば創造できる。白塗りの壁が後方に立ち退き、立ち退いた分の空間に以前と同じ景色が広がるが、構造物の仔細はピントを合わせようとすると曖昧になっていく。ただの風景以上の意味を記憶していないからだ、とは想像に難くなかった。エキストラの類はまるでいない。それが自分にとっての世界だと考えたからか、彼はまた自分を嘲笑(わら)って歩き出す。


「次の『目的地』はー、コンビニー。コンビニー。」






通い慣れた道を歩くのに、まずはサンダル履きから始めるべきだったか。後悔ではないが、革靴の感触は慣れたサンダルとは違う。歩いていれば自然と思い出す、などという目論見が外れて、道路の感覚が若干曖昧になってしまっていた。それでも具体的なルートは一切変更なく、適度にファジーないつものルートとして彼の視界に広がっていった。後はただ辿るように歩き続けると、突き当りを曲がって一変した景色に足を止めた。かつん。足音が響く。


「道が変わった、な。ここから自分の領域、ってこと?」


いつもの道なら、小町の角を曲がってすぐコンビニに到着するはずだった。しかしそこからは急に道が閉じて、路地裏の半ばが始まっていた。コンクリートの壁に挟まれた、アスファルトの狭い道。裏口の戸は難く閉ざされ、収集日を待つゴミのポリ缶が並んでいる。清掃がなされている様子はないが、道の先に輝く大通りには毒々しく輝くネオンの明かりがうらびれた路地と対象的だ。


「まるで歓楽街だな、あの恥母神らしい、というか。」


道なりに進んで開けた場所に出ると、なるほど確かに歓楽街である。『オレ』が作った世界と違ってエキストラがひしめいていたが、正しく夜のお店もまた跳梁跋扈しながらポン引き達がエキストラの腕を引いていた。ここにとっては日常的な光景なのだろう。シュウの心象が反映されているとすれば、『オレ』にとってはひどく悪趣味に映る。

ただし、行き交う人々をエキストラと断言できたのには理由があった。彼らは『オレ』が作り出した風景同様注目すると輪郭が曖昧になっており、顔は水彩絵の具が溶け出したようにぐちゃぐちゃだ。突然飛び出して周囲を見渡し突っ立っている彼のことをいないものとして扱い、隣を通り過ぎながら、耳をそばだてると本当に「ガヤガヤ」「ワイワイ」などと擬音を口にしている。


「悪趣味通り越して不気味だぞ…。どうなってんだよ女神の世界…。」


薄ら寒さをかき消す如くつぶやき、両腕を擦って進もうとしたところ、その腕をポン引きエキストラが捕らえた。彼女が何を喋っているかは判別しかねたが、表情が伺える程度に顔は完成していた。突然のことに一瞬身をこわばらせた『オレ』だが、腕を離さずぐいぐいと引っ張っていく姿勢に他のNPCと違う何感を感じて、おとなしくされるままに導かれるのである。


「…あ、これイベントNPCとか、そんな感じかな?そうだよな、他と違うんだ、多分連れてってくれるんだよ、ははは。」


そうであってほしい、と祈る部分があったことも否定できない。振りほどこうにも抵抗に比例して腕の力が強くなってしまうので、結局選択肢はない。

連れ込まれたお店は歓楽街の中でも大きめであった。看板がなく店名は読み取れなかったが、例によって内装詐欺のような奥行きがある。足元の裾がやけに短い着物を制服とした女の子たちがこちらに笑顔で手を降っており、彼女らは演技をしている様子もなく自然な笑顔だ。はっきりと表情が読み取れるし、客に対して黄色い悲鳴を上げて声を潜めたりと描写が丁寧であった。足を組んで椅子についていたり肩をはだけていたりと彼には刺激が強すぎたが、あちらこちらとポン引きちゃんに引き回される先に視線をそむけていたら、ある部屋で突然放り出された。対応できずにいると襖を閉められて、密室同然にされてしまう。ごゆっくり、というニュアンスの言葉を発したのはかろうじて推察できたので、目を回しながら客室に目を向けながら身体を起こす。


「やあバディ。お目覚めの気分はどうでありんすか?」

「取って付けたような花魁言葉はやめなさい。本職に失礼でしょ。」


声の主が持つ赤い目とやっぱり目が合う。あのニンマリとした企み顔を向けながら、中身が入っていない煙管を裏返して中の灰を落とすモーション。窓枠に腰掛けて、場の天気は夜。外界の喧騒を見下ろしながらくつろぐ遊女の格好で彼を待っていたようだ。黒の布地に、裾は白い炎だろうか。舞い上がった火の粉が花びらのように散らされた着物をギリギリまで開帳し、大胆に脚を組み替えて見せつけるが、彼はこの女の色仕掛けに付き合っていると話が進まない事を理解しつつあったので、部屋の畳に片膝ついて腰掛ける。


「で、バディって何?」

「バディはバディだろ、相棒、ってヤツ。ダーリンは嫌みたいだし、君じゃ他人行儀だし?後君、名前呼んでくれないから…」

「アンタの距離感ガバガバだな。」


ツッコミ待ちをスルーされてむくれて、指折り数えて色々と考えを漏らしつつ、最後は寂しそうに小指を咥えてみせる百面相。しかしため息しかでない。反応したら思うツボなのだ。


「それで?神様のお仕事ってやつを実地で教えてくれるんでしょう?今みたいに。」

「うん、わかってくれたかな?話が早くて助かる」


窓枠に組んでいた脚を組み替え、煙管を加えるコスプレ女神。彼女は鈴にリボンでくくりつけた鈴を可愛らしく鳴らしながら、煙を吐く真似をしてみせる。足袋の中で趾が無造作に蠢くのが見える。


「お察しの通り、神様の仕事は世界の運営。君が家の周りを創ったみたいに、物語の舞台を整えて、ある程度管理することだ。」


こともなげに荒唐無稽なことを言い放ってみせる女神は、しかし至って真面目に赤い目を瞬かせた。月に照らされて、色仕掛けをせずに自然体でいれば、たしかに美しさに目を奪われる姿だった。

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