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契約のシャフト  作者: 二来何無
第二章 孤界
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3-17 Disaster Doll:6~ Admission

「―――諸君、積もる話はあるだろうが、時間は有限だ。程々にして進もう」

『なんじゃいあーた。なんぞ、甘い匂いするな。女神様とは違うけどこー…、いい肉や魚のニオイじゃ。美味そうやな!』

「食べないでくれよ、五体満足で帰りたいから」

『食べん食べんよ!猿よりずっとよかニオイじゃけな!』


重苦しい三人に手をたたきながら寄ってくる黎衣に対して、やけに反応がいいタイショーが近づいていく。機嫌よく背中を叩かれる黎衣は派手にむせて見せた後、タイショーは彼へと対象的に侮蔑的な眼差しを一瞬向けてからノシノシ歩き出した。結晶の励起を維持したままなのは、明るく振る舞っていても書庫の雰囲気を嗅ぎ取っているからだろうか。

促されるままに姉妹たちも歩き出し、ガーベラが泣きじゃくるリリィを宥める。さくらも足早に進んでいきながら、遅れる形になった彼は後ろからプリムラに突かれてブービーポジションを取る。気まずい空気が流れる中、彼自身も何処か心ここにあらずの状態。思うことは多いが、それは脚を進めながら考えることに……、


『先を越されたの。新米の、それも下位の存在に』


……しようとすれば、後ろの黄色い猫娘が煽ってくる。ムカつく口調にじっとりと視線を向けてみれば口角が上がっていた。何故か機嫌がいいのは、人を煽る時特有のそれだろう。言葉選びに悪意と隠しきれない喜悦が見える。


「侮るな、リリィは賢い子だ。こんなアラサーの、おっさんに片足突っ込んだ唐変木よりも芽があって、何の不思議もない。」

『己を省みることが出来るのは大変な美徳。けれども何の成果も出せていないのも事実ではないのん?』

「事実に腐っていたら何も出来ない。現状は何も変わらない、オレがすべきことは、お前の言う成果を出すコトだ。それに必要な情報か、この無駄話は?」


さくらも手を出していないということは、黎衣との契約を結んだ…というわけでもあるまい。妹思いの姉をこれ以上心配させないためには、当初の目標通りに自分が進歩して、さくらをサポート出来る立場になる必要がある。思いつめても仕方ないが、考え続けて歩くしかなかった。

しかし図星を言い当てられて多少むかっ腹が立つのも人情というものだ。素直に表明しては視たものの、この猫娘は怒ってみせると帰かえって機嫌が良くなる天の邪鬼らしい。威嚇する視線を向けても何処吹く風、口角を上げていく。


『必要ない…あぁいえ、必要かもしれないの、あなたも追い込まれたら爆発するタイプかもしれないから。初対面だからわからないし、これは親切心でプレッシャーをかけてあげているの。嬉しいでしょう、手伝ってもらって。ふふふ』

「まっっったくいらんお気遣いですなっ!このクソ猫っ!!」


耳でも掴んで引きちぎろうかと手を伸ばせば、ひょいと脇をくぐり抜けて立ち位置を入れ替えてしまう。純然たる体術である、読むには本体の熟練度も足りないとばかりの余裕に歯ぎしりをするも、出した手を引っ込められずに握りしめた。底意地の悪い煽り方をする黄色い猫だが、しかし声を潜めて、耳元にだけ聞こえるように円陣を出現させ、ささやく。


『ただ、あの子達には大事なこと。この事は黙っておいたほうがいい』

「何故?自信がつくんじゃないのか、この手の話は。」

『彼女の才能は、神々にとっても危険。それ自体はまま持ちうる個性で済むけれど、状況がよくなかった』


プリムラは彼を見ず、長毛種の尻尾を邪魔にならないよう丸めたまま少し振って見せていた。毛玉の飾りにしか見えないそれに目を奪われそうにもなるが、声色はさて、無機質そのもの。意図の読めない内容。


『秘密にしておいたほうがいい、本人たちにも、誰にも』

「…それをどうして、オレに伝えた?本当に秘密にすべきなら、知らないままでいさせたほうが良かったのでは。」


淡い靴音を鳴らしながら、プリムラは上半身をわずかに捻る。黄色い半目のような瞳が一つだけ、試すように煌めくのを見る。やっぱりうっすら嗤っているように見えた。


『あなたに伝えておくのは、最低限の品位に関わるから』


プリムラは確かにそういった。独自の価値観から来るであろう愉悦を隠しもしないで、だのに真意は語らぬまま。内緒話として聞かされた言葉に苛立ちを募らせながら、彼はまた必死に皆に追いつこうと歩調を進めた。何処で棚上げした筋肉痛がやってくるか、わからないまま。


「…オレはお前みたいなの苦手だよ。わけがわからん。」


~~~


『……んンなァ~~旦那ァ~~!飯はまだかいのォ?!こいつら、シメてもシメても霞みたいに消えちまってぜーんぜん食いでがねェでやァ!いい加減腹減ったでしかしぃ!!』


道中、暴れまわったのはタイショーである。その巨躯に野生、魔性のブーストに腐っても森のくまさんという属性。大概の巨獣に対して互角以上のパワーバランスを持ち、しかし高燃費である。狩りのために力を蓄え、使い果たしたら補給するスタイルには文字のモンスターとの連戦は応えるようだ。苛立ちまじりながら黎衣に対しては懐いてしまい、彼にすら使わなかった敬称をつけつつも奔放に振る舞って見せていた。今まで胡麻すってきた姉さんことさくらがどことなく機嫌が悪いのもあってか、積極的に絡みついて甘えている様を彼は後ろから視ていた。


「此処に来る前に食べてこなかったの?それとも燃費が悪いのかな?」

『運動したら腹減るに決まっちょるきィ!石も一個も落とさんしィ』

「わかったわかった、これでいいかな?」


当の黎衣も邪険には扱わず、上着を脱いで裏表を見せてから床に敷き、勢いよく袖を引っ張って持ち上げる。そのまま袖を通して着込んでしまったが、おいてあった場所にはコマ落ちを見落としたかのように突如として巨大な生鮭が跳ね回っており、タイショーも大喜びで齧り付くのであった。


「甘やかし過ぎでは…。」

「これぐらいは軽いものさ」


襟を正しながらも鮭を貪るタイショーの姿に和みながらも、邪険にされ続けた彼は少々不満げな態度を表明する。思い出すと両手のひらを擦らずにはいられない彼を意に介さず、黎衣はリラックスしている様子だ。強者の余裕か、はたまた人徳なのか。

一方のガーベラはというと、しょげているリリィが鼻を噛むのを手伝ったり気を使って甘えるように額を押し付けてみたりと、保母か何かのように振る舞っている。というか、リリィの退行具合も大きく、安静を取り戻したら今度はさくらのほうへ向かい、その態度を諌めるようにじっと目線を合わせながら這いずっていた。蛇なのに苦労人である。


「……そんな眼で見るなガーベラ、我の問題だ。リリィも主も悪くない、わかっている。………ああ、わかったよ、わかったから」


知的な蛇睨みを照射され続けて、さくらも折れる。自分の額を掌で押す仕草を見せてから、しょげているリリィの腰あたりを軽妙に叩いた。痛くはなさそうだが、不意を打たれて驚いたリリィがそっと見つめ返している。


「そうしょげるでないよ、これが終わったらパンケーキでも焼いてくれ。あとでゆっくり話そう、な?」

「…うっ、うぅ、…姉様ぁ…」


不器用な姉妹のやり取りを見遣り、人心地がついたら、後は進むばかり。殿のプリムラの様子も気にかかったが、いつまでも薄暗い図書室を進み続けているのにも滅入ってくる。タイショーではないが、そろそろ時間も気になるところだ。此処にいると時間の感覚が薄れてしまいがちだ、今まで思い出せなかったように。


「プリムラ、残り時間は?」

『まだ、大丈夫。ちょっとまって』「んっ、んんっ、あ、けほっ、けほっ」


指摘と同時に三つの円陣を消散させ、軽く咳き込むプリムラ。今まで喋れなかったはずのものが無理をして、どうしたものかと駆け寄ろうとしたけれど、改めてなんでもない顔をした。


「機能復旧、これでいらない手間から解放されるのん。どやん」

「よござんすね。なんで今までやらなかったんだ。」

「攻撃を受けてから回復に時間がかかっただけ。それも、こうして入場前に完了したからオッケー。ああ、時間は…まあなんとかなるでしょう」

「いい加減な…。」


しかし先頭集団も停止した。姉妹とガーベラも止まり、プリムラは止まった一同の横を通り抜けた。黎衣のたどり着いた場所に集まって、その場所を見上げる。今までの通路とは違い、明確に扉の様相を見せる。タイショーと同じか、それ以上の巨大な扉。思わせぶりな両開きの扉に、プリムラは掌を押し当てながら瞳の光を明滅させていた。


「それもこれも、中身次第。覚悟は出来ているのん?」


認証が完了したのか、触れた箇所から光がほとばしる。亀裂のようなラインに沿って全体に行き渡る赤いラインは、その全体像を克明にすると共に緑色へと反転。ロックが解除され、重々しい音を立てて一同を招き入れる。もはやこの中に入り、成り行きを見守るしかない。誰にもそれを実感させ、同時に対処をせねばならない重責がのしかかって来る。

だが、黎衣とプリムラは何も変わらなかった。タイショーは一層やる気を出して両手を振り回していたし、ガーベラも鋭い面持ちのまま全身の鱗を結晶化させる。

さくらはこちらを視た。リリィもまた固唾を呑んで振り返る。彼に覚悟を問うために。


明瞭な答えは返せなかった。ただ二人の目を見ていたら、無駄な力が抜けた。己を振り返りながら頷いて、皆前に進んでいく。


(そうとも。オレ自身に何も出来なくとも――――いいや、)


(いつも世界は、オレだけを置き去りにした。)


それでも彼は、前へ進みたかった。脚は、動いた。

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