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契約のシャフト  作者: 二来何無
第二章 孤界
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3-28 Storm "I":2

【像】へのダメージは小さくはないらしく、待ち構えても中々姿を見せない。多少でも攻撃が通るようになれば、予測線の見えないさくらでも大まかに反応は出来るようになる。しかもどんなに異質でも意志を持つ存在であるならば、さくらは時を経る毎に少しずつだが読み取れるようになる。人読みは得意なのだと言う自負がそのまま反映されたかのようだった。


(左前方から正面から顔に目掛けて威嚇、ギリギリのタイミングで右から壁を作って躊躇させ、左下方と左上方からの急襲、跳躍時にはそのまますくい上げ、バックステップなら右側からの増援で追跡…!)


まして遭遇後はリリィの目を通してだが予測線も読んだ。集積できた情報を元に理論を展開し、ロジックの変化には反射で対応する。刃のように薙ぐレーザーをナイフで凌ぎ、くぐり抜けながら一つ、黒い石を地面に落とした。落下でアスファルトに奏でられた高音は自信が発した音をも飲み込むように溶け、弾けるようにテンドリル(まきひげ)を伸ばす。絡め取られた光球はそのまま握りつぶされ、互いの存在を貪り合いながら互いに姿を消した。結果に脇目も振らずさくらは硬い大地を蹴って走る。一箇所に留まるのは愚策であり、その性質上飽和攻撃の的になるのが目に見えていたけれど、しかし一瞬、それを後ろから見ている【彼】の眼を意識した上で左腕を震えば、一発光条を振り払う手応えを感じた。

そう、感じたのである。奮った爪にビームの剣が触れ合うのを感じて、弾きあってから姿勢を整えたから傍と感づく。


たのしい。


(―――はっ。)


己の感情をわらい、口角が上がる。その勢いにのって再びビームセイバーと己が爪を合わせて弾けば確信と共に笑みは深まり、嬉々として見えるまま左腕の爪をそれに合わせた。

華奢な右手をあわせながら振り回した左腕は、結晶装甲でもって雲が放つ雨を払った。普段であれば少しは理性を働かせたろうが、今はただ左腕を振り回していたし、それを嬉々と受け入れているさくらがいた。賢い妹と護衛の大蛇の視線を感じたがあえて無視する。きっと何かを語りかけていたのだろうが、雲が放つ斬撃を左腕に宿る魔物で持って払い続け、その行動自体にさくらはしらず笑みを浮かべていた。

結晶から根を張るように伸びた闘争本能。無関係なはずの右手がレーザーをナイフで払いながら、その口元は笑う。

否定する要素はない。だから今自分は生きていると自己肯定を繰り返し、右手のナイフがレーザーを払い続けた。雲は飽きもせずパターンだけ変えていたが全てをさくらは捉え、少しずつ隙間を縫って迫った。像は一定の規則性を伴って出現し、観察しながらさくらは規則を読み取ってその中心へと肉薄していく。最中鱗のように凝固した左腕の結晶にナイフをこすらせると悦楽が走り、たしかにレーザーへの手応えがかったと悟ってさくらはより深く、凶暴な笑みを浮かべた。思考と離れた左腕が勝手にレーザーを迎撃した時、直感に違わずレーザーを弾いたためにほかならない。

己の進化を確信し、感覚のままに敵陣の只中に踏み入る。いつしか目的は防衛のための攻勢に転じており、その中心にいるはずの核を仕留めればこれまでの攻勢が終わると無根拠に信じていた。時折ナイフの柄で己の胸をかきむしっていたことに気づきもしない。青あざの疼きは殊更衝動を深く掘り下げ攻勢を深めた。撤退などない。左腕の命ずるまま、敵の根絶こそ唯一無二と信じて疑わなかったためにほかならない。右手に握りしめたナイフを妹との絆と確信していたことが殊更妄信を深めた。

驚異を払うために、これまで出来なかった事ができる左腕とナイフを信じるしかない。逆に、出来るからこそ深入りする。笑みを深めながら目算を立てた中心に向かって、さくらは華奢な身体を深入りしていく―――、


「お姉ちゃん!!」


心地よい声が心をかき乱し、振り返った己の感情への認識を歪める。しかしさくらはその場から飛び退いて、左腕に刃を走らせ、ナイフの零子を塗り直し再び防衛に回っていた。


(…くそっ、うるさいッッ!)


ナイフの零子効果か、緩慢に落ちていた切れ味が回復してより俊敏な反応ができたが、さくらの心中は穏やかではない。耳鳴りが酷く、それまで出来てていた反応が落ち、レーザーが皮一枚まで迫る。耳鳴りがした。左腕の結晶が逐一甲高い音を立て心をかき乱し、表情が曇った瞬間、足元が覚束なくなる。

その一瞬で、さくらは己を理解しかねた。困惑に揺蕩う。


(――――うるさい?なにが?)


自問自答。己の顔に手を当てて滑らせる。さくらの時間と外の世界がずれたかのような空白を産みながら、指の隙間から垣間見た答えに目を見開く。


(――――リリィにか、いま!?)


順序と組み換え襲ってきた現実。先送りにしたものから、そしていま正面に迫る悪意との立て続け、さくらの意識は空白。左腕が自ずと光線を払う音が意識と現実の動機を促してはっとしたさくらは、以後防戦に走った。幸い狙いは集中している。雲は敵をさくらだけと定めて追い込んでおり、その外にいるであろう黎衣や妹たちには及ぶことがない。ちり、と霞む目を細めて、己を声なく叱咤する間に、憑かれた腕だけが光を払っていた。侵食を続けていたさくらよりも、己を守るがごとく。


「いい子だ」


黎衣は言った。伸ばした腕に長銃を手にして、ひときわ大きく募った像へと向けながら。その身に穿たれた穴から流れ出す『流体』――――彼自身を形造る液体が、鳴くように落ち続けながら。

伸ばした長銃のストックは、ライフルの銃身にカウンターを取るにしても長大だった。漆黒の【流体】がビタビタと溢れる最中、銃口の逆サイドからは真っ赤な六枚羽が腕の後ろへ向かって伸びているように見えた。腕の形に沿って、右脇の下から溢れるように六枚。鳥のものではないが、人造物による直線の組み合わせ。先端な眼を示すような紋様が神の形容に唾吐き瞬けば、光が吐く線を飲むより早く珠自体を裂いた。破裂音。さくらがかろうじて反応した光球・光条以外の一部を、埋め込まれた弾頭を吸うようにして銃は喰った。雲の内側に潜ませた。6つの弾丸を翅に吸わせるようにして、埋め込まれていた赤い光が迷いながらも還っていく。結果として、宿主たる珠が砕かれたに過ぎない。神の吐いた言葉はきっとそれを指していたに違いないのだけれど。


「形だけでも役目を果たすか。良い子だニトクリス」


不滅にして有限の黎い神は、か細い華への言葉を付け加えた。小脇にさくらの守ろうとした娘たちを隠して躍り出ながら、雨を払うように舞い続けるさくらを後押しした。放たれた弾丸は光を砕き、その残滓が像へと戻り、再び湧き出す光の玉の中に巡る。よくよく見れば埋め込まれた弾丸は、神の恩恵を受けたリリィの眼には薄っすらと透けた。還元された紅が害意を向ければ、黎衣がその珠を潰すように弾丸を回収する、というループである。もちろん、光の雨すべてを撃ち落とすほどのものではないけれど、生存の芽が見えたとなればさくらにケチをつけさせない。結晶と肌の境目に右爪を立てて呼吸を確かめれば、それまでに、二人は交互に像の注意を奪い合うことになった。言うまでもないが、時間稼ぎ――――いや、あてがない。一人でなければ、というなんとも曖昧な希望のもと、どちらが像を裂くかという競争である。


(御託は、いい)


右腕を侵す結晶がより隆起した。振り上げた腕が踏み潰した光を喰って、次第に腕は()()()()()。さくらという右腕の向こうに新たな腕を生やしながら生える腰、右足、左足。操縦席のような右腕をかばう外郭はいつしかさくらを覆うが、結晶の胴から生えた首が爬虫類の形を作り、右腕である少女の身体に赤い視界を提供した。裸足で経つには鋭い結晶だが、甲を穿けば留め具に成る。後は針のような靴が小さな身体と大きな龍をつないで、結晶の中に蔓延した光を血肉や晶質として循環させる。(いし)のなかは熱かったが、柔らかく矮躯を包んでいた。


(アレを壊せば勝ちだ)


振り下ろされた腕は剛質に、本能の囁きは道理よりも側に。芽生えた淀み諸共に、少女は左腕に命じたままに前進した。片腕の竜の暴虐は光の汚染をも踏み潰す獣のように問答無用であり、慮外の光は戸惑いと共に男の銃が呑んだ。プリムラの作った場に置かれた情報体は、その解体を待たずに顕現した暴威を前に佇むことと成った。実際にそれが出来るのか、という思慮を置き去りに、或いは出来るかもしれないという希望がか細くも強い胸の中で外圧と内圧となったためかもしれない。

そして原理はともかく結晶竜は光球を押しつぶし、その断片で肥えて存在の強度を増してゆく。肥大化する竜を半身として、右腕に埋もれた娘は己の指で胸に爪を立てた。掻き毟るような衝動。


(黎き神よ、これは左腕(ワレ)が壊すぞ)


妹の眼を借りる必要はもうない。龍の眼――――いや龍の体は光をプリズムの身体で薄めて飲み干した。指も腕も皮膚も尻尾も、およそ生物的に正しくない象徴的に広げられて擦れ合う翼の中で燃える短い煌きにしてしまった。なれば後は、この確たる人形を潰せば終いだと振り上げる。


(そうすれば、我は、)

(妹の、姉で、いられ――――)


むき出しになった衝動が、片腕のない巨竜として白い雲を裂く、という正にその一瞬、龍は人形を見失った。結晶の外にいた黎い神や妹たちの狼狽は伝わったが、声はそこからは聞き取れない。さくら、という世界が歪んだ形で作り上げた龍という世界は、その外皮で図書館という世界から隔たれていた。それを知るにはワンテンポ、龍の感覚器を経由する必要があったのだけれど、何故かさくらはそれを遮断されていた。眼を見開く。外界ではさくらという対象を見失って雲が暴れていることは知ることが出来たが、


(――――な、に?)


その世界に、雲の像は踏み込んだ。無防備に左腕を己の世界に囚われたさくらは、こうなってしまえばただの少女だ。それが自分に注ぐ視線の正体もしれず、逃れることも出来ずただ視ていた。雲の像は佐倉を覗き込むように顔に当たるであろう部分を寄せて見つめてきた後、つい、と視線を逸した。状況を把握できずにいれば、肥大化した紫水晶の内部を知覚する。外皮に光の網目が根のように張り巡らされ、次第にきしみとともに龍の動きを奪っていったかと思えば、次第に外部への知覚を失い刺激にただ反応して反撃するだけの装置と成るのが透けてみえた。

生唾を飲む。この刺激というのが、例えば外で光を放つ光球に反応するだとか、外のものが立てた音に反応だとか、視界の端で何かが動く、でも区別はない。理解とは別に外の世界に膨張を始めた左腕の龍は刺激を与えてくる一切を区別しない。事実、左腕を通して接続しているさくらも外の世界のことは知覚できなくなっていく。良くないことだと顔を抑え、流入してくる情報を識別しようとするしかめっ面を、眼前のそれは笑うかのように肩を震わせた。


「きさ、まっ、!」


元はと言えば己の不徳が招いたことだ。左腕が何故か光を捉える事ができて、触れられて、それを払おうとする本能が上手く行ったからと載せられた。黎衣の加勢も裏目に出る形だ。攻勢に転じようとしたところを、まんまと利用された形になる。分解された光の因子は、いつしか肥大化した結晶を巡って支配されていたということに思い至り、眼を向いた。

その知性は、災害とはかけ離れていたけれど。こうして振りまかれている暴威の逆用は、天災以外の何物でもない。


さて、さくらは打つ手なし。対処療法、少しでも肥大化した自らを抑え込むしかない。皮肉なものだ、と呑まれた左腕の向こう、感覚を失ったまま暴れる水晶龍を視た。


「我武者羅に戦ったつもりが、自分が台風の目になるか。蚊帳の外の当事者――――無様よな、リリィ……」

難産でした。難産でしたが、でてきました。

産みの苦しみ。

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