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契約のシャフト  作者: 二来何無
第二章 孤界
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3-13 Disaster Doll:4~ Defy Torrent

プリムラの舞踏は見敵必殺、一撃離脱。彼の神の眼が反応するより早く発生する敵を捉え、一瞬にして体積を削って吹き飛ばしていた。その過程で弾が切れたら銃ごと投げ捨て、ウェポンボックスからまるごと交換しているようだった。一見無駄の塊に見えるモーションだが、P-90は給弾方法に癖があり弾倉の交換に時間がかかるのが特徴だが、装填済みの銃ごと取り替えてしまえばいい、という発想で運用を効率化しているようだった。なるほど、銃器の無限生成が出来る環境でなら有効な解決策だ。


(じゃあ最初から弾帯で無限給弾したら?……とか突っ込んだら、野暮っぽいな。今はやめておこう。)


大人の意見を口には出さず飲み込んだが、当人からまた視線を浴びた気がした。一瞬のことなので勘違いだったかもしれないが、急かされるように口を開きかけてしまう。咄嗟に別の内容を挟み込むことで難を逃れようとした。


「あー……なんで、敵の出現位置がわかるんだ?さっきから予測撃ちっぽい挙動だけど。」

「乱数。」

「らんす、…えっ。」

「トラブルシューター権限で情報のやり取りはモニター中。汚染経路の確認、洗い出しは、対象に追跡をかわされ続けているが、経路上に情報キャッシュがたまるスポットが確認できた。これらの情報を元に流量などを加えて乱数表を構築し、参照しているの。()()()()()()()()は図書館演算器の物よりもセキュリティが強固だから出来る裏技。ラクチンなのん」

「まっまるで意味がわからんぞ!?」

「彼女はそういう存在なんだよ。今はそれでいいじゃないか」

「理不尽極まるなぁ汝よ。この世はおしなべて理不尽である」


考えるなと言う釘が飛んできてさくらすらお手上げのポーズ。目を白黒させつつも、一応の角まで走り抜けて、一同は損耗率を確認し始めた。ブーストをかけて疲労を明日に棚上げした彼を除き、リリィの息が上がっているぐらいだ。突き当りの本棚を触りだしたプリムラの後ろで、さくらがリリィの背中を擦っている。


「…疑問が、ある。」

「いくらでも聞いて、どうぞ。答えられない時以外は答えるの」

「汚染経路や対象といったな。この災害を引き起こしている存在は明確な意志があるのか?」

「曖昧。情報生命体が自己防衛として反射行動をとる可能性あり。私も本気で追跡していない、演算器への到達が最優先だから、ちょっかいを掛けて探り合いなう」


小さな娘が触れている本棚に限っては驚異を感じない。閲覧すべき情報が収められていないのか、制御コンソールとして全く意味のない羅列の本を一冊一冊差し替えている。古典的な暗号を解きながら、自分の背の届かない高さの本は足元に箱を生やして足場にする器用さを見せつける。プリムラもまた、異質な異能者であることはまた読み取れる一幕。

その間にリリィの方を見た。森でならしていたからか膝を折るほどではない。さくらはアイコンタクトの末黎衣とともに周囲警戒に移り、解錠が済むまではほとんど二人だけが手隙となった。リリィはつぶやく。


「神、様……」

「どうした、オレは心配ないぞ。それから、神様っていうのは止せ。どうにもまだまだそれ未満のようだ。」


背中をさすろうと伸ばした手を、引っ込めた。あまりボディタッチを許される関係でもあるまいし、背だって微妙に彼よりも高いのだ。理由もなく気が引ける。だが表情を曇らせて腰を下ろした彼女に合わせ、正面に立て膝になって覗き込む。何時まで立ってもリリィは続きを話さずにまごついていた。

時間も有限だ、なにか話題はないものかと首をひねってから、自ら話しを振ってみることにする。安心させようと顔の筋肉を緩めた。


「…うん、全然だった。黎衣さんは直接そうとは言わないけど、あの怪物たちは、最低限神様のラインに到達してなければ手が出せない相手で、そしてオレは実際、返り討ちにあった。黎衣さんが居なければ、とっくに居なくなってたんだ」


緩めたつもりで、やけに疲れた笑みが溢れる。肩を落として項垂れると、リリィの落ち込んだ様子が空気から伝わる。先程の反応に確信が持てた。


「そんな時、責めて欲しい人ほど優しいんだよな。だから余計に辛くなる。」


あの一瞬、リリィがムキになってさくらを振り払った理由。大丈夫と空元気を絞ってみせた意味が、彼にはよくわかった。漏れ出る自嘲を聞いているのか居ないのか、リリィ以外は答えない。


「………、私、は、弱い」


ようやく漏れた本音は重い。いつしか時を刻むのを止めた振り子時計の沈黙が帰って質量を増やし、彼にも覆いかぶさってくる。ただ、視た。同じ痛みを持つ少女を。


「私、は、弱い。いつも、いつも姉様、に、守られ、て、ばかり。弱い、私、を…ブロッサムねえさんはしからない。しかって、くれ、ない」


歯を食いしばり、腰に下げたやみのランプの鎖を握りしめた。小さく息が漏れて、それを誰かが聞きつけやしないかとも思うけれど、さくらすらこちらには来ない。おそらく黎衣が引き止めているのだろう。無駄にきにしいな男が。


「かみ、さま。」


だが、リリィは泣かなかった。涙をいっぱいにためてもこぼしはしない。握りしめた鎖が音を立てても、決して泣くものか、と天を見上げてつぶやく。


「かみ、さまは、……ゆるされます、か。よわい、リリィ、を、ゆるすの、です、か?」


男も天を見た。漆黒の、光なき無限の闇。閉塞感の漂う図書館は熱を持たない知識の海。心などない。ただ流れる水と風のごとく軋んでいた。

彼はその景色を見上げながらたっぷりと間をおいた。彼女が諦めて顔を伏せる瞬間まで。


「許すも許さないもない。それはリリィが決めることだ。」


回答は灰色。天を見る彼と、項垂れるリリィ。二人の弱者の姿が本の読める灯りに照らし出されて揺れる。彼女は動かない。何も、何も。


「一つ類例は提示しよう。オレは自分の弱さを()()()()。決して。」


言葉というのは難しい。意図を正しく受け取ってくれるかどうかは、受け手と送り手双方にかかっている。言葉を選ぼうとして、結局浮かんだままを発した。誤解を恐れず、はっきりと口に出して、自分もまた手のひらを天の闇に翳す。


「だから強くなろうと思う。弱さに負けてたまるかと思う。そうでなければ、…いいや、だからこそ、人に報いることが出来る。例えわずかでも気持ちを寄せてくれた相手に答える方法は、これしか思いつかないからね。」


暗中模索、説得力に自身はない。まして女の子を慰めた事などまるで無い、アラサーの言葉など薄っぺらくて当然なのだ。ただ少し昔を思い出す。まだ現代社会でなお青臭いことが言えた自分がそこに居て、闇を握りしめた拳を拳で突き返してくるのが見える。


そうとも。まだ此処に、リリィもさくらも彼もいるのだから。


「わかったら行こう、しゃがみこんでも時間はまってくれないぞ。」


恥ずかしい幻を振り払うと、先立ってリリィの手をとった。行動に出たのが予想外だったか目を丸くして驚いていたが、引っ張り起こすうちにくしゃりと歪めていた顔を不器用に咲かせてみせた。名前に恥じない、嫋やかな白百合が咲いているのをみて溜息が漏れる。


「…お母さんは、いい名前をつけたな。」

「えっ…?」

「似合ってるってことさ。」


感想が口をついて漏れ、それが視線を引いてしまう。つい照れて、リリィの頭をかき混ぜてから離れた。何がなんだかわかっていないリリィを背景にして、先程から静かすぎるプリムラの様子を見にいくと、何故か地面に本を広げて座り込んでいた。帽子の上から頭をかきむしりつつ。


「……あの、プリムラさ、」

「話しかけないで。今、クラッキングを受けて、でっ、ででっ」


間抜けな音を出したプリムラだが、直後に肩を激しく上下するような痙攣を見せる。思わず手を伸ばしかけた彼の手をかすめて前のめりに手を突くや、激しくむせこんで複数回にわかり何かを吐き出した。床に広がる真っ赤な飛沫が夥しい血液だと遅れて気がついた彼が後ずさると、矮躯が弾けるように右へ左へと大きく吹き飛ばされた。推進力もまた血液だ、頭の血管が弾け飛ぶようにして翻弄され、おぞましい水音と共に血の海へと身体が浸された。リリィすらも絶句である。


「……ッッ、プリムラッ!!」

『声帯損傷、脳皮質、頭部表面欠陥神経破損。ネットワーク接続率低下、バックアップ3機中2機がダウン。術理擬似声帯正常に稼働中。聞こえていれば返答を』

「プリムラ、しっかりしろ!!何が……いや、平気なのか!?」


直接触れることは躊躇された。頭部に集中する損傷。ベッタリと赤く染まった手のひらを見下ろしながら、プリムラはゆっくりと立ち上がった。首を振って血を振り払いつつも、あのじっとりとした目は変わらず振り返った。


『神経系に15%のダメージ、視野角、反応速度の低下は懸念されるが、戦闘続行は可能。それよりも、困ったことになったの。対象は……、』


見計らったように本棚からカチリ、と音がした。明らかなギミック音に身構える彼と、血痰を吐き出して後方に意識を向けるプリムラ。手元に差し出された愛銃を握りしめ、組変わって壁に収納されていく棚のむこう。再びスライム――――彼はそう考えたのだが、予想を裏切られることになる。その全容はより巨大に、細部の輪郭はもっとはっきりと浮かび上がった、別の形をとっていたのである。

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