3-14 Disaster Doll:5~Self Defining
「ッッ、バイソンッッ、ぐぅっ!?」
華奢な体が弾き飛ばされたのは直後のことだ。縦横に厚みのある四足獣が短い角を向け、体積を使って大きく突進してきたのに、ダメージを受けたプリムラは反応が遅れ紙切れのように吹き飛ばされた。身体を構成して蠢く文字はより密度を増し、不定形だったそれまでよりも明確に生物としての形、機能を持って襲いかかってくる。
飽き足らず、開かれた扉の奥からはより俊敏性に長けた四足獣が数体。倒れ伏すプリムラに一体、塊になった二人を囲うように三体。バイソン型は狼型に道を譲ったように一歩引いて睨みをきかせる立ち位置に収まるが、二人にとってはまるで喜ぶ要素がない。
「こいつら、統率されてる!?」
腕の中で未だ震えているリリィを攻めて力の限り抱き寄せ、盾になれるように気を配るが、しかし程なくして銃声がした。フルオート射撃の雨が横殴りに数十発ほど。体内に潜り込んだ弾丸が弾けるのが透けて見えて、獣達は大きく姿勢を崩した。起き上がるプリムラは口の中に溜まった物を吐いては険しい顔をしている。喉元と耳元に展開した魔法陣が声に合わせて…逆だ、魔法陣の明滅に合わせて声が届いた。
『やはり学習している。流動する情報を読み取りつつ、犯人はこちらの進行を妨害し始めた。これはパージしても解決しない――――と、報告しようにも、ネットワークとの接続を切られた』
二人の周囲の獣達は頭部を破壊されて蒸発を初めたが、自分に群がってきた一体は大口を開けて飛びかかってくる。銃口を向けたが引き金を引くことはなく、バヨネットを再び肘まで伸ばしながら腕を前に出し、片手の銃をしてて口腔に横薙ぎでねじ込む。切断、とまではいかない。獣型は鋭い歯でブレードを噛み支え、薄型のそれに対して縦の力を加えることであっけなくへし折ってしまう。交錯したまま振り向きざま剣を打ち捨ててしまおうとしたようだが、それより早く、腰に丸めていた黄色い毛玉に手を突っ込んだプリムラは、冷静に拳銃を取り出してナイフに2発、側頭部に1発の弾丸を命中させた。よく見ると折れたブレードの断面は何故か赤熱を初めており、衝撃を加えられることで酸化反応を起こして炎上、そのまま誘爆してしまう。ブレードの折れたPDWを打ち捨て、弾丸を共用できる5-7拳銃はリロード。淀みのない所作で同じ場所に仕舞い込む内に、頭部に類する部位を欠損した狼型はスライムと同様に解けて消えていった。五秒にも、或いはもっと短い時間での出来事。
『外の私に期待するしか無い。……気持ち悪いの、よくもこんな目に』
「おい、まだ残ってるぞ!」
いそいそと上着を脱ぎ始めたプリムラだが、当然獣にタンマはない。雑兵を蹴散らされたタイミングでやってきた好機に猛進し、一度決まったのだからと回り込んで、死角からまたも吹き飛ばさんと蹄を鳴らすバイソン型。
『うるさいの。あなたも、あなたも。』
だが首筋から溢れていた血で染まった上着を獣の頭部にかけ、自分は半歩避ける。視界を失って本棚に突っ込んだバイソン型の尻を眺めながら、空を回転しながら飛んできた替えの銃をにぎり、そして同様に地面を滑ってきたPDWを踏みつけ、足元で止めた。損傷した身体で精度を上げるためか、手元の一丁を両手で構えつつ発泡。暴れる獣型の体内へと次々弾丸をねじ込んでいくが、決定打にはならない。痛みにますます暴れだしたバイソンと、弾丸を切らす武器。殻になった装備を打ち捨て、足元の鉄塊をブーツで蹴り上げる。プリムラの表情は少し険しい。
『喚いている暇があったら次の手を考えて。天秤が戻ってこない、おそらくあちらでも戦闘になっている』
「さくらっ…!」
「姉様ッ!」
返答は乾いた破裂音。二人を探して振り向いた背中、プリムラが銃を撃ち、そしてグレネードを炸裂させたことを示した。二人はそれを見ない。よしんば黎衣が無事でも、ひょっとしたら…悪い想像が駆け抜ける。姉の安否のほうが重要だったのだ。
だがそれを引き戻し、二人の服を引いたのもプリムラだった。上着を箱の中に仕舞い込んで、インナースーツだけになった上半身は痛々しいが、傷すべてを無視するように二人を睨めつけた。二人、特にリリィがいつまでも後ろ髪を引かれていたようだが、彼もプリムラの言うことには苦々しくも同意を示し、肩をたたいて促した辺りで手を離し、進み始める。
『だから、こっちは早急に演算器を制圧する。全員を救う方法は他にない』
「でも一人で戦うのキツくなってきたから、早く手伝ってくれ、ってところか?」
先頭を進むプリムラはさくらと同じぐらいの身長だ。帽子の猫耳なデザインを含めればもう少し高く見えたが、その二等辺三角が彼の軽口でぺったりと寝た。猫が示す不愉快のサインと共に、耳元の円陣が少しオレンジ色に染まる。着替えを仕舞った代わりに取り出していたタオルで顔を拭い、汚れを取りながらも足取りはしっかりと前に進んでいる。
『……わかっているならもたつかないで欲しい』
「言われても方法論を教わってないんだよ。うちの女神様超放任主義だから。」
『教えられることなんてない。すべきことは何も変わらない』
「それが聴きたい。ルールを定めるとは単に心持ちの問題なのか?ってね。」
甘えるなといいたげに振り向いて、身長差を恐れずに彼の胸を指でつこうとする黄色い猫娘。イラつきが視線にでていたけれど、しかし隣りにいたリリィもまた、彼同様真剣な眼差しでそちらを見ていたものだから、口が『あ』の形で開かれたままに身動きを止めた。発声する声帯も発話開始せずに硬直しており、三人の間に沈黙が流れ、
「……お!……おね、がいしま、す」
人見知りのリリィが絞り出すように破った。かすれるような声色だが、勇気を出して胸元で握りしめた両手は祈りの形をしていて、プリムラも当初と同じ冷静さがあれば涼しい顔で厳しくスルーしたに違いない。
だがしかし薄暗い管理区画。照明の落とされた回廊の三人を嗜める黎衣も居ない。全く無意味だが2対1の状況に追い込まれたプリムラは結局、その指を落とした。行き場をなくした指を擦って閉じながら、ため息を付いてまた進軍を開始しつつ。
『……こんなの態々言うようなことじゃないの。ただ論理的に自分のルールを決め、感情的に受け入れ、無意識に焼き付くまで強く意識する。それだけ』
真っ赤なタオルを放り出して、帽子から溢れた髪をいそいそとしまい直す。擬似声帯の色はオレンジから黄色に戻っていたが、どことなく明度をあげて白っぽさを増していた。収まっている髪はよほど長いのか、満足の行くポジションになるまで丹念に、形を神経質に整えながら…まあ、照れ隠しのようにも見える。リリィと顔を見合わせながら、それぞれで言葉の意味を考え始めた。
(お約束では、考えるようなことじゃない。って感じだな。)
此処で少し基本に立ち返り、物事を客観視してみる。顎を撫でさすり、シナリオの大原則を思い出してみれば、結局自分を構成する要素を過去から順に洗っていくのがセオリーだろう。隣で真似をしているのか同じポーズを取るリリィのことは見ないようにしていたつもりだったが、目があって仕舞って慌てて逸らす仕草が少し愛らしい。冷静に考えるとものすごい速度で打ち解けていったが、一皮むけば、と言ったところなのだろう。閑話休題。
(オレの過去、ね。……ああ、正しく社会に置いていかれた人間、だった。)
一言で総括すれば、そうなった。あまり楽しいことはない、世間でただ弾かれて、ただ諦めて行くよりは無駄に揉まれた気がするが、思い返していて楽しくは全然ないことばかりだ。
(完全に自業自得だったからな。向いてないからと順応できない、不出来な……ああ、違う。手がかりだ、手がかり…。)
ネガティブスパイラルはよろしくないので切り替えて、昔小説を書いていたときのようにプロット形式でまとめてみようか、とも考えたが、しかし思考に没入しようとすれば現実が引き戻してくるのが世の常である。リリィが止まったのに気づいて、遅れてプリムラにつんのめりそうになる。頭に頭をついてしまって小さな悲鳴が聞こえたと思いきや、豪速で飛んできた肘に腕を叩き落され、俊敏に腕に絡みつきながら体重をかけてぐるりと回転、膝が頭にはいる。力自体は非力だったが、完全に不意を突かれた形になって地面に伏せる羽目になった。視界の焦点が合わないにもかかわらず、立ち上がろうとしたところを丁寧に踏んづけられる始末。
「いっ…でえっアだっ!?」
『あなたはそこでじっとしてるの。』
上を見ることは許されないが、何処までもドスの利いた重低音であった。おまけに箱から取り出した銃をキャッチ、目の前で一発地面に向けて発泡までしてくださってから、その小さな脚は頭の上から離れていった。より真実に近づけるのであれば、しっかりと蹴り出して跳躍した。正面に文字のモンスターたちが跋扈していたためである。
「な、なんで…?あ、耳?飾りじゃないのか、あれ?」
事態の理解に数歩遅れて、場違いな言葉が出る。テンポの良いやり取りをリリィは詰りも気遣いもしなかった。